artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
隅田川をめぐる文化と産業──浮世絵と写真でみる江戸・東京
会期:2016/01/05~2016/03/21
たばこと塩の博物館[東京都]
2015年4月、渋谷の街から墨田区横川に移転した「たばこと塩の博物館」に、遅まきながら初訪問した。真新しい設備、旧館の約2倍という広々とした展示スペースにもかかわらず、入場料は大人100円と据え置き。1階は受付、売店、ワークショップルーム。2階は特別展示室と塩に関する常設展示。3階は煙草に関する常設展示と視聴覚室。旧館から引き継がれた史料、模型やパノラマなどに加えて、映像資料の充実はうれしい。渋谷時代に「公園通り商店」だった煙草屋さんは「業平橋たばこ店」に看板を掛け替えられていた。旧館では中2階、2階にあった煙草の展示が3階に移った理由は、子どもたちが煙草の展示を見なくても済むようにとの配慮らしい。筆者は昨今の喫煙を巡る規制の強化を歓迎する非喫煙者なのだが、他方で煙草に関する文化があまりに急速に変化・喪失しつつある現状に驚いてもいる。煙草に関する歴史展示は概ね1960年代頃までのもののようだが、民営化も含めてこの20~30年程の環境の変化はいずれ常設展示に加えて欲しいと思う。
リニューアル後2回目になる企画展「隅田川をめぐる文化と産業」は、遊興、娯楽の場として、また物資の輸送路として江戸時代から経済活動の動脈であった隅田川を取り上げている。なかでも大きく取り上げられているのは、行徳(千葉県)の塩。行徳の塩浜は江戸近郊で塩を生産できる場として幕府の保護を受けていた。生産した塩を江戸に運ぶために整備された航路が、中川と隅田川を結ぶ小名木川(慶長年間)と、江戸川と中川を結ぶ新川(寛永年間)。行徳の塩田は昭和初期には終焉を迎えたが、小名木川と新川は第二次世界大戦後まで水上輸送路として大きな役割を果たしたという。そのほかに明治時代の隅田川周辺の近代産業として、新燧社(マッチ製造)、花王石鹸、ライオン歯磨、ミツワ石鹸、大日本麦酒、精工舎、専売局業平分工場が写真、絵葉書などで紹介されている。史料の出所は花王ミュージアム、セイコーミュージアム、すみだ郷土文化資料館などで、近隣の博物館に対する新博物館のご挨拶という趣でもあった。[新川徳彦]
2016/03/21(月)(SYNK)
清川泰次の生活デザイン
会期:2015/12/19~2016/03/21
世田谷美術館分館 清川泰次記念ギャラリー[東京都]
抽象的な表現(彼はそれを「純粋絵画」と呼んでいたようだが)を追求した画家・清川泰次(1919-2000)。1980年代になると、その表現は絵画にとどまらず、立体、生活デザインへと広がったという。清川の自宅兼アトリエを改装したギャラリーで「清川泰次の生活デザイン」と題する展覧会が開催されていたので見に行った。絵画、立体作品に加えて、清川がデザインを手がけたというティーウェア、テーブルウェア、ハンカチーフ、ファブリック類、そして益子焼など手ずから絵を付けた陶器類が展示されている。清川の抽象的な表現はこれらの製品にとても合っていると感じたが、他方でこれらを「デザイン」と呼ぶのかどうか、今回の展示では少々判断つきかねた。それというのも、清川泰次デザインの商品をどのようなメーカーが手がけ、どこで、どのような価格で売ったのか、今回の展示では良くわからなかったからである。器の形も手がけたのか、それとも絵付けだけだったのか。どなたがプロダクト全体をプロデュースしたのか。サインが入っているところをみると、これらはアーティスト・グッズとしてつくられたものではなかったのか。もちろんそうした例は他の美術家にもいくらでもあることである。ただ、「生活デザイン」と銘打つからには、その「生活」が誰のものだったのかが示されていればよかったと思う。[新川徳彦]
2016/03/21(月)(SYNK)
春画展
会期:2016/02/06~2016/04/10
細見美術館[京都府]
昨年開催された、日本初の「春画展」の巡回展。20カ所以上に断られつづけ、やっと開催にこぎつけたのが東京、永青文庫と、ここ、細見美術館だったという。東京展の観覧者は20万人を上回ったというが、本展も入館整理が必要なほどの連日の混雑ぶり。美術展には珍しいR18の年齢制限も人々の興味をさらにかき立てたのかもしれない。出品は狩野派や土佐派の肉筆画から名立たる浮世絵師の版画まで、大名家で代々密かに受け継がれてきたものから街中で庶民に貸し出されたものまで、およそ130点。なかでも、鈴木春信、鳥居清長、喜多川歌麿など美人画で知られた絵師たちによる春画には、美人画を手にした人々がその絵をとおして妄想したであろう、次なる場面を目の当たりにする思いがした。
春画は、しかし、基本的にただ猥褻なだけではない。春画には、性的なことがらと笑いが同居するのである。具体的には男女の目合ひの様子が描かれる。二人の肉体と、まといつく衣類、そして彼らをとりまく周囲の状況、どの絵もモチーフは驚くほど画一的だ。さらに、身体の一部が際立って強調されている点も共通する。その一部を描く執拗さが、不自然で、不調和で、滑稽なのである。[平光睦子]
2016/03/19(土)(SYNK)
ビアズリーと日本
会期:2016/02/06~2016/03/27
滋賀県立近代美術館[滋賀県]
19世紀英国のイラストレーター、オーブリー・ビアズリー(1872-1898)にまつわる展覧会。ビアズリーの名を広く世に知らしめたオスカー・ワイルドの戯曲『サロメ』英訳版が出版されたのは1894年、彼が亡くなるほんの数年前のことであった。夭折の天才、その短い活動が残した影響は驚くほど大きい。本展はビアズリーを軸に日英の美術の影響関係を、およそ270点のイラスト、版画、装丁本で紹介する。国内四カ所を巡回する。
切り落とされた預言者ヨカナーンの首に、サロメが口づけする場面を描いた《お前の口に口づけしたよ、ヨカナーン》はあまりにも印象的な作品だ。1893年に英国の美術雑誌『ステューディオ』に掲載されたこのイラストが出版社の目に留まり、ビアズリーは英国版の挿画に採用されたという。『サロメ』の挿画は、後の1910年に日本でも創刊間もない雑誌『白樺』に柳宗悦の紹介とともに掲載されて注目を集める。本展でみる、『サロメ』の挿画のためのドローイングは、大胆に空いた白い面の紙とくっきりと塗り分けられた黒い面のインクの質感のコントラストが美しい。そして、流れるような線、震えるような点描、細部の執拗な描き込みが、彼の幻想的でエロティックな作風を決定づけたように思う。もともとビアズリーはバーン=ジョーンズに私淑したというが、ビアズリーの作風とウィリアム・モリスらラファエル前派の作風のもっとも大きな違いもこのエロティックさにあるといってもいいだろう。ビアズリーはこの絶対的な個性によって賞賛を浴び、同時に、季刊誌『イエロー・ブック』や季刊誌『サヴォイ』など物議を醸した雑誌を次々と手がけることになったように思う。オスカー・ワイルドはビアズリーの描く『サロメ』のイラストに否定的だったというが、世紀末の英国に現われたこの二人の奇才の出会いこそが、あのイラストを生み出したのではないだろうか。[平光睦子]
2016/03/17(火)(SYNK)
時間をめぐる、めぐる時間の展覧会
会期:2016/03/05~2016/03/21
世田谷文化生活情報センター:生活工房[東京都]
私たちを取りまく世界にはいくつかの「時間」がある。世界一正確に運行する日本の鉄道。ジャスト・イン・タイムに見られるような時間と資材の管理。タイムカードによって賃金に換算される労働は、どの1分1秒も均質なビジネスの時間だ。他方で、家庭での生活、折々の行事、移ろう季節の楽しみ、食卓に上る食材の変化など、そのときどきで価値や単位が異なる暮らしの時間がある。時間に追われ、時間に支配される生活は近代的な現象で、それ以前から長きにわたって親しんできた時間の流れは、いまでも私たちの生活のさまざまな場面に残されている。この展覧会を見て体感したことは、なかば忘れかけていた多様な時間、均質ではない日々の存在だ。
4階展示室第1部は「律動の星に生きる」。地球と太陽、月など天体の関係性から生まれる周期と律動について示されている。地球の自転によって決まる1日、月の満ち欠けによって生じる1カ月、地球の公転による1年という時間と季節の流れ、そして太陽と月の位置関係による重力の変化が、人間を含む地球上の生物のリズムを司っているさまを見せる。第2部「人間たちの時」は、人々が「時」を畏れ、克服してきた歴史だ。見どころは《時の精霊》と題した絵。ラウル・デュフィ「電気の精」に倣って、ここには古代から産業革命を経て現在まで、人間と時間との関わりの歴史が描かれている。第3部は「わたしたちの時」。トルコのラマダンや、ティティカカ湖の生活、カトマンドゥのバザールなど、さまざまな地域の暮らしと時間の関係を、国立民族学博物館が制作した映像で見る。そして最後のパートは、《時の大河》と名付けられた大きな円環で、地球上における1年の変化と人々のくらしを立体的なダイアグラムで示すたいへんな労作。世田谷で南天が実を付けるころに鹿児島ではナベヅルが飛来するなど、円の内側には私たちに身近な地域(世田谷)の、外側になるほど遠くの地域の出来事が書かれている。天井から吊り下げられた棒には、円環と呼応してその季節における人々のくらし・行事が示され、周囲を囲むバナーにはさらに詳細な季節の営みが書かれている。3階ギャラリーは「時の採集箱」。樹木の年輪、川を流れるあいだに丸くなった石ころ、貝殻に刻まれた成長の跡、地中に埋もれた植物の化石である石炭等々、時間の流れが刻み込まれたモノと写真が展示されている。企画、会場デザインは2012年に同所で「I'm so sleepy──どうにも眠くなる展覧会」を手がけた生活工房の竹田由美さん、セセンシトカの佐々木光さん、佐々木真由子さん。展示と映像を見終わって、人とくらしと時間にまつわる1冊のエッセイ集を読み終えたような印象が残った。[新川徳彦]
関連レビュー
2016/03/17(木)(SYNK)