artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

「建築の皮膚と体温──イタリアモダンデザインの父、ジオ・ポンティの世界」展

会期:2014/06/06~2014/08/19

LIXILギャラリー大阪[大阪府]

「イタリアモダンデザインの父」と呼ばれる、ジオ・ポンティの仕事のうち、陶磁(タイル)に焦点を当てた展覧会。ポンティが建築で用いたタイルが再現されるほか、デザイン、図面・スケッチ、写真、映像資料等約50点が展示されている。ミラノ工科大建築学科を出たポンティが初めて手掛けたのは、建築ではなくて、陶磁器のデザインだったことは象徴的だ。それは彼の後の建築実践に十分に生かされることになる。展示されたアイントホーフェンのデパートファサードのタイルを見て触れてみると、絶妙な凹凸が生み出す表現と一つひとつ異なる釉薬のかかり具合が触発する手触りから、ポンティが工業製品に「手跡」を残そうとしたことがわかる。もうひとつ、本展で印象に残るのは、彼のグラフィカルな表現への志向である。インタビューで自らが語るように、若き日に画家を目指していた彼は、終生、グラフィックへの思い入れを持ち続けたのだと思う。ヴェネズエラの《ヴィラ・プランチャート》の映像や、本展で再現されたカラフルで軽やかな空間表現を見ると、見る人の目を楽しませることへのこだわりに気が付くだろう。楽しい気分になる展覧会である。[竹内有子]

2014/07/06(日)(SYNK)

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プレビュー:ジョージ・ネルソン展──建築家、ライター、デザイナー、教育者

会期:2014/07/15~2014/09/18

目黒区美術館[東京都]

目黒区美術館で、アメリカのデザインディレクター・ジョージ・ネルソン(George Nelson, 1908-86)の展覧会が開催される。ネルソンはハーマンミラー社で1964年から25年間にわたってデザイン部長を務め、そのあいだにチャールズ&レイ・イームズ夫妻を同社のデザイナーとして起用し、ハーマンミラー社を世界的な家具メーカーに育てたことで知られる。本展はドイツのヴィトラ・デザイン・ミュージアムが所蔵するネルソン関連コレクションを中心に約300点の家具、プロダクト、模型、映像などによって構成されるアジア巡回展のひとつ。デザイナーとしてのネルソン、あるいはミッド・センチュリーのデザインを回顧するだけではなく、ネルソンのライター、教育者としての側面も掘り下げてゆくという。モノと人と仕事とのつながりを考えたという彼の仕事は、これからのデザインのあり方を考えるうえでもおおいに参考になるに違いない。デザインに関わる人にとって必見の企画であろう。[新川徳彦]


左=ジョージ・ネルソン、1965頃
George Nelson, ca.1965
Photo: Vitra Design Museum Archiv
右=ボール・クロック、1948
Ball Clock, 1948
Photo: Vitra Design Museum


左=ストレージウォール(『ライフ』誌掲載)、1945
Storage Wall, published in Life Magazine, 1945
Photo: Herbert Gehr ©Vitra Design Museum Archiv
右=「アメリカ博覧会」の展示模型“ジャングルジム”とネルソン・オフィスのスタッフ
モスクワ、1959
Two staff members in Nelson's office with a model for the American National Exhibition "jungle gym", Moscow, 1959
Photo: Vitra Design Museum Archiv

2014/06/29(日)(SYNK)

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野田凉美 展「Who can possess water ?」「PTP Bijoux Fantasies」

会期:2014/06/28~2014/07/12

ギャラリーギャラリー、ギャラリーギャラリーEX[京都府]

織、染、編、フェルトなどさまざまな染織技法を用いて制作を続ける造形作家、野田凉美の個展である。会場は、「水」がテーマの展示室(ギャラリーギャラリー)と「健康」がテーマの展示室(ギャラリーギャラリーEX)の2会場。「水」の展示室には、ナイロン糸を織り込んだ布製のコートが天井から下がり、ふんわり編んだモヘアのセーターやカップ&ソーサーが壁面を飾り、浮遊するようなイメージをつくりだしている。「健康」の展示室には、薬のプチプチパッケージを極細のプラスチック糸でつないだネックレスと、リボン編みの布を張った椅子型オブジェが、幻想的な空間を演出している。
楽しく、軽く、明るい、というのが野田作品の第一印象だった。子どものような好奇心に満ちていて、つねにどこかに実験的な要素がある。本展でも、遊び心を感じる試みがあちこちに見られた。経糸に伸びやすいナイロン糸を使った布。壁面にそっと配置された、用済みになった、ジャカード織機の紋紙。身を飾る宝石として再生された、空になった薬のパッケージ。透けるほどに薄い絹布には、表から見ても裏から見ても違和感がないように、左右対称に近い形状の漢字が選ばれ小さくプリントされている。見る者がなにげなく作品に送った視線は、そういった箇所にふっとひっかかり、それが次の瞬間には発見の喜びにかわる。だから、見る者は楽しい。
多くの工芸的な作品には、ある種の緊張感があるように思う。技法と作家性・作品性との対峙と言うべきか、あるいは感性とコンセプトとの均衡と言うべきか。野田の場合もそうした関係性を意識することからは免れえないのかもしれないが、少なくとも見る者にはそれはほとんど感じられない。こだわりなく奔放に、感覚の赴くままに自由につくっているかのように見える。それもきっと、さまざまな技術の裏付けがあってこそ、溢れるような制作意欲があってこそ、はじめて可能になるのだろうと思う。[平光睦子]


展示風景


展示風景


作品(部分)

2014/06/29(土)(SYNK)

横尾忠則「肖像図鑑 HUMAN ICONS」

会期:2014/06/28~2014/09/23

川崎市市民ミュージアム[神奈川県]

日本近代文学者の肖像画220余点。そしてその制作の契機となった瀬戸内寂聴のエッセイ「奇縁まんだら」(日本経済新聞に2007年から連載)と、「足あと」(東京新聞に2012年から連載)の挿画約200点を中心として、横尾忠則が1960年代から今日までに描いた作品からポートレートに焦点を当てた展覧会。ペン画、アクリル画、油画、版画と、多彩な表現手段と仕事のヴォリュームに圧倒される。展覧会の英文タイトルは「HUMAN ICONS」。すなわち、スター、芸術家、文学者の肖像は現代のわれわれにとっての聖像なのだ。描かれたイメージは基本的に既存の写真をベースとしている。とくに奇縁まんだらや文学者のシリーズには、印刷物などの複製メディアに登場し、多くの人々に知られているイメージが用いられている。だから既視感がある。そこにあるのは、大衆のイメージのリプロダクションである。しかしけっして同じものではない。例えて言うならば、写真のコピーである。写真のコピーは、最初はもとの写真とほとんど変わらないように見えるが、コピーを繰り返していくたびに本来のディテールは消え失せ、その本質のみが残される。すなわち、私たちの抱くイメージと、横尾忠則が描くイメージとのあいだで複製作業が反復され、その過程で生じたズレが私たちに新たなイメージをもたらす。
 本展は、横尾忠則現代美術館からの巡回展であるが、川崎市市民ミュージアムの独自企画としてアートギャラリーで「顔」をテーマにしたコレクション展が併催されている。ポスターや雑誌などの印刷メディアや、写真などの複製メディアを中心に、版画、戯画、彫刻、アメリカのコマーシャルフィルムまでを網羅した川崎市市民ミュージアムならではの充実した展示だ。[新川徳彦]


展示風景

関連レビュー

横尾忠則「肖像図鑑/HUMAN ICONS」:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2014/06/27(金)(SYNK)

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魅惑のコスチューム:バレエ・リュス展

会期:2014/06/18~2014/09/01

国立新美術館[東京都]

ロシア出身の貴族セルゲイ・ディアギレフが主宰したバレエ団「バレエ・リュス(ロシア・バレエ)」。舞踏、音楽、そして美術において卓越した才能を見出し、1909年からディアギレフが亡くなる1929年までの20年間にバレエを革新し、総合芸術にまで高めた伝説のバレエ団。本展はいまから100年ほど前に演じられたバレエ・リュスの舞台衣裳を集めた展覧会だ。会場は四つのパートに分けられている。第1は1909年から1913年までの初期の活動。アレクサンドル・ブノワ、レオン・バクストらによる美術・装置は東洋的、あるいはロシア的なエキゾティシズムに溢れ、西欧の観客に大きなインパクトを与えた。第2は1914年から1921年。第一次世界大戦が勃発した後、ディアギレフはそれまでの東洋趣味から離れ、ピカソやコクトーなどパリで活躍していた芸術家たちと共同し、同時代のモダニスムを取り入れてゆく。第3は1921年から1929年で、モダンで洗練された作品が生み出された時代。マリー・ローランサンやガブリエル・シャネルなどが美術を手がけている。第4はバレエ・リュスの解散後。ディアギレフの没後にその活動に触発されたバレエ団がいくつか現われるが、そのなかでも1932年に結成されたバレエ・リュス・ド・モンテカルロの活動に焦点を当てる。あくまでも衣裳を中心とした展示ではあるが、いくつかの映像によって総合芸術としてのその舞台の新しさを垣間見ることができよう。
 ディアギレフの時代に限定すればわずか20年の活動期間ではあるが、関わった人々はダンサー、音楽家、美術家のいずれも多彩で、バレエ・リュスはつねに変化し、新しい舞台を生み出し続けていた。それは、バレエ・リュスが他のバレエ団と異なり、固定の劇場を持たなかったこと。プロモーターとしてのディアギレフは才能を見出す能力に長けており、成功したダンサーがバレエ団を離れても、新しい才能を見つけ出し、バレエ団に新風を送り続けることができたことなどの理由があげられよう。またパリでの成功(それは必ずしも経済的な成功を意味しないが)は西ヨーロッパの芸術家やそのパトロンたちとの交流をもたらし、脚本、音楽、美術を変化させていった。
 本展に出品されている舞台衣裳はみなオーストラリア国立美術館の所蔵品。ディアギレフの没後、バレエ・リュス・ド・モンテカルロに引き継がれた舞台衣裳が、1973年の競売でモダンアートの作品蒐集を目指していたオーストラリア・ナショナル・ギャラリー(現オーストラリア国立美術館)によって落札されたのだ。その後も蒐集は続き、バレエ・リュスの衣裳と関連資料は同館の重要な位置を占めるコレクションとなっている。ヨーロッパのバレエ団の衣裳が蒐集対象とされたのは、バレエ・リュス・ド・モンテカルロがオーストラリアで3回にわたって公演を行ない、同バレエ団で活躍したダンサーたちがオーストラリアのバレエの基礎を築いた存在であったからだという。豪華で色鮮やかな衣裳は100年前につくられたものと思えないほどよい状態に見えるが、それは同美術館の修復部門の仕事の賜物である。本展図録に詳説された資料獲得の経緯やその修復のプロセスはとても興味深い。
 1909年から1929年はすなわち明治42年から昭和4年。バレエ・リュスは日本にはやってこなかったが、ヨーロッパに訪問、留学していた日本人でその舞台を見た人たちがいる。本橋弥生・国立新美術館学芸員の論考「日本におけるバレエ・リュスの受容──1910-20年代を中心に」(本展図録、181-193頁)には、パリやロンドンでバレエ・リュスの舞台を鑑賞した日本人として、石井柏亭、山田耕作、小山内薫、島崎藤村、大田黒元雄、二代目市川猿之助らの名前が挙げられている。またバクストらが手がけた舞台美術は、はやくから日本で紹介されていたという。オーストラリアと日本。20世紀初頭の極東の地にまで影響を与えたバレエ・リュスの舞台が、当時いかにセンセーショナルなものであったかがうかがわれる。[新川徳彦]

2014/06/25(金)(SYNK)

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