2022年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

建築に関するレビュー/プレビュー

INAXライブミュージアム

INAXライブミュージアム[愛知県]

なかなか足を運ぶ機会がないままになっていた常滑のINAXライブミュージアムをようやく訪れることができた。開放的な敷地において、大正時代の窯と建物、煙突を保存しつつ、中心となる広場のまわりに徐々に建て増していった複数の施設が並ぶ。まず「窯のある広場・資料館」は登録有形文化財に指定された産業遺産の空間を体験できる。ただ、窯のプロジェクションは面白いが、窯そのものを見るために、映像ナシの時間帯ももっと欲しい。そして「世界のタイル博物館」と建築陶器のはじまり館は、さすがのコレクションである。前者は、タイル研究家の山本正之が寄贈したタイルをもとに開設されたもので、一階で空間ごとタイルの表現を体験することができ、二階でさまざまな装飾タイルを楽しむことができる(陶板画も見事)。またミュージアムショップの近くでは、古便器のコレクションも展示していた。ちなみに、同館にはレストランが併設されており、事前に薪釜で焼くピザのお店があると知っていたら、ここでランチを食べたのにと後悔した。



「窯のある広場・資料館」



トンネル窯



「世界のタイル博物館」



古便器コレクション


「建築陶器のはじまりの館」は、日本の近代建築を飾った数々のテラコッタを紹介する。注目すべきは、それらが実物であること。言い換えると、ライトが設計した帝国ホテル旧本館や京都府立図書館など、取り壊されたり、改修されたりした建築から譲り受けたものだ。ともあれ、建築の上部についているとわからないが、地上レベルに降ろされると、かなり大きいこともよくわかる。横浜松坂屋本館や大阪ビル1号館など、とくに「テラコッタパーク」の屋外陳列は壮観だ。また「土・どろんこ館」では、旧丸栄百貨店本館、中日ビル(中部日本ビルディング)などを紹介する「壮観!ナゴヤ・モザイク壁画時代」展を開催中である。最近、解体されたばかりの村野藤吾による丸栄百貨店の壁画や中日ビルの天井画のほか、北川民次や脇田和の原画による作品などを紹介したものだ。モザイク壁画は、一部現物もあるが、現役で使われているものも多く、主に大きな写真のインスタレーションによって会場を構成している。そして「やきもの工房」は、特別に作業現場も見学させてもらったが、これまでにもジオ・ポンティや東京都庭園美術館のタイルの復元に協力しており、科学の実験室のように、色、造形、焼き方などを研究していた。



「テラコッタパーク」



「壮観!ナゴヤ・モザイク壁画時代」展の展示



「やきもの工房」


壮観!ナゴヤ・モザイク壁画時代

会期:2021年11月6日(土)~2022年3月22日(火)
会場:INAXライブミュージアム「土・どろんこ館」企画展示室
(愛知県常滑市奥栄町1-130)

2021/11/19(金)(五十嵐太郎)

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「ナラティブの修復」展

会期:2021/11/03~2022/01/09

せんだいメディアテーク[宮城県]

年に一度、せんだいメディアテークで開催される現代美術の大型の企画展として「ナラティブの修復」が開催された。開館から20周年、そして震災から10年という節目において、「もの語り」をテーマとしつつ、10組の作家によるさまざまな世界の認識を提示するものだ。選ばれた作家は、仙台に在住していたり、せんだいメディアテークと関わりをもち、直接的に震災を表現していなくとも、記憶に関わる作品などによって、いやおうなくポスト震災の表現となっている。

さて、展示のトップを飾るのは、仙台で調査やフィールドワークを継続してきた伊達伸明の「建築物ウクレレ化保存計画」だ。取り壊される建物の部材を活用してウクレレを制作するプロジェクトは、研究者が思いつくものではなく、アートならではの思いがけないかたちでの失われていく建築への弔いだろう。続く佐々瞬は、戦後の応急仮設住居から始まり、公園の整備によって消えた仙台の追廻地区の歴史をたどりながら、共同体の記憶を伝えるものだ。その存在は知っていたが、初めて追廻地区の全容を知ることができた。



伊達伸明「建築物ウクレレ化保存計画」展示風景



佐々瞬 作品展示風景


そして展示は、菊池聡太朗の荒地のドローイング群、磯崎未菜は歌をモチーフとする作品、是恒さくらによる鯨をめぐるエピソード、安定の小森はるか+瀬尾夏美が収集した11歳の記憶(什器は建築ダウナーズが協力)など、若手が続く。写真、立体、ドローイング、言葉という風に、表現の手法もバラエティに富む。ほぼ展示が終わって、会場の外に出たのかと思ったところで出現するのが、ダダカンが暮らす住宅をかたどった大きなインスタレーションだ。ここに彼が行なったハプニングやメールアートの記録のほか、さまざまな書簡や知人の作品、コラージュのための切り抜き、関連する映像などをぎゅうぎゅうに詰め込む。もともと本人が記録魔なのだが、これらの膨大な資料を整理したのが、細谷修平、三上満良、関本欣哉、中西レモンをメンバーとするダダカン連である。1920年生まれだから、もう100年を生きており、ほとんど全身美術史とでもいうべき展示の圧倒的な密度ゆえに、それまでの内容を忘れてしまうほどだ。今後、ダダカンの資料をどう扱い、保存していくのかも気になる。ともあれ、最後に一人の生き様でもっていかれる展覧会だった。



菊池聡太朗 作品展示風景



是恒さくら 作品展示風景



小森はるか+瀬尾夏美 作品展示風景



ダダカン 作品展示風景



ダダカン 作品展示風景


2021/11/17(水)(五十嵐太郎)

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妹島和世+西沢立衛/SANAA展「環境と建築」

会期:2021/10/22~2022/03/20(※)

TOTOギャラリー・間[東京都]

※事前予約制


いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの建築家、妹島和世+西沢立衛/SANAAの展覧会が開催中である。昨年、予定されていたもののコロナ禍で延期となり、満を持しての開催となった。彼らが掲げたテーマは「環境と建築」。果たして、彼らが考える環境とは何なのだろうか。本展を観てから、ずっとそのことを考えていた。SANAAの建築というと、平易な言葉で言ってしまえば、ガラスと白っぽい壁を多用した繊細で透明感のあるイメージが思い浮かぶ。それぞれがユニークな外形でありながら、高さが比較的抑えられた建築が多いためか、周辺環境への圧力は少なく見える。しかし自己主張していないかというとそうでもなく、静かに自己主張していると言うべきか。


展示風景 TOTOギャラリー・間 3Fエントランス ©ナカサ&パートナーズ


本展に展示された近年の建築事例の模型や写真を観ると、確かに周辺環境との調和に配慮したデザインが多いように感じた。そこの地形や自然、風土に合わせた建物の建て方をしているように見えるのだ。こうした調和の取り方が建築に求められる環境と考えているのだろうか。参考までに刊行がやや古いが『妹島和世+西沢立衛読本─2013』(A.D.A. EDITA Tokyo、2013)をめくってみると、彼らへの長いインタビューのなかでまさにこの点が触れられていた。建物の建て方を妹島は「着地感」と独特の表現をしている。「〜建築の着地の仕方が柔らかくなりました」とか「〜もう少し違う着地感を考えられたかもと思います」という具合だ。まるで彼方からやって来た宇宙船のような表現だが、なるほど、そこの地域や住民にとってみれば、建築も大きな宇宙船のような存在なのかもしれない。だからこそ住民らが望む・望まないにかかわらず、異質な存在を受け入れてもらうための配慮や工夫が必要なのだ。


展示風景 TOTOギャラリー・間 3F室内全景 ©ナカサ&パートナーズ


良くも悪くも、建築は周囲の景観を変える影響力がある。そうした建築が持つ暴力性や威圧感のようなものを彼らは重々知っているのだろう。それは施主だけの責任ではない。建築家としてそれを思うからこそ、建築と環境の関係を常々考えざるを得ないのかもしれない。彼らなりの模索の仕方で。それにしても近年のSANAAの仕事には、中国をはじめとする海外案件が多い。世界から求められる卓越した建築家がこうして日本にいることを誇らしく思う。


公式サイト:https://jp.toto.com/gallerma/ex211022/index.htm

2021/11/04(木)(杉江あこ)

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阿部航太『街は誰のもの?』

グラフィティは80年代前半ニューヨークで最初のピークを迎えたが、ニューヨークがジェントリフィケーションによって下火になるのと引き換えに、世界各地に飛び火していく。そのひとつがブラジルのサンパウロだ。この映画はサンパウロのグラフィティやスケートボードなどのストリートカルチャーを、デザイナーの阿部航太が追ったドキュメンタリー。

グラフィティを扱った映画は『WILD STYLE』や『INSIDE OUTSIDE』など、フィクション・ノンフィクションを問わず何本もあるが、違法にもかかわらず公共空間に書くことの意味を問うたり、依頼制作の合法的グラフィティ(それは「グラフィティ」ではなく「ミューラル=壁画」という人もいる)との違いについて語られることが多い。この映画も違法行為を繰り返すグラフィティライターを追いかけ、インタビューしていくなかで、タイトルにあるように、次第に街(公共空間)は誰のものなのかを問うようになっていく。ライターたちの言い分は、自分たちは無償で街を美しく飾っているのになにが悪い? ということだ。これはニューヨークでもヨーロッパの都市でも同じで、公共空間イコール自分たちの場所(だからなにやってもいい)という考えだ。実際、映画には路上で服や食べ物を売ったり、大統領に反対するデモを行なったり、地下鉄でギターをかき鳴らしたり、ホームレスが窮状を訴えたり、思いっきり街を活用している例が出てくる。

こういうのを見ると、やっぱりラテン系は騒がしいなと疎ましく思う反面、うらやましさを感じるのも事実だ。だいたい日本人は公共空間をみんなの場所(それはお上が与えてくれた場所)だから、自分勝手なことをしてはいけないし、自己表現する場所でもないと考えてしまう。だから、ゴミ拾いくらいはするけれど、街を美しくしようとか楽しくしようとか積極的に行動することはあまりない。これを国民性や文化の違いとして片づけるのではなく、表現の自由に対する自己規制や無意識の抑圧として捉えるべきではないかと思ったりもした。日本の街にグラフィティが少ないのは、必ずしも誇るべきことではないのだ。

さて、映画は後半以降グラフィティから離れてスケートボードの話に移るが、スケボーも同じストリートカルチャーではあるものの、とってつけたような蛇足感は否めない。映画としてはグラフィティだけでまとめたほうがよかったように思う。


公式サイト:https://www.machidare.com

関連記事

絵が生まれる場所──サンパウロ、ストリートから考えるまちとデザイン|阿部航太:フォーカス(2020年02月15日号)

2021/11/01(月)(村田真)

富岡の隈研吾建築

[群馬県]

TNAが設計した《上州富岡駅》(2014)で待ち合わせをして、群馬県の建築コンペの仕かけ人として知られる新井久敏氏の案内により、手塚建築研究所の《商工会議所》(2018)、HAGI STUDIOの《富岡まちやど 蔟屋 MABUSHI-YA》、そして隈研吾による建築などをまわった。富岡は駅舎が完成した直後に訪れて以来だったが、いつの間にか、さまざまなタイプの隈作品が増えていたことに驚かされた。まず駅のはす向かいにたつ《群馬県立世界遺産センター》(2020)と《3号倉庫》(2019)は、いずれもリノベーションである。特筆すべきは、CFRPのロープを張りめぐらせることによって、木造小屋組みを補強していることだ。一見弱そうな素材の選択であり、興味深い手法だが、言うまでもなく、近代の製糸場によって世界遺産に登録された街の歴史を意識したものだろう。地域ごとのローカリティへの配慮こそが、結果的に彼をグローバルな建築家に押し上げた。なお、《2号倉庫》も隈研吾建築都市設計事務所が担当し、改修中である。続いて倉庫群と道路を挟んで、隈による《富岡市役所》(2018)がたつ。分棟の形式、アルミニウムと木のルーバー、張り出す庇などを特徴とする、開かれた公共空間だ。


《上州富岡駅》



《商工会議所》



《富岡まちやど 蔟屋 MABUSHI-YA》



《群馬県立世界遺産センター》



《3号倉庫》



富岡市役所


そして圧巻は、新しく公開された富岡製糸場の《西置繭所》(2020)の保存修理プロジェクトである。これは日本空間デザイン賞2021の博物館・文化空間部門において金賞を受賞した。注目すべき手法は、国宝に指定された近代建築の内側に補強を兼ねた大きなガラスの箱を挿入していること。なぜなら、そこがかつての工場の使われ方を紹介する展示施設であると同時に、壁の落書きや改修の履歴なども含めて、建築そのものが重要な展示物であるからだ。つまり、観賞者は展示ケース=ガラスの箱の内側に入って、天井や壁などを見ることになる。また《西置繭所》の展示設計も、カッコいい。例えば、昔使われていた什器などを積極的に再利用している。富岡製糸場はまだ公開されていないエリアが多く、一部を見せてもらったが、現代アートの展示にも使えそうなダイナミックな大空間だった。今後、こうした場所をどのように見せいていくかも楽しみである。


《西置繭所》


2021/10/4(月)(五十嵐太郎)

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