artscapeレビュー

小吹隆文のレビュー/プレビュー

イラストレーター 安西水丸展

会期:2016/06/17~2016/07/10

美術館「えき」KYOTO[京都府]

イラスト、漫画、絵本、小説などの執筆、そしてテレビタレントとしても活躍した安西水丸。筆者が大学生だった1980年代はまさに絶頂期で、多くの紙媒体で彼の作品を目にした。なかでも小説家、村上春樹との一連の仕事はいまも印象深い。当時はイラストや漫画で「ヘタウマ」が流行っていたので、彼の絵もその系統だと思っていた。しかし今回、1970年代から2010年代までの作品を通観して、その印象が一変した。作品を子細に観察すると、クライアントや仕事の内容により、じつに細かく絵柄を使い分けているではないか。簡潔な線の美しさも相まって、「これぞプロのイラストレーターの仕事だ」と、大いに感心したのである。その意味で本展は、筆者と同年代の者だけでなく、プロのイラストレーターを志す若者にとっても見ておくべき展覧会と言えるだろう。

2016/06/16(木)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00035485.json s 10124687

細川貴司展

会期:2016/06/13~2016/06/25

不二画廊[大阪府]

本展のDMハガキを見た時は、彼の作品がどんなものか、よく分からなかった。どうやら支持体は板で、木目を生かした絵作りをしているらしい。会場で実物を見ると、実物ははもう少し複雑だった。角材をつなぎ合わせた塊を凸レンズ状に削った支持体の上に描いていたのだ。画題は、濃霧がかかる山や森といった山水画的なもの。曲面を生かした魚眼レンズ状の構図も相まって、神秘的な雰囲気を醸し出している。画材は、色鉛筆を中心に、アクリル絵具と油絵具を併用している。確かな画力にもとづく緻密な作風は説得力があり、非常に見応えがあった。関東在住の作家と聞いたが、今後も関西での発表を続けてほしい。

2016/06/13(月)(小吹隆文)

恩地孝四郎展 抒情とモダン

会期:2016/04/29~2016/06/12

和歌山県立近代美術館[和歌山県]

近代日本版画の第一人者である恩地孝四郎(1891~1955)の大回顧展。版画を中心に、油彩、素描、写真、書籍デザインなど約400点で構成されており、回顧展としては20年ぶり、これだけの内容は今後不可能ではないかと思わせる充実ぶりだった。本展で最も注目すべきは、戦後にGHQ関係者のウィリアム・ハートネットやオリヴァー・スタットラーが収集し米国に持ち帰ったコレクションが多数出品されていることであろう。しかし、筆者自身は「音楽作品による抒情」と題したシリーズが好きなので、どうしてもそちらに目がいってしまった。また本展では恩地の書籍デザインが多数出品されていたが、その斬新なグラフィックセンスには目を見張らざるを得ない。特に1930年代の仕事は先進的で、現代のデザインと比較しても劣るどころかむしろ魅力的であった。

2016/06/12(日)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00034806.json s 10124685

“19世紀洋装店” Sincerely10周年展

会期:2016/06/07~2016/06/12

同時代ギャラリー[京都府]

最初に断っておくが、本展は美術展ではない。19世紀英国の女性服を再現し、21世紀の街着として再構築したファッションブランド「Sincerely」の10周年を記念した展示・販売会である。会場には19世紀を舞台とする映画やテレビ番組で目にしたことがあるような服がズラリと並んでおり、最初はコスプレイベントと勘違いしたほどだ。しかも「1810年代」「1820年代」と10年刻みで当時の流行を忠実に再現しており、服飾史家も脱帽のディープな研究ぶりが伝わってくる。さらに驚くべきは、これらの衣服には現代人が日常生活で使えるよう、細かなアレンジが施されているのだ。例えば、当時は他人の手助けなしに着られなかった服を1人でも着られるようにする、自宅で洗濯できるようにする、というように。いやもう、本当にすごい。ただただ唖然として、会場内をグルグル回る筆者であった。

2016/06/10(金)(小吹隆文)

中ハシ克シゲ「もっと面白くなるかもしれない。」

会期:2016/06/04~2016/06/22

SUNABA GALLERY

石塀に松といった典型的な日本の情景や、第2次大戦中の戦闘機にまつわる記憶をテーマにした「ゼロ・プロジェクト」などで知られる中ハシ克シゲ。ところが本展で彼が見せたのは、これまでのコンセプチュアルな作品とは真逆の作品だった。それは、両手で持てるぐらいの粘土の塊を、押す、引っ張る、ねじる、ちぎるなどして造形したもの。雑念(=造形的意識)が生じる前に一気に作り上げており、ある種アール・ブリュットにも通じる魅力が感じられる。作品は日々制作されるが、作家が定期的に「一人合評」を行ない、一定回数以上選ばれたものだけが作品として認められるそうだ。実績のある作家が過去のキャリアをリセットするのは決断のいる行為だが、中ハシの新作は果たしてどのように評価されるのだろうか。今後もずっと新鮮さを保ち続けられるか否かが鍵となるだろう。なお、中ハシは6年前から座禅に取り組んでおり、その経験が本作に大きな影響を与えているようだ。

2016/06/04(土)(小吹隆文)