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SYNKのレビュー/プレビュー

ボストン美術館 浮世絵名品展 北斎

会期:2014/09/13~2014/11/09

上野の森美術館[東京都]

1870年設立のボストン美術館においてはじめて開催された日本美術展は、アーネスト・フェノロサが企画した「HOKUSAI AND HIS SCHOOL(北斎と一門)」展だったという。当時はまだ美術館の所蔵品はなく、日本美術の収集家、ウィリアム・ビゲローをはじめ地元のコレクターたちから作品を借用していた。その後、ビゲローのコレクションはボストン美術館に寄贈され世界屈指の日本美術コレクションの一角をなすことになる。現在、ボストン美術館所蔵の葛飾北斎の作品は、肉筆画およそ150点、版画1,200点、絵本・絵入り本360点で、本展にはそのなかのおよそ140点が出品され、うち約85%はビゲロー・コレクションからのものである。風景版画の傑作《冨嶽三十六景》21図や《諸国瀧廻り》8図全揃、花鳥版画数点、《百物語》全5図など、本展の見所をあげれば枚挙にいとまがない。
圧巻の描写力、鋭い表現力、自在な構成力、北斎の魅力のほどはいまさら言うまでもないが、本展であらためて感じたのは浮世絵という形式に特有の美しさであった。浮世絵には規定のサイズがある。大判なら約25×37センチ、中判なら約18.5×25センチ。もともと手にとって観るもので、壁に掛けて眺めるものではない。限られた小さな画面に描かれた図像は、紙の感触や版木の表情、輪郭の墨の濃淡、顔料の重なり具合などと相まって凝縮されたひとつの世界をつくりだす。それを観る者は手のなかにおいて味わうのである。
日本美術はフェノロサによって再発見された。しかし浮世絵は、西欧におけるジャポニスムの立役者であったにもかかわらず、そこから除外された。岡倉天心は「社会下層の新美術」とし、永井荷風は「特別なる一種の芸術」として、浮世絵を「美術」とは区別した。賛否はともかく、浮世絵はそれほどまでに独特の世界を築き上げたとはいえないだろうか。「画狂人」とも「画狂老人」とも自ら称したという北斎。彼はその狂おしいほどの情熱を注ぎ、この小さな箱庭のような世界を他に類のない域にまで押し上げたのである。[平光睦子]

2014/09/19(金)(SYNK)

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ディスカバー、ディスカバー・ジャパン「遠く」へ行きたい

会期:2014/09/13~2014/11/09

東京ステーションギャラリー[東京都]

1970年3月から9月まで開催された大阪万博のために、国鉄(当時)は輸送力強化に約40億円の投資を行なっていた。しかし万博が終了すれば、乗客が減少し輸送力が過剰になることが見込まれる。人々に引き続き鉄道で移動してもらうためにはどうしたらよいか。国鉄はその対策を電通に委託した。電通のチームリーダーになったのはプロデューサー・藤岡和賀夫。国鉄側との研究会や電通チーム内部での討議を経て、旅に出て発見するのは自分自身であるという考えからコンセプトは「ディスカバー・マイセルフ」に決まった。ターゲットは若い女性。キャンペーンのタイトルは「ディスカバー・ジャパン」とされ、コンセプトのうちの「マイセルフ」は、「美しい日本と私」という副題で表わされた。国鉄側の承認を得て、万博閉幕の翌月からキャンペーンがスタートした。本展は、一企業のキャンペーンにとどまらず、社会的に大きな反響を呼んだ「ディスカバー・ジャパン」キャンペーンの諸相と同時代の社会的背景、そしてキャンペーンに対して行なわれた批判を紹介する構成になっている。
 展示第1部は「ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」。話題を呼んだキャンペーン・ポスターやさまざまに展開された広報物が集められているほか、藤岡が同時期に制作し、やはり大きな話題を呼んだ富士ゼロックスの広告「モーレツからビューティフルへ」との関連が示される。第2部は「『遠く』へ行きたい」。アンノン族の登場といったD・J(ディスカバリー・ジャパン)キャンペーンと呼応する同時代の若者文化、D・Jキャンペーンの一環として制作されたテレビ番組『遠くへ行きたい』の上映、写真家・中平卓馬によるD・J批判などが取り上げられている。
 これまでD・Jキャンペーンは、鉄道史や広告史、観光史、文化史、社会史など、さまざまな歴史的文脈で論じられてきた。本展の構成も第1部だけを見れば広告史、観光史として成立しているし、第2部を含めれば文化史、社会史の視点による展覧会であるようにも読める。図録に収められた多数の関係者インタビューもまた、貴重な歴史的証言だ。しかし本展を企画をした成相肇・東京ステーションギャラリー学芸員の企図は別のところにあるようだ。図録の冒頭に成相氏は「因果関係のネットワークに事象を落とし込む作業であるような史的記述からなるべく遠くへ行きたい」と書く★1。その「遠く」がどこかといえば、「中平卓馬のディスカバー・ジャパン批判」の批判である。中平はマスコミによる大衆操作を批判し、地方の現実から目を逸らし虚構を見せるものとしてD・Jキャンペーンを攻撃していた。その中平の批判に疑問を呈したのは、テレビ番組『遠くへ行きたい』のプロデューサー・今野勉であった。今野は、中平がエンツェンスベルガーの「旅行の理論」を自身の主張に沿うように恣意的に引用あるいは誤読しているために、そのD・J批判が齟齬をきたしていることを指摘する★2。しかし虚構と現実との境目はどこにあるのか。今野は白樺湖でスモークをたいて偽の霧をつくって撮影を行ない、同時にスモークをたく場面を番組に収めた。長野県南部の下栗村を舞台とした『伊丹十三の天が近い村──伊那谷の冬』に映る猪狩りは剥製を使ったヤラセであり、村の結婚式もまた村人たちが総出で演じたお芝居であることがナレーションとして語られる。しかしそれははたして「嘘」なのか。それとも現実のイメージの「再現」なのか。中平はマスメディアによる操作を批判するあまり、虚構を嘘と断じ、キャンペーンに乗って旅に出る人々をも愚かな存在として攻撃したが、その批判、攻撃は中平自身の主張と矛盾をきたしているのではないだろうか。
 できることなら、展覧会を見る前に図録を通読したい。そうすれば、なぜあの展示室に市販の観光絵葉書が展示されているのか、なぜ中平卓馬と北井一夫の『DISCOVERED JAPAN』が取り上げられているのか、なぜ「遠くへ行きたい」の数多あるエピソードから『天が近い村』が選ばれているのかが理解できるに違いない。そうすれば、タイトルも含めてこの展覧会のすべてが中平卓馬論のための巧妙な伏線であることに気づくに違いない。[新川徳彦]

★1──成相肇「まえがき──ディスカバー、ディスカバー・ジャパン」本展図録、11頁。
★2──今野勉「ディスカバー・ジャパン論争」(『今野勉のテレビズム宣言』フィルムアート社、1976)128-144頁。


展示風景

2014/09/12(金)(SYNK)

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暮沢剛巳『世界のデザイン・ミュージアム』

発行所:大和書房

発行日:2014年05月15日


発行所:大和書房
発行日:2014年05月15日
価格:2,200円(税別)
サイズ:四六判、224頁
著者が赴いた9カ国(イギリス、フランス、スイス、ドイツ、オーストリア、チェコ、デンマーク、フィンランド、アメリカ)25館のデザイン・ミュージアムを紹介する本。題名にある「世界の」というよりは「西欧」のそれを扱ったというほうが正確だろう。南欧からは選ばれずに、ドイツから9館というように選定にやや偏りがあるものの、規模を問わずさまざまなタイプのデザイン・ミュージアムを紹介すべく配慮されている。例えばドイツ語圏を見ると、19世紀英国の産業製品の博物館から発展したサウス・ケンジントン博物館(現在のヴィクトリア&アルバート美術館)を手本とした「オーストリア応用美術博物館」から、企業博物館の「メルセデス=ベンツ・ミュージアム」、ワイマール時代のバウハウスのコレクションを集めた「バウハウス美術館」、磁器の製造過程も見学できる「マイセン磁器博物館」というように、多彩なラインアップとなっている。ミュージアムへの行き方、設立の歴史、展示空間、美術館建築などに触れられているから、これから外国の美術館を訪問する人にはガイドブックとしても役に立ちそうだ。日本にはまだない、国公立のデザイン・ミュージアムに対する今日的な関心から執筆されていることにも注目したい。[竹内有子]

2014/09/12(金)(SYNK)

生誕130年 竹久夢二展──ベル・エポックを生きた夢二とロートレック

会期:2014/08/27~2014/09/08

京都高島屋グランドホール[京都府]

竹久夢二の生誕130年を記念する展覧会。絵画をはじめ、挿絵、口絵、装丁、ポスターおよびそれらの原画や、千代紙や装身具など「港屋」の品々で夢二の人生をたどる。さらに、日仏のベル・エポック開拓者という視点からロートレックと夢二を対比させるという趣向もあり、京友禅の老舗、千總による夢二の画中の衣装の復元もありと、盛りだくさんの充実した展示内容になっている。
それにしても、竹久夢二の衰えぬ人気ぶりには驚かされる。生誕の地、岡山には夢二郷土美術館、滞在したホテルがあった東京・本郷には竹久夢二美術館、たびたび訪れたという伊香保には竹久夢二伊香保記念館、鬼怒川温泉には日光竹久夢二美術館、酒田には竹久夢二美術館と、質や規模、公設私設を問わず夢二の名を冠した美術館が日本中に点在している。たびたび開催される展覧会もつねに観覧者でにぎわっている。わけても今年は記念すべき年、全国四カ所を巡回する本展以外にも、「生誕130年記念 再発見!竹久夢二の世界(竹久夢二美術館)」展や「竹久夢二生誕130年記念 大正ロマンの恋と文(三鷹市美術ギャラリー)」展が同時期に開催されており、小さな夢二ブーム到来といっても過言ではない様相を呈している。
大きな瞳とほっそりしなやかな姿態が印象的な美人画、夢二と絵のモデルとなった実在の女性たちとの艶っぽい関係、「港屋」絵草子店やデザイン事務所・工房「どんたく図案社」(こちらは構想で終わったが)といった多彩な活動、50年間の短い生涯にもかかわらず人々の興味をかき立てるものには困らない。本展でのロートレックとの比較という視点はどうだろうか。ロートレックもまた独特の女性像で知られる画家である。浮世絵に影響を受けたとされる作風にも夢二のそれと相通じるものがある。なによりも、作家自身の存在全体から醸し出される悲しげな哀愁が共通している。つまり、これがベル・エポックの時代感というものであろうか。やはり興味はつきないのである。[平光睦子]

2014/09/08(月)(SYNK)

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生誕130年 川瀬巴水展──郷愁の日本風景

会期:2014/07/19~2014/09/07

川越市立美術館[埼玉県]

2013年11月26日に千葉市美術館で始まった「生誕130年 川瀬巴水展 ──郷愁の日本風景」。5箇所目の巡回先が川越市立美術館である。平日の午後であったが多くの鑑賞者が訪れ、作品に見入っていた。NHK『日曜美術館』で紹介された効果は大きいという。じっさい、筆者が作品を見ている近くで『日曜美術館』の番組について語っている会話が聞こえてきた。千葉市美術館での川瀬巴水展を紹介する番組が放映されたのは半年以上前、昨年12月のことであるから「スティーブ・ジョブズが愛した版画家」という紹介のされかたが大きなインパクトを与えたことは間違いない。もちろん巴水の描いた古き日本の風景、モチーフとなった夜景や雨、雪の景色、構図、色彩などの優れた表現、それが木版画という手法によって行なわれたという驚きが人々の心に訴えたからこそ、番組を見た人たちが美術館まで足を運んでいるのだろう。小江戸・川越の蔵づくりの街並みを抜けて見に行く川瀬巴水展は、ことさらに趣深いものだった。[新川徳彦]

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2014/09/04(木)(SYNK)

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