artscapeレビュー
SYNKのレビュー/プレビュー
リバプール国立美術館所蔵「英国の夢──ラファエル前派展」
会期:2014/12/22~2016/03/06
Bunkamuraザ・ミュージアム[東京都]
リバプール地域の複数の美術館・博物館から構成されるリバプール国立美術館のうち、ウォーカー・アートギャラリー、レディ・リーヴァー・アートギャラリー、サドリー・ハウスが所蔵するラファエル前派を中心としたヴィクトリア朝絵画を紹介する展覧会。リバプールにヴィクトリア朝絵画の優れた作品が残されている理由は、ひとつにはロンドンの美術団体の反応が芳しくなかった初期のラファエル前派運動に対して、リバプール・アカデミーが彼らを受け入れ支えたこと。そして産業革命以降、イギリスの主要な国際港であり貿易の拠点となったリバプールには、経済的に豊かな企業家たちがおり、彼らがヴィクトリア朝絵画のコレクターであったことがあげられる。本展にコレクションを出品している三つのギャラリーのうち、ひとつは個人の邸宅、ひとつは私設の美術館であったこともまたリバプールにおけるコレクション形成の歴史を雄弁に物語っている。その点、美術史家クリストファー・ニューアル氏が本展図録に寄せたテキスト「リバプール
市民と芸術支援(パトロネージ)」(155〜159頁)に従って、この展覧会の作品の位置づけを見ても面白いと思う。
サドリー・ハウスは、19世紀初頭に富裕な穀物商ニコラス・ロビンソン(1769-1854)が建てた邸宅で、その没後、1880年代に造船業で財をなしたジョージ・ホルト(1825-1896)の邸宅となった。蒐集品はほとんどがホルトと同時代の絵画で、自邸を装飾するために購入されている。レディ・リーヴァー・アートギャラリーは、ウィリアム・ヘスケス・リーヴァー(1851-1925)が亡き妻エリザベス・エレン・ヒューム(1850-1913)の記念として設立した私設の美術館。リーヴァーは雑貨商として石鹸の販売から製造へと転換して成功をしたリーヴァー・ブラザーズの創業者で、その優れたマーケティングでも知られている。ギャラリーがあるマージー川南岸のポート・サンライトは1888年にリーヴァー・ブラザーズの工場と労働者住宅が併設された村として建設された場所で、リーヴァの人気石鹸ブランド「サンライト」に因んで付けられた(リーヴァー・ブラザーズは1930年にオランダのマーガリン・ユニと合併してユニリーバとなり現在に至る)。リーヴァーは当初自社製品の広告用途に絵画を購入していたが、事業で成功を収めてからは美術品や骨董品の蒐集に乗り出した。ただし、リーヴァーは世代的にラファエル前派の画家たちよりずっと若く(ロセッティは1828年生、ミレイは1829年生、バーン=ジョーンズは1833年生)、彼の蒐集品は新しいものでも彼よりも一世代以上前のもののようだ。例えば本展に出品されているミレイの《ブラック・ブランズウィッカーズの兵士》は1860年の作品(このときリーヴァーは9歳)で、リーヴァーは1898年に他の蒐集家の元からこれを購入している。ちなみにレディ・リーヴァー・アートギャラリーには、イギリスの陶磁器メーカー・ウェッジウッド社のジャスパー・ウェアの世界最大のコレクションがあるが、その大部分はウェッジウッド社の創業者ジョサイア・ウェッジウッドの孫であるチャールズ・ダーウィンの旧蔵品で、18世紀後期の製品である。1877年に開館したウォーカー・アートギャラリーの収蔵品はリバプールのパトロンたちが形成したコレクションの遺贈品が中心となっている。作品の寄贈者名を何人か調べてみた範囲では大商人が多いようだ。リバプールで形成されたコレクションといってもその由来や蒐集のあり方は多様で、とても興味深い。[新川徳彦]
2016/02/22(月)(SYNK)
三軒茶屋 三角地帯 考現学
会期:2016/01/30~2016/02/28
世田谷文化生活情報センター:生活工房[東京都]
東京都世田谷区三軒茶屋。生活工房のあるキャロットタワーとは世田谷通りを挟んだ向かい側、玉川通り(国道246号線)との間に挟まれた「三角地帯」に、古い商店街・飲食店街が軒を連ねている。本展は戦後に立った闇市の名残を留めるこの魅力的な一帯を、今和次郎の考現学よろしく観察し記録し、手書きの表や図版、イラストでレポートするという企画。看板や暖簾などのデザインの採集や、通行人調査といった外から観察できるもののほか、飲食店で出されるビールの銘柄やお通しの種類の記録、特定のバーに訪れた人たちの属性や、飲まれたウィスキーの銘柄、スナックのカラオケで歌われた曲など、奇妙で興味深いレポートが並ぶ。これまでにも「三角地帯」を何度か歩いているが、展示を見た後に改めて訪れてみると、これまで見えていなかった/見ていなかったものがたくさんあることに気づかされた。この調査に参加していれば、おそらくもっと多くのものが見えてきたに違いない。展示レポートでやや気になったのは、一部に観察対象へのインタビューと思しき内容が含まれていたり、観察結果からなにか理由を推論する言葉が見られたりする点である。編集者・都築響一氏は自身の仕事と比較して、今和次郎の考現学は対象のなかに入っていかない、つねに対象から距離を置いていると評している(『今和次郎採集講義』[青幻舎、2011]158~159頁)。また、限られた期間や時間、場所において行なわれる考現学的観察は統計調査とは言い難く、観察結果を以て直ちになにかを結論づけられるような性格のものではない。その方法の限界と美学からすれば、ここでのレポートはあえて視覚的な観察と記録の提供に徹して、そこからなにを考えるかについてはすべて鑑賞者に委ねたほうが良かったと思う。[新川徳彦]
2016/02/20(土)(SYNK)
アニー・リーボヴィッツ WOMEN: New Portraits
会期:2016/02/20~2016/03/13
TOLOT/heuristic SHINONOME[東京都]
写真家アニー・リーボヴィッツが手がける女性を被写体としたプロジェクトの展覧会。1999年にスーザン・ソンタグと共同制作した写真集『Women』以来続いているシリーズで、アーティスト、ミュージシャン、経営者、政治家、作家、慈善活動家など、さまざまな領域で活躍している女性たちが被写体となっている。印刷製本工場2階の倉庫を改装したギャラリーを会場に、片面には今回の新作と過去の仕事(ジョン・レノンとオノ・ヨーコが抱擁する有名な写真も)のプリントやプロフィールを記したパネルを配し、ほかの3面には巨大な液晶ディスプレイ(大画面の液晶モニタを4枚合わせたもの2台と、6枚合わせたもの1台)を置いて作品のスライドショーを見せるほか、過去に刊行された作品集を手に取ることができるコーナーが設えてある。TASCHENから2014年に出た巨大な作品集に収められた写真は壁面に展示されているプリントよりも大きく、マーク・ニューソンがデザインした専用の三脚台に展示されている(写真集を買うとこの台が付いてくる!)。
Rolling Stone誌のフォトグラファーとしてキャリアをスタートし、Vanity Fairなどのファッション誌を舞台に著名人たちのポートレートを撮影してきたリーボヴィッツがこのシリーズで表現したいことはなんだろうか。内覧会の質疑応答で女性記者のひとりが女性を撮ることの意味や、過去に撮影した女性たちとの変化などについて尋ねていた。質問者は政治的、社会的、あるいはジェンダーについてなにか引き出したかったようなのだが、リーボヴィッツは少し話をずらした回答をしているように私には聞こえた。新作のポートレートにはアウン・サン・スー・チー、マララ・ユスフザイ、ケイトリン・ジェンナー(1976年モントリオールオリンピックの男性金メダリストで、2015年に性同一性障害を公表した)等々の肖像があるのでそのような質問が出ることも理解できるが、他方で彼女が権力者たちの肖像も多数撮っていることを考えれば、そこに記録されているのは、時代を問わず、またイデオロギーとは別の次元において、女性たちの強さと美しさ──肉体以上にその精神における──なのだと思う。[新川徳彦]
2016/02/17(水)(SYNK)
薬草の博物誌──森野旧薬園と江戸の植物図譜
会期:2015/12/04~2016/02/16
LIXILギャラリー大阪[大阪府]
本展は、江戸期以降の植物図譜を科学性・芸術性の両面から読み解く展覧会。そもそも西洋で植物を正確に写し取る傾向が出てきたのは、ルネサンス期のこと。近代になると海外の珍しい植物が輸入され、薬としての効用の知識伝達と美的鑑賞の用を兼ね備えた「ボタニカル・アート」(科学的な植物画/植物学的美術)が発展する。アール・ヌーヴォーなどを見ればとりわけ19世紀において、植物が芸術創作の源泉となったことが首肯される。一方日本では、江戸期以降に薬効に関する実用的な本草学が中国から招来され、シーボルトら外国人による植物学の発展を経て自然科学を根拠として植物画が普及してゆく。それだけにとどまらず、植物図は日本の花鳥画とも互いに影響関係がある。例えば、本展で展示された日本で最初の植物図鑑『本草図譜』(岩崎灌園著)を見ると、浮世絵に見られるような大胆な構図と植物部分の切り取りとクローズアップ及び美しい木版刷りの色彩に目を見張ってしまう。植物の特徴をよく捉えてそれを美的に表象する、これはまさに妙なるデザイン性の賜物。最終部には、植物学者・牧野富太郎による植物図が展覧されて、本草学から植物学の確立に至る歴史を通覧することができる。[竹内有子]
2016/02/16(火)(SYNK)
志村ふくみ──母衣への回帰
会期:2016/02/02~2016/03/21
京都国立近代美術館[京都府]
染織家、志村ふくみの展覧会。志村ふくみは1990年に重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されて以降、数々の賞を受賞してきた。本展は2015年の文化勲章受章を記念した展覧会である。
「貧しくて糸をかえない主婦が、夫や子供のためにのこり糸を繋いで、繋いで織ったものを屑織、ぼろ織という。その裂の天然の美しさに魅了されたのが柳宗悦であり、その弟子とも言える母や私である」(志村ふくみ「母衣への回帰」、『志村ふくみ──母衣への回帰』京都国立博物館、2016、16頁)。作家自身がこう語るように、展覧会のタイトルにある母衣の「母」とは、家族のために布を織る母親であり、志村に機織を教えた母、小野豊であり、その母と志村を民藝へと導いた柳宗悦である。この展覧会は、90歳をこえた志村が自らの源流を、織物の源流をたどり、その思いを表わした展覧会なのだ。会場は現在から過去へと構成されている。入り口付近に展示された、三部作(2015年)と無地のシリーズ(2015年)には、志村が活動の拠点としている琵琶湖岸の風景が鮮やかに描き出され、芳醇な色彩が自然から得たそのままに表わされている。染めと織りという日々の営みのなかで培われた感性は、混じりけがなく純粋で、瑞々しさや華やぎさえ備えている。かつて民藝が発見したのは民衆の生活のなかに息づく素朴な美であったが、朴訥とした素朴さからはじまった志村の表現は、いまや、存在をそのまま映した素の境地とでもいうべきところに至っているのではないだろうか。近作から初期の作品まで、日々のたゆまぬ研鑽に触れる展覧会であった。[平光睦子]
2016/02/16(火)(SYNK)