artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

プラハ国立美術工芸博物館所蔵:耀きの静と動──ボヘミアン・グラス

会期:2014/08/02~2014/09/28

サントリー美術館[東京都]

ヴェネツィアと並ぶヨーロッパのガラス産地であるボヘミア(現在のチェコ共和国西部・中部地方)のガラス工芸の歴史を、プラハ国立美術工芸博物館の所蔵品170点でたどる展覧会。ヴェネツィアでガラス生産が始まったのは10世紀頃。ボヘミアではそれよりもずっと遅れて13世紀頃からガラス生産が見られるようになる。本格的な生産が始まるのは14世紀から15世紀のことだという。展示はその歴史を時系列に七つの章で構成している。
 第1章は中世。この時代にはビーカーやゴブレットなど、深さのある器(ホローウェア)がつくられていた。第2章はルネサンスとマニエリスム。16世紀半ばからは器形が多様化。装飾ではエナメル絵付けとエングレーヴィングが行なわれるようになる。第3章はバロックとロココ。17世紀半ばに透明度の高いカリ石灰ガラスが開発され、カットとエングレーヴィングによる上質な無色透明の器の生産が拡大し、ボヘミアン・グラスの絶頂期を迎える。生産の拡大はまた多様な装飾方法の発達をも促した。第4章は19世紀前半から半ば過ぎまで。古典主義の流行から市民階層の台頭でビーダーマイヤー様式が出現。色ガラスが流行を見せる。第5章は歴史主義の時代。19世紀後半にはガラス教育機関が設立され技術発展に影響を与えると同時に、デザイン的には歴史的な様式から着想を得て質を高める動きが見られる。第6章は世紀転換期から第二次世界大戦まで。アール・ヌーボー、アール・デコ様式を経て、戦間期には機能主義的なシンプルなデザインのガラス器がつくられる。1918年、チェコスロバキア独立後は教育が強化され、それが戦後のチェコ・ガラス隆盛の基礎をつくることになる。第7章は第二次世界大戦後以降。チェコのガラス工芸はその教育制度の充実もあり、商業の分野でもアートの分野でも高い水準を保ち続けている。
 全体を通して見えるのは、政治体制や社会構造の変化の影響と、他地域からの職人や技術の流入、模倣と差別化による発展の歴史的経緯である。ボヘミア地方の経済的発展はガラス器だけではなく窓ガラスの需要も高める。ハプスブルグ家の支配はイタリア・ルネサンスの文化をもたらした。時代は下って18世紀末の保護貿易の時代には、外国から手本となる製品が入手できなくなったためにガラス産業の対外的競争力が低下したという指摘はとても興味深い。19世紀には富裕層が集まる保養地にガラス彫刻師たちが集まり、顧客の注文に応じてエングレーヴィングを施したという話も職人たちの優れたマーケティング活動の事例だろう。展示では現代のガラス作品にインパクトがある反面、アール・ヌーボー、アール・デコ期の作品が少ないのは個人的にはやや物足りない。たしかにアール・ヌーボーのガラスの中心はフランスであったかも知れないが、チェコの器にも優れた造形が多く見られる。またチェコスロバキア独立後に参加した1925年のパリ万博(アール・デコ博)では多数のガラス製品が賞を受けており、チェコ・ガラスにとって重要な時期であるはずだ。
 サントリー美術館ではたびたびガラスの展覧会が開催されており、展示ケース、照明の美しさには定評がある。本展示の構成も美しく、また個々の作品もとても見やすい。[新川徳彦]


展示風景

関連レビュー

あこがれのヴェネチアン・グラス──時を超え、海を越えて:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2014/08/01(金)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00027048.json s 10102344

Fantabulous: Day Starter Exhibition

会期:2014/07/10~2014/08/02

ondo gallery&product[大阪府]

Day Starterは、アーティスト、笠井由雅子とディレクター、植田浩嗣の二人が2000年に立ち上げたユニットである。「Taking a lesson from the past(温故知新)」をテーマに、オリジナルのイラストレーション・プロダクトの製作、販売にはじまり、アパレルブランドとのコラボレーションや、ミュージシャンのアートワーク、企業の広報や広告など、その活動は多岐にわたる。この度、彼らの作品集『Fantabulous』(ondo、2014)の出版記念展が行なわれた。20種類のオリジナル・パターンからなる作品集は、そのまま本として手元に置くもよし、一枚一枚切り離して飾るもよし、折りたたんで手紙として送るもよし、という一冊になっている。会場には、各ページのパターンと、それを一部に使った切り絵作品が展示されている。
それにしても、「温故知新」とはあまりに漠としたテーマではないか。とはいえ、「故」は50年代という特定の時代に設定されている。ポップカルチャーの全盛期、享楽的な消費文化が花開いたあの頃である。それを、「新」しく、彼らの感性で解釈し直すということであろう。今回の作品集に収められたパターンのモチーフは、葉っぱや花、鳥、瓶や窓、楽器などいずれも身近なものばかりで、それらが幾何形体をもとにした単純でわかりやすいかたちに落とし込まれている。ひとつのパターンにはわずかな色数しか使われていないが、その2-3色がたがいに響き合う。そして、一般的には低品質とされる軽オフセット印刷を用いることで印刷面の色ムラ、インクのかすれやつぶれなどの揺らぎが生じている。一つひとつの要素はたしかにフィフティーズのプロダクツさながらではあるが、それらの要素がより丁寧により繊細に調整されて落ち着いた調和をなしている。彼らの「温故知新」は、アレンジでもカヴァーでもない。どこかで聴いたことのあるような曲、しかしよく聴くと初めて聴く曲、だからこそ心地よく安心して楽しめる曲といったところであろう。[平光睦子]



ともに、展示風景

2014/08/01(土)(SYNK)

拡張するファッション

会期:2014/06/14~2014/09/23

猪熊弦一郎現代美術館[香川県]

ファッション・ジャーナリスト、林央子の同名の著書(スペースシャワーネットワーク、2011)をもとにした展覧会が、水戸芸術館現代美術ギャラリーに引き続き開催された。ファッションの展覧会には違いないが、会場で出会うのはマネキンに着せ付けられた歴史的な衣装でもブランドのハイ・ファッションでもない。アーティストたちが表現者や作り手として日頃なにを感じ考えているのか、それらを可視化した作品が展示されている。参加アーティストは、コズミックワンダーの前田征紀やBLESSの小金沢健人、長島有里枝やホンマタカシ、スーザン・チャンチオロや青木陵子をはじめ、ファッションデザイナー、グラフィックデザイナー、写真家、現代美術家らおよそ10名である。展覧会は、「DIYメディア──実験的な制作精神」、「古さ、遅さといった価値観の見直し──服と人との幸福な関係」「新しい想像力との出会い──ファッション=デザインの枠組みの無効化」など、七つのテーマで構成されている。これらのテーマにも、本展が既存のファッションの枠を破ろうとする挑戦的な試みであることが表明されている。
1990年代にみられたファッションと現代美術の二つの領域の接近は、ファッションに自己批判的な視点を与えると同時にファッションを難解で近寄りがたいものにした。2000年代に入って台頭著しいSPAファッションの陰にすっかり息を潜めていたかに見えたこの動きは、ここにきて少々意外な方向へと発展していたようである。その傾向を一括することはできないが、本展での印象をひとことで言えば「繊細で内向的」といったところだろうか。例えば、横尾香央留の《お直し──karstula》は、作家がフィンランドの小さな街に滞在し、現地の人々から募った衣服に持ち主から感じた印象や彼らの話をもとにお直しを施した作品である。また、FORM ON WORDSの《ファッションの図書館[丸亀]》は、収集した古着にそれぞれにまつわるエピソードを文字にして転写した作品である。いずれも、衣服を着るという経験を介して個人の内面を掘り下げることによって成立した作品である。そして、衣服に加えられた作家の手は、その経験がいかに些細なものであっても大切に壊れもののように扱っている。
鑑賞者は、服を着るという日常的な行為をあらためて考えさせられる。とはいえ、これといった答えは見つからなくとも、その営みは日々坦々と続いていくのである。[平光睦子]

2014/07/27(日)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00026446.json s 10102338

趙之謙の書画と北魏の書──悲盦没後130年

会期:2014/07/29~2014/09/28

東京国立博物館東洋館8室/台東区立書道博物館[東京都]

今回で12回目を迎える東京国立博物館と台東区立書道博物館の連携企画は、19世紀中国・清時代の書家・趙之謙(1829-1884)の没後130年を記念して、その生涯と作品を国内所蔵の書画、篆刻、資料で辿るもの。「北魏書」と呼ばれる新しい表現を確立した趙之謙の書は日本の書壇にも影響を与えたという。書については語る知識がないのだが、書画の注文に追われて他人に代筆を依頼した話は面白い。また日本における受容過程は興味深い。趙之謙の書を日本に伝えた最初の人物は篆刻家・河井荃盧(かわいせんろ、1871-1945)。明治後期からたびたび上海を訪れ、趙之謙の書画を蒐集。その数は100件を超えたという。昭和17年には荃盧の蒐集品を中心に東京美術会館で趙之謙展が開催されている。残念なことに荃盧の蒐集品は昭和20年3月10日の空襲で焼けてしまった。趙之謙の紹介に努めたもうひとりの人物が書家の西川寧(1902-1989)。趙之謙の作品集を手に入れたときには枕元においていたというほどのファン。雑誌『書道』や『書品』に趙之謙に関する論考を数多く掲載しているという。こうした人々の啓蒙で日本には趙之謙の書画の蒐集家、愛好家が多数おり、節目々々に展覧会が開催されている。今回書道博物館を初めて訪れたが、中村不折が蒐集した甲骨文や青銅器が収蔵されている本館(1936年建築)は、一度は見ておきたい建物だ。[新川徳彦]

2014/07/26(土)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00027437.json s 10102348

能面と能装束──みる・しる・くらべる

会期:2014/07/24~2014/09/21

三井記念美術館[東京都]

三井記念美術館では毎年夏に「美術の遊びとこころ」をテーマに所蔵品を中心とした古美術入門の展覧会を催している。今年は、旧金剛宗家伝来および橋岡一路氏寄贈の能面(展示室1・2・5)と、三井家伝来の能装束(展示室4)、そして三越伊勢丹が所蔵する歌舞伎衣裳(展示室7)が取り上げられている。展示室5では、似た名前、姿の能面を並べて展示し、その造作の違いと演じられる役柄の違いを対比する。目や口、髭の造作、髪の毛の描き方、顔の表情の違いが解説されており、とてもわかりやすい。特別展示の歌舞伎衣裳も興味深い。三越は明治40年から昭和27年まで歌舞伎公演のための貸衣装事業を行なっており、昭和初期の歌舞伎衣裳多数が保存されているという。それらのなかから往時の人気役者が着用した13点が舞台写真とともに展示されている。舞台衣裳は離れたところから見て効果的なものだと思っていたが、間近で見ても溜息が出るほど美しくつくられている。さらに本展の展示方法で特筆すべきは展示室1である。入ってすぐの展示室1はいつも印象的な空間だが、本展でも期待を裏切らない。透明なアクリル板に固定された能面の数々が独立ケースに配され、面が宙に浮いているかのように見える。「能面のような」とは表情に欠けることの例えであるが、さまざまな角度から見ることができる展示方法と効果的な照明で、じっさいには面の表情がとても豊かであることがわかる。ケースの反対側に回れば作者名や制作年代などが書かれた面の裏側も同時に見ることができるのもいい。[新川徳彦]


展示室1展示風景

2014/07/23(水)(SYNK)

artscapeレビュー /relation/e_00027087.json s 10101455