artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

INLAY 坂本素行展

会期:2014/07/13~2014/07/19

瑞玉ギャラリー[東京都]

ストライプ模様の花瓶や壺、幾何学模様で埋め尽くされたポットやカップ&ソーサー。坂本素行氏の作品を知ったのはLIXILギャラリー★1であったが、最初に作品を見たときは上絵かプリントなのかと思った。しかし絵付にしては非常にシャープなライン。これがすべて象嵌だと知って驚くと同時に納得した。象嵌技法自体は漆工や金工でよく見られるし、陶磁器においても絵付の一技法としてある。しかし器の表面すべてを異なる色土で象嵌する作品は稀ではないか。坂本氏はこれを部分的な絵付として用いられる通常の象嵌と区別して「INLAY」と呼ぶことにしたという。轆轤で挽いたボディに文様を罫描きして、輪郭にナイフを入れ、薄く表面を削って色土で埋める。絵付では不可能なシャープなラインはこうして生まれる。1色を埋めたらまた別の場所を削り、異なる色土で埋める。この繰り返しによって表面はすべて最初に轆轤で挽いた土と別の色土による文様で覆われる。時間がかかる工程なので、途中で土が乾いてしまわないように、霧吹きで水を吹いたり、部分的にラップで覆いつつ作業するという。
 坂本素行氏の経歴が興味深い。元々は日産のカーデザイナー。ある展覧会で象嵌青磁に出会って関心を持ち、独学で陶芸を始め、1980年、30歳のときに陶芸家として独立。その後、灰釉陶器などの技法を研究し、近年になってふたたび象嵌に回帰したという。今回出品されている作品は器のかたちも色彩も西洋的である。それは見た目だけではない。ゲージをあてて罫描きし、ナイフで削って土を埋めてゆくという工程もまた西洋的であり、土や手の痕跡を良しとする日本の陶芸とは異なる美意識の作品だ。デザイナー出身であること、陶芸を独学したことが、独自のスタイルの背景にあると思われる。[新川徳彦]

★1──「坂本素行 展──造り込んだもの」(LIXILギャラリー、2014年4月24日~6月7日)


展示風景

2014/07/18(金)(SYNK)

現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより

会期:2014/06/20~2014/08/24

東京国立近代美術館[東京都]

台湾のヤゲオ財団が保有する現代美術のコレクションから選ばれた、フランシス・ベーコン、ザオ・ウーキー、アンディ・ウォーホル、ゲルハルト・リヒター、杉本博司、蔡國強、ロン・ミュエク、ピーター・ドイグ、マーク・クインらの作品74点による展覧会。1999年にヤゲオ財団を創設したピエール・チェン(Pierre T.M. Chen、陳泰銘)氏は、チップ抵抗やコンデンサを製造する台湾の受動部品メーカー、ヤゲオ・コーポレーションの創業者であり会長である(ちなみに社名の中国語表記「國巨」は「抵抗器」の意)。『ARTnews』誌で2012年、2013年と世界のトップアートコレクター10人のひとりに挙げられているチェン氏は、大学生のころにコンピュータのプログラミングで稼いだお金で作品を買い始めたという生粋のアートファン。本格的な蒐集を始めてから25年のうちに世界でも有数のコレクターになった。蒐集の対象は最初は台湾、中国出身のアーティストの作品から始まり、近年は西欧の作品へと拡大しているという。チェン氏にとって作品の購入は投資ではなく、アートともに暮らす生活を実践している。展覧会会場や図録では作品が飾られたチェン氏の自宅、ゲストハウス、オフィスの写真を見ることができる(バスルームにまで作品がある!)。具象的なモチーフの作品が多いコレクションは、美術評論家やギャラリストのアドバイスに依らず、自分自身で判断して購入しているという。それぞれのアーティストの代表作といえるすばらしい作品が集まっているが、美術史的な意味で系統立った蒐集品ではない。そのような個人コレクションを美術館の展覧会でどのように見せるのか。
 もちろんコレクション展自体は珍しいものではない。国別、作家別、時代別、様式別、モチーフ別……。切り口はさまざまに考えられよう。本展でも「ミューズ」「崇高」「記憶」「新しい美」といった10のキーワードを切り口として74点の作品を分けて展示している。しかし、それだけではなく、もうひとつの切り口が設定されている。それはこの20年ほどのあいだに大きく変化してきたアート・マーケットの問題である。かつて絵画はおもにギャラリーと個々のコレクターとのあいだで行なわれるクローズドな環境で取引されてきた。しかし、近年取引の場として重要になってきたのがオークションである。しばしば高額な落札額がニュースにもなるように、美術品の価格形成のありかたや、コレクターのタイプが変化しているのである。とくに中国の新興アート・マーケットではその傾向が顕著である。チェン氏が投機的な目的で美術品を購入しているわけではないとはいえ、この25年ほどのあいだに蒐集されたコレクションが、変化しつつある市場環境のもとで形成されたことは間違いない。そして市場の変化によってもたらされた問題のひとつが、作品の落札価格と美術上の価値の乖離である。一般的に市場に流通する作品が稀少であればオークションでの価格は上昇する。それは美術上の価値とは別の話である。しかしいったん価格が示されると、それ自体が作品の評価の基準になりかねないという現実がある。美術館の展示に値札は付いていないので普段来館者が作品の価格を意識することは少ないかも知れないが、現代アートの価格と価値の差、市場の変化が価値のあり方に影響を与えていることを、コレクションの実例を通じて示しているのである(展示パネルでは上に美術上の解説、下に経済的価値についての解説が書かれているほか、50億円の予算でアートを集めるというゲームが用意されている)。
 展示ではさらにもうひとつの問題提起がなされている。それは美術館とコレクターとの関係である。元来美術館は作品の価値をつくる場でもある。それは歴史的な位置づけを与えるというばかりではなく、美術館で個展が開かれる、あるいは美術館に購入されるという事実が作品の価格形成に大きな影響を与えてきた。しかし、いまや価格形成の主導権を握るのは市場である。高騰する価格と迅速な判断が求められる場で、莫大な資金を持ったコレクターに対抗して公的な美術館がそこに参加することはとても難しい。ならば美術館にはなにができるのか。本展の企画者である保坂健二朗・東京国立近代美術館主任研究員はいくつかの可能性を示している。ひとつは美術館とコレクターの役割の分担である。公的な美術館が蒐集できる作品と個人が求める作品には違いがある。あるいは政治的、倫理的に公的美術館では購入が難しいものがあるが、コレクターは自身の好みに従って作品を選ぶことができる。しかし美術館とコレクターが協力し合えば、企画展というかたちで互いのコレクションを補完し合うことができる。価値を作り出す場としても美術館はいまだに重要である。美術館は新しいアーティストの発表の場であり続けるし、作品を異なる作品と組み合わせたり、新しい文脈を示すことで、新たな価値をつくり出すことができる。人々に開かれた美術館は日常とアートとを結びつけることで、新たな愛好者を育てる場でもある。新たな愛好者の一部はやがてアーティストになり、あるいはコレクターになり、次の世代のアートワールドのプレーヤーになるうる。そのような課題の存在を踏まえると、この展覧会自体、現代のアートワールドが抱えている問題の提示と、コレクターと美術館との新しい関係を考えるひとつの 試みであることがわかる。
 本展の広告クリエイティブは山形孝将氏と川和田将宏氏が担当。ポスターやチラシに用いられた金色に輝くマーク・クイン《ミニチュアのヴィーナス》(2008)のヴィジュアルと周囲のキラキラが強烈な印象を与える。美術館前庭には同じくクインの《神話〈スフィンクス〉》(2006)が配置され、ヨガのポーズをとるケイト・モスは本展のシンボルだ。これに対して林琢真氏によるデザインの図録は非常に落ち着いたイメージ。パール印刷されたカバーにはチェン氏のモダンなオフィスの写真。中は布張りのハードカバーで高級感がある。チェン氏のコレクション全体のイメージは図録の雰囲気に近いのだが、保坂主任研究員のキュレーションは広報デザインのほう。ふたつのデザインは意識して分けたという。すなわちこのデザインの二重性にもコレクターと美術館の関係が示されているといえるかもしれない。[新川徳彦]


図録表紙

2014/07/15(火)(SYNK)

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ART with CHISO YUZEN: Create a New Sense

会期:2014/06/13~2014/09/30

千總ギャラリー[京都府]

友禅はグラフィカルである。そのことを確信した展覧会だった。2005年、京友禅の老舗、株式会社千總は創業450年を記念して現代アーティストやファッション・デザイナーとのコラボレーションを企画した。本展は、世界7カ国から30名余りのアーティストを迎え四つのプロジェクトのもとで行なわれたその企画を、10年後のいま、あらためて振り返る展覧会である。会場は、軸装、額装された数々のテキスタイルと、きもの、サーフボードで構成されている。
参加アーティストはじつに多彩。ルイ・ヴィトンとのコラボレーションで知られる村上隆、ヒステリック・グラマーのデザイナーの北村信彦、海外のファッション誌にも数多く起用されてきたイラストレーターのEd TSUWAKI(エドツワキ)、A BATHING APE®の創設者のNIGO®(ニゴー)など、ファッションの世界で「時の人」として注目されてきた人ばかりである。北野武監督作品『Dolls』(2002)の衣裳でも千總と製作協力していた、ファッション・デザイナーの山本耀司はすでに別格であろう。さらに、FUTURA2000(フューチュラ2000)やSHAG (シャグ)、KAWS(カウス)など、海外で活躍するイラストレーターやグラフィティ・アーティストたちが加わる。その多くは、サブウェイ・グラフィティやストリート・グラフィティ、インディーズレコード・レーベルのディレクションなど、いわゆるサブカルチャーの出身である。ファッションブランドやスポーツブランドとのコラボレーションといった社会的認知度の高さを示す経歴の持ち主ばかりとはいえ、京友禅とは対極的な存在といえよう。人選だけ見ても、この企画にかけた千總の意気込みが感じられる。友禅の視覚表現としての可能性はきものという媒体にとどまるものではないという主張がはっきりと伝わってくる。10年後の総括を経て、千總の今後の展開に期待したい。[平光睦子]

2014/07/15(火)(SYNK)

杉浦康益「陶の博物誌──自然をつくる」展

会期:2014/06/07~2014/08/03

西宮市大谷記念美術館[兵庫県]

杉浦康益は、2012年度に日本陶磁協会賞を受賞したほか、2013年には瀬戸内国際芸術祭にインスタレーションを出品、近年ますます注目を集めている作家。今回出品されているのは、《陶の岩》《陶の木立》《陶の博物誌》のシリーズと、《落花のしゃら》のインスタレーション。《陶の岩》は、石膏で自然にある岩を型取ってつくられる、実物の岩と見紛うばかりの作品である。本展では、野外庭園にも《陶の岩》が置かれているが、言われなければわからないほど、その場に馴染んでいる。《陶の木立》は、木立を模したダイナミックさと自然の花の繊細さを兼ね備えた、大きなインスタレーション。なにより出色なのは、《陶の博物誌》シリーズ。陶による27品種の自然の花々がずらりと並ぶ。驚くのは、植物構造の徹底的に細密な表現。杉浦は「花の美しさ」に興味があるのではなくて、「花の内部構造が示すエネルギー、生命力」に魅かれたのだという。科学的な観察眼でもって、植物の生命を象る構造・各部位が精密に表現されるばかりでなく、ヒマワリの花・朽ちゆくヒマワリ・朽ちかけたヒマワリの種子など花の成長過程までもが制作される。その根底にあるのは、自然に対する畏敬の念であろう。杉浦のまなざしと実践に深く心を揺さ振られた。[竹内有子]

2014/07/12(土)(SYNK)

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世界のビーズ

会期:2014/06/18~2014/09/13(*8/10~17は夏期休館)

文化学園服飾博物館[東京都]

「ビーズ」と聞いてイメージしたのは手芸で用いられる小さなガラスビーズ。日本では広島県に大きなメーカーが2社あり、ビーズの製造と輸出を行なうほか、手芸教室を支援し、ビーズ細工の普及に努めている。小さな商店のレジのあたりに置かれているビーズでできた動物とか置物、ビーズと安全ピンでできたドレスを着たキューピー人形、手作りのケータイストラップなどは、彼らの営業努力の賜物である。2013年からは国内最大手のひとつトーホー株式会社(広島市)が、「ビーズビエンナーレ」というビーズアートの祭典を主催している。
 日本における手芸としてのビーズ細工は1980年頃からはじまったもののようであるが、世界的に見るとその歴史は古い。ビーズの定義にもよるが、基本的にはどのような素材であっても、穴をあけて糸でつないでつくられる装飾品はいずれもビーズと呼んでよいようだ。勾玉もビーズの一種である。本展で取り上げられているビーズには、貝、真珠、木の実や果物の種、動物の牙、貴金属、貴石、金属貨幣、ガラス、魚のウロコやニカワでできたスパングルまで、多様な素材を見ることができる。「装飾品」と書いたが、じつはビーズ細工の意味・目的もまた国や地域、時代によって異なる。魔除けであったり、身体の一部・急所を保護するものであったり、富や財産の象徴、身分や社会的立場を示すものであったり、たんなる装飾の一部であったりと、さまざまなのである。
 2階展示室では主にアジア・アフリカ地域におけるビーズ、1階展示室ではヨーロッパのビーズが展示されている。東アジア地域では、古来装身具で飾り立てる慣習がなく、ビーズが大量に利用されることもなかったという。日本においても現在のビーズ細工の隆盛とは異なり、装身具の一部に珊瑚や真珠の玉が用いられる程度だったようだ。これに対して南アジアでは、紀元2世紀頃にインドで管引きのガラスビーズが大量につくられるようになり、装飾の他、清浄や生命力の象徴、魔除けとして利用され、また世界各地に輸出された。西アジア・中央アジアでは、遊牧民がコインをビーズに仕立てて財産として身につけたほか、魔除けとしての意味もあったという。アフリカには大航海時代以降ヨーロッパ製のガラスビーズが交易品として大量に持ち込まれた。彼らにとって高価な輸入品であったビーズは装身具として用いられると同時に、富や権力の象徴にもなった。アフリカ北部では比較的大粒のビーズが、南部では小粒のビーズが好まれたようであるが、これはビーズ商人がアフリカ大陸を南下するにつれて最終的に小粒のビーズが売れ残ったためなのだそうだ。ヴェネツィアやボヘミアなど、ビーズ製造の中心地があるヨーロッパでは、富を象徴するのは貴金属や貴石であり、ビーズはドレスやバッグに用いられて主に華やかさを演出する装飾として用いられることが多いという。これら実物の展示と、ビーズの交易ルートを時代ごとに色別で示した世界地図のパネルを合わせてみると、同じ装飾材料が地域によって異なる意味で受け入れられていった様がわかり、とても興味深い。[新川徳彦]


2階展示風景


1階展示風景

2014/07/09(水)(SYNK)

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