artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
鉄道と美術の150年
会期:2022/10/08~2023/01/09
東京ステーションギャラリー[東京]
アーティストの世界観にどっぷりと浸かるのは美術館の醍醐味だが、特定のテーマを設け、博物館的な内容と交差させた企画も、歴史の深さと表現の多様性を大いに楽しむことができる。タウトに始まり、柳宗悦、ペリアン、今和次郎という安定のラインナップに玩具収集、今の弟純三による青森の考現学的なスケッチ、前衛弾圧後の吉井忠などの美術を加えた前回の「東北へのまなざし1930-1945」展と同様、鉄道開業の150周年を記念した東京ステーションギャラリーの今回の展覧会は、美術の外側、すなわち歴史に対するさまざまな補助線を引いていた。初期の鉄道絵画は、「電線絵画展─山口晃まで─」展(練馬区立美術館、2021)ともかぶり、必然的に電線・電柱が多く登場し、美醜を超えたテクノスケープへのまなざしを追跡できる。が、この展示はさらに日本の近代史を照らしだす。例えば、満洲写真作家協会によるロマンティシズムあふれる大陸の風景、かつて存在した踏切番の写真、機関紙の過酷な労働や東京駅で弁舌を振るった運動家の絵画、1930年代の外国人誘致のための宣伝ポスターなどである。
敗戦後の東京駅に関しては、連合国軍の専用待合室として、建築家の中村順平が指揮し、建畠覚造ら5人の彫刻家に制作させたグレートモニュメントRTOレリーフ(1947)が紹介されている。これは駅の改装に伴い、1974年に壁板で覆われたが、保存復元工事の際に再発見され、現在は京葉線改札口の外に設置されており、すぐに見に行った。中村はパリに留学し、横浜高等工業学校建築科(現横浜国大)で教鞭をとり、客船のインテリアや銀行のレリーフなどを手がけた(そのひとつは馬車道駅に移設)。ほかにも今回、福沢一郎の《天地創造》を原画とする大きなステンドグラス(1972)が、東京駅内にあることも初めて知った。
RTOレリーフ 田畑一作《鎌倉やぶさめ》
RTOレリーフ 建畠覚造《江戸の船出》
馬車道駅に移設された中村順平のレリーフ
福沢一郎《天地創造》を原画とするステンドグラス
展覧会の後半は、ハイレッドセンターの山手線のパフォーマンス、満員電車の写真、シベリア抑留の記憶を描いた香月泰男、1970年代の「ディスカバー・ジャパン」のキャンペーン・ポスター、中村宏や立石大河亞らをとりあげる。現代史の記憶を刻む作品としては、地下鉄サリン事件に関して小沢剛の「地蔵建立」、阪神・淡路大震災を受けた島袋道浩の《人間性回復のチャンス》(1995)、そして原発事故をモチーフとしたChim↑Pomによる渋谷駅の《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》(2011)が登場した。まさに鉄道と美術を通じて、日本の近現代史を駆け足でめぐるものだった。
《LEVEL 7 feat.『明日の神話』》「Chim↑Pom展:ハッピースプリング」展(2022)、森美術館
公式サイト:https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202210_150th.html
関連レビュー
電線絵画展─小林清親から山口晃まで─|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2021年05月15日号)
2022/12/21(水)(五十嵐太郎)
宇都宮駅東口地区再開発、「これからの時間についての夢」「印象派との出会い─フランス絵画の100年 ひろしま美術館コレクション」
宇都宮美術館、栃木県立美術館[栃木県]
半年ぶりに宇都宮駅を訪れたら、工事中だった東口地区の整備が完成していた。これはさまざまな交流施設を組み合わせたものである。JR駅からブリッジで直結する隈研吾建築都市設計事務所のデザイン監修による《ライトキューブ宇都宮》(2022)(最大2000人収容のホールを含む、17室をもつ)、《宮みらいライトヒル》(2022)(水のプラザがあり、大階段を登ると緑のテラス、3階レベルに風のホワイエ=芝生の広場)、そしてホテル、飲食店、駐車場が入る《宇都宮テラス》(2022)などだ。目玉のLRTは来年8月の開通のため、駅の全容がわかるのはもう少し先である。《ライトキューブ宇都宮》は、やはり大谷石張りのファサードによって地域性を表現しているが、建築的な空間はあまりない。おいしい水を供給する2階の宮の泉も、大谷石によるオリジナルデザインが売りだが、実物は小さくて、しかも自販機の横だった。コスパを求める現代の最適解なのだろうが、ノンデザインに近い隣の商業施設に同化しそうなくらいである。ただし、外構には可能性をもち、今後、いかに3つの広場を生かすのかが重要になるだろう。
《ライトキューブ宇都宮》と《宮みらいライトヒル》芝生の広場、奥にカンデオホテルズ宇都宮
《宮みらいライトヒル》水のプラザ、右に《ライトキューブ宇都宮》、奥に《宇都宮テラス》
《ライトキューブ宇都宮》宮の泉
宇都宮美術館では、7章から構成された「開館25周年記念 全館コレクション展 これからの時間についての夢」展を開催していた。企画展ポスターの年譜に続き、第1回コレクション展の再現展示や3名の作家の新作、「1919-1943 日本とドイツ」などのテーマ展示が続く。改めて、同館がいち早くデザイン分野の収集に力を入れていたことがよくわかる。大巻伸嗣は、岡田新一による丸い空間と共鳴する円の作品だった。ちなみに、展示エリアは一層のY字プランという実に明快な建築であり、その結節点に円形の吹き抜けが位置する。髙橋銑の特別展示も、修復という視点から同館のバリー・フラナガンの彫刻《ホスピタリティー》(1990)と、群馬県立館林美術館にある同じ作家の《鐘の上の野兎》を比較する興味深い試みだった。
宇都宮美術館「これからの時間についての夢」展 25年の歴史を振り返るポスター群
宇都宮美術館「これからの時間についての夢」展 会場図
大巻伸嗣《Echoes-Infinity /2022》展示風景、宇都宮美術館
一方、50周年を迎えた栃木県立美術館の「開館50周年記念展 印象派との出会い —フランス絵画の100年 ひろしま美術館コレクション」展では、ひろしま美術館のコレクションをもとにフランスの近代絵画、ならびに同時代の日本人作家の絵を紹介している。常設エリアでも、所蔵品を使い、関連する展示が行なわれた。さすがに日本で人気のテーマなので、来場者が多い。ところで、最近、美術館を移転し、図書館と合体させて、体育館の跡地に新しく建てる計画が持ち上がっている。川崎清が設計した建築は、内外に独特の空間をもつ力作なので、もったいない気がするのだが、今後の行方が気になる。もし建て替えるなら、前よりも素晴らしい建築にして欲しいが、現代は安ければいいという風潮なので、はたして可能だろうか。
建築雑誌で紹介された栃木県立美術館「題名のない展覧会」
開館25周年記念 全館コレクション展「これらの時間についての夢」
会期:2022年9月25日(日)~ 2023年1月15日(日)
会場:宇都宮美術館
(栃木県宇都宮市長岡町1077)
栃木県立美術館 開館50周年記念「印象派との出会い──フランス絵画の100年 ひろしま美術館コレクション」
会期:2022年10月22日(土)〜12月25日(日)
会場:栃木県立美術館
(栃木県宇都宮市桜4-2-7)
関連レビュー
題名のない展覧会─栃木県立美術館 50年のキセキ|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2022年07月15日号)
2022/12/04(日)(五十嵐太郎)
レオナルド・ダ・ヴィンチ理想都市模型展──感染症に立ち向かう 500年前の理想都市
会期:2022/11/17~2022/12/11
静岡文化芸術大学 ギャラリー[静岡県]
昨年末に静岡文化芸術大学を訪問した際、ミラノ時代のレオナルド・ダ・ヴィンチが構想した理想都市の大きな木造模型(3m×1.7m)があると聞いて、梱包を解いて見せてもらい、これはもっと広く知られるべきものだと感想を述べたのだが、およそ一年たって、同大学の松田達の企画によって展覧会が実現されることになった。
会場では、模型の3DCG映像、VRの体験、模型のARやプロジェクション、関連資料としてパネルや書籍などを紹介している。ちなみに、理想都市といっても、全体の輪郭が円形といった概念的なものではなく、ダ・ヴィンチのそれはかなり実践的なアイデアで、当時のペストの流行を踏まえて、疫病対策も意識したものだった。ゆえに、コロナ禍を体験した現代の視点から見ても興味深い。また人間と馬車が通る道路を上下で分離し(いまのペデストリアンデッキ)、運河を含む交通のネットワークを立体的に組み立てたり、水はけの良さなど細かく検討している。古典的なパラッツォ風の意匠を剥ぎとると、近現代の都市デザインにも通じるだろう。
2021年の訪問時に見たダ・ヴィンチの理想都市の木造模型
模型の3DCG映像
VR体験ができるコーナー
模型に投影されるプロジェクション・マッピング
解説パネル
今回の展示
ポスターコンペ
ちなみに、あくまでもダ・ヴィンチは15世紀末にいくつかの断片的なスケッチを残しており、模型は当時のものではない。今回展示されたのは、ダ・ヴィンチの科学技術博物館の設立に尽力したにイタリア人の航空技師、マリオ・ソルダティーニが1956年に制作したものである。そして池袋の西武百貨店が1984年のイタリアン・フェアに際して、これを入手した後、解説を執筆したルネサンスの建築史家、長尾重武を通じて、武蔵野美術大学に移管されていたが、さらに静岡文化芸術大学に寄贈されていた。ともあれ、模型だけを見ると、ダ・ヴィンチがまるで全体像を構想していたような錯覚に陥るが、実際はソルダティーニが独自の解釈によってつなぎあわせている。ゆえに、モダニズム的な感覚によって再配置されたかもしれない。また詳細に観察すると、スケッチとの微妙な差異(意匠や装飾)、あるいは表現の違い(上部の壁をなくしたり、追加)などにも気づく。したがって、約半世紀以前につくられた都市模型も、別の歴史的な価値をもつ。改めて、模型が木造ゆえに、ほとんど劣化していないことにも驚かされる。実際、ルネサンス時代につくられた木造の建築模型は、今なお文化財として残っているくらいだから、相当の耐久性があるはずだ。おそらく、都市模型そのものも研究のテーマになるだろう。
パルマノヴァの模型
2022/11/27(日)(五十嵐太郎)
横浜市公共建築100周年事業
[神奈川県]
横浜市役所に建築課が設立されてから100周年を記念し、槇文彦の事務所が設計した8代目の新庁舎(2020)において、公共建築に関するさまざまなイベントが行なわれた。日本建築家協会 JIA神奈川を含む各種の建築関連の団体による、折り紙建築や角材とジャンボ輪ゴムで家をつくるワークショップ、ポップアップの建築への色ぬり、延長コード作り、建設重機の体験会、富士山をのぞむ最上階である31階のレセプションルームの開放などである。特筆すべきは、今回制作された100年の歴史を振り返る年表だった。市営住宅の供給や関東大震災後の復興小学校にはじまり、戦後につくられた各種の公共建築、1990年代の地区センター・地域ケアプラザ(この事業は、伊東豊雄や妹島和世など、当時はまだ公共の仕事が少なかった建築家に多くのチャンスをもたらしたことで評価できる)、そして近年の施設の長寿命化、木材利用、脱炭素社会を意識したプロジェクトまでを網羅している。改めて公共建築は、時代の変化や社会の要請を強く反映するビルディングタイプであることがよくわかるだろう。
ワークショップ会場
重機体験の展示
31階のレセプションルーム
公共建築年表
根岸森林公園のトイレ・コンペ表彰式(張昊と甘粕敦彦が受賞)の後、筆者は山家京子、小泉雅生、乾久美子、肥田雄三らと、パネルディスカッション「これまでも、これからも、横浜らしく」に登壇した。それぞれのプレゼンテーションの後、討議では、施設の複合、プロセス重視の可能性とその限界、冗長性、居場所などがトピックになった。個人的には国際コンペによってFoaが選ばれた《横浜港大さん橋国際客船ターミナル》(2002)のような衝撃的に新しいデザインの公共建築が、再び登場することを期待したい。これはせんだいメディアテークと同じ1995年にコンペの審査が行なわれ、いずれの最優秀案もコンピュータが設計に導入される新しい時代を告げるデザインが注目を集めた。が、その後、横浜では、こうした大がかりなコンペが実施されていない。むしろ、横浜の友好都市である上海の方が、新しい建築に貪欲であると同時に近代建築もよく保存し、なおかつアートが活性化しており、いまの上海の方が横浜らしいのではと思う。ところで、今年の春にも、1971年に市役所内に「都市デザイン」を担当する部署をつくったことを受け、その50周年を記念すべく、Bankart KAIKOにおいて「『都市デザイン横浜』展~個性と魅力あるまちをつくる~」が開催された。全国でもいち早く都市デザイン室が設立され、大きな成果をおさめてきたが、林市長になってから存在感が弱くなった印象を受ける。ここにもがんばって欲しい。
根岸森林公園コンペ
横浜港大さん橋国際客船ターミナル
新市役所の模型
横浜市公共建築100周年:https://www.city.yokohama.lg.jp/business/bunyabetsu/kenchiku/kokyokenchiku/kokyokenchiku100th/
『都市デザイン横浜』展~個性と魅力あるまちをつくる~
会期:2022年3⽉5⽇(⼟)〜4⽉24日(日)
会場:BankART KAIKO(神奈川県横浜市中区北仲通5-57-2 1階)
2022/11/12(土)(五十嵐太郎)
岡山芸術交流
会期:2022/09/30~2022/11/27
岡山市内各所[岡山県]
3度目だから皆勤賞で訪れている岡山芸術交流は、日本で乱立する芸術祭のなかでも、街の中心部にコンパクトに作品を集め、なんとか1日でまわることが可能なこと(ただし、すべての映像作品をフルで見ると無理)、日本人の作家や地域アートが少ないこと、逆に日本でなじみがない海外の作家が多く、西欧の国際展のようであることなど、独特の存在感をもつ。今回はリクリット・ティラヴァーニャをアーティスティックディレクターに迎え、前の2回に比べて、アジア系の作家が増えた印象を受けた。また前回、2019年のピエール・ユイグがディレクターだったときのような不気味な作品は消え、だいぶ健康的になっている。なお、総合プロデューサーが起こした問題については、残念ながら、どこにも表明はなかった。今回は会場に加わったおかげで、久しぶりに岡山後楽園を再訪し、かつて馬が走る様子を眺めるためにつくられた外周の観騎亭まで見学した(作品が設置していければ、普段は閉じているらしい)。その後、園内を散策し、遊びのある庭や東屋の風流なデザインが、ポストモダンの時代には関心をもたれていたのに、いまの建築には欠けていることを痛感した。また岡山天満屋のショーウィンドウでファッションの広告の横に展示された片山真里の写真は、絶妙な場所の選択である。
後楽園の観騎亭、デヴィッド・メダラ『サンドマシン 青竹のバタンガス》
岡山後楽園の流店
天満屋の片山真里作品
岡山城の中の段では、池田亮司による巨大なモニターの映像を楽しんだが、まだそれほど日が暮れていなくても、輝度が高いことで、十分に鑑賞できる。2009年に東京都現代美術館で開催された池田の個展において、壁いっぱいに投影されたプロジェクションが度肝をぬいたが、映像関係の技術はさらに進化しているのだろう。城のモニターも、原理的には横方向に無限につなぐことが可能である。
なお、今回、屋内における映像作品は駆け足でまわった代わりに、シネマ・クレール丸の内でアピチャッポン・ウィーラセタクンの映画『MEMORIA メモリア』(2021、136分)を鑑賞する時間だけは確保した。これは主人公の頭のなかだけに響く爆破音を契機に、音そのものを言語化したり、遠くからの波動を体験するような特殊な作品であり、絶対に映画館という場で見るべきタイプの作品だった。
ところで、シネマクレール近くの1階に珈琲店が入る岡山禁酒会館は、空襲に対して奇跡的に焼け残ったもので、当初から変わらない名前も含めて、興味深い大正時代の建築である。今回、市内をまわって気づいたのは、実は町の中心にいわゆるチェーン店が目立たず、個性的なお店が多いことだった。
池田亮司《data.flux [LED version]》audiovisual installation
禁酒会館
プールにあるプレシャス・オコモヨン《太陽が私に気づくまで私の小さな尻尾に触れている》、左にオーバーコート《COME TOGETHER》、右奥に藤本壮介による喫煙所
ヤン・ヘギュ《ソニック コズミック ロープー金色12角形直線織》、岡山市立オリエント美術館
岡山芸術交流:https://www.okayamaartsummit.jp
2022/10/30(日)(五十嵐太郎)