artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
ウエスト・クーロン文化地区
[香港]
視覚芸術に関心をもっていると、つい《M+》(2021)だけに注目しがちだが、実はこのエリアでは、パフォーミングアーツ系の施設が続々と揃う計画も進行している。これを初めて認識したのは、モデレータを務めたアーツカウンシル東京のフォーラムにおける、ウエスト・クーロン文化地区管理局のパフォーミング・アーツ部門エグゼクティブ・ディレクターのポール・タム氏のプレゼンテーションがきっかけだった(こちらから、発表内容を含む報告書を読むことが可能)。そこで同僚のフランク・イェン氏に案内してもらった。M+の向かいにあるイタリア合理主義風の外観をもつオフィスの待ち合わせ場所に全体計画の模型が置かれている。それを見ると、M+の西側は公園のままだが、今後は東側にぎっしりとビルが建つ予定だとわかる。もともとウエスト・クーロン文化地区は、1990年代以降の埋立地であり、ノーマン・フォスターによる軸線に沿ったマスタープランをもとに、海辺には数々のホール、その背後にはオフィスや商業施設が混在するユニークな街が誕生するという。また民間施設からの収益も、文化施設に還元するスキームがあるらしい。
すでに二つの巨大な美術館と二つのパフォーミング・アーツの施設はオープンしており、さらに演劇の複合施設、音楽センター、オペラハウス、ミュージカル専用劇場などが登場するようだ。これらがすべて揃うと、国際的なパフォーミング・アーツのフェスティバルや美術と連携したイベントが可能だろう。なお、中国本土からの高速鉄道が停まる九龍駅もすぐそばであるし、空港からのスカイトレインも九龍駅を経由するので、そうした香港外からの来場者も見込んでいる。
現時点でオープンしている二つの施設は、東西の両端にある《自由空間(Freespace)》(2021)と《戯曲センター(Xiqu Centre)》(2019)だ。公園内の前者はリノベーション風のデザインを施し、実験的なボックス空間やライブハウスなどを備え、さらに隣の敷地と連動しながら、野外コンサートやイベントを開催している。一方、後者の戯曲センターは、ウエスト・クーロン文化地区へのゲート的な役割を果たし、広東オペラの大ホール、飲食を楽しめる伝統演劇シアター、バリアフリーのセミナーホールをもつ。建築的な特徴としては、中央に気持ちがよい海風が入る大きな円形状の吹き抜けがあり、その上部が大ホールになっていること。
M+は当初の計画より遅れ、完成までにだいぶ待たされたので、これらの施設も想定以上の時間がかかるかもしれないが、もしすべて稼働すれば、文化発信の強力な場所となるはずだ。
ウエスト・クーロン文化地区:https://www.westkowloon.hk/en/
2023/07/11(火)(五十嵐太郎)
ラスベガス化が進むマカオ
[香港]
13年ぶりのマカオは、さらにラスベガス化が進行していた。前回の訪問時は、すでに老舗のホテル・リスボアの隣に強烈な造形をもつ《グランド・リスボア》(2008)や、フェリーの発着場の近くに北京オリンピックの水泳競技場である《水立方(中国国家水泳センター)》(2008)をコピーした《海立方》(2009)などのカジノなどが登場していたが、むしろアメリカのカジノ産業が参入したコタイ地区の発展がめざましい。例えば、《ザ・ヴェネチアン》(2007)は、名称通り、ヴェネツィアをテーマとするカジノ、ホテル、商空間から構成された巨大な複合施設であり、屋外にサン・マルコ広場の鐘塔やリアルト橋、室内にゴンドラが移動する運河を備えたものだ。今回、新たに増えていたのは、これに隣接する《ザ・パリジャン》(2016)と《ザ・ロンドナー》(2021)である。したがって、リング状の陸橋から道路を眺めると、ヴェネツィアの鐘塔、パリのエッフェル塔、ロンドンのビッグベンが一望でき、コラージュ的な風景が楽しめる。もっとも、こうしたテーマパーク的な建築はラスベガスに存在するから、いわばコピーのコピーといえるかもしれない。
ゲーム機ではないタイプのカジノは、最低の掛け金が5000円や1万円くらいの設定だが、中国本土からの観光客で賑わっていた。無料のエンターテイメントも多い。ウィン・パレスの手前の池は、噴水ショーを行なうほか、そのまわりにロープーウェイによるゴンドラを運行し、長蛇の列になっている。
一方で前衛的なデザインの建築も同居していたのは興味深い。《MGMコタイ》(2007)のホテルは、直方体のヴォリュームをずらして積み重ねる。そしてシティ・オブ・ドリームスと連結する《ホテル・モーフィアス》(2018)は、ザハ・ハディド・アーキテクツが設計したものだ。これは外骨格の鉄骨構造によって、内部に柱がなくても成立しており、さらにねじれた三つの穴が空く。ただし、夜間はフロアからの水平の光が漏れるため、斜めの線が強い構造がわかりにくいという弱点をもつ。ホテルのロビーに入ると、幾何学的なパターンに彩られた壮大な吹き抜けが展開し、とても未来的な空間だ。またザ・パリジャンの隣のスタジオ・シティにも、ザハによるホテルが建設されている。
2023/07/10(月)(五十嵐太郎)
PMQと大館
[香港]
香港には、警察関係の施設をうまくリノベーションしたプロジェクトが二つある。ひとつは前にも訪問したが、中環エリアの警察官舎を改造し、2014年にオープンした《PMQ(Police Married Quarters)》だ。かつての居室は、カフェや店舗、あるいはギャラリーやデザイン系の事務所などに転用され、おしゃれな文化スポットに生まれ変わった。もともと美しいプロポーションのモダニズムの建築であり、その良さが継承されている。また中央のイベントに使う広場の地下には、19世紀に学校だったときの遺構が保存されていた。もうひとつは、2018年に誕生した《大館(Tai Kwun/タイ・クゥン)》であり、PMQの近隣に建つ。これは旧中央警察、中央裁判所、ビクトリア監獄など、16棟の歴史的な建築群を飲食店や展示施設に改造したものだが、ヘルツォーク&ド・ムーロンが設計した《JCコンテンポラリー(現代美術館)》(2018)と《JCキューブ》(2018)は、とりわけ大胆なデザインで目を引く。再生された鋳造アルミニムブロックを反復するクセの強い外皮に覆われた異形のヴォリュームが宙に浮き、遠くから眺めても、新旧の対比によって緊張感を与える。
大館では、二つの展覧会が開催されていた。現代美術館のパトリシア・ピッチニーニ「ホープ」展は、異種混淆のポスト・ヒューマン的な作風は変わらないが、まとまった個展を見るのは初めてだったので興味深い。独特の透明なパーティション、家具を転用した什器、展示室内における部屋そのものの構築、天上の空間インスタレーションなど、単体で作品を見るよりも、館全体で提示された世界観、文脈があることによって強度を増す。ヘルツォークらによる垂直に貫通する彫刻のような螺旋階段は力強い。
もうひとつの「ヴァイタル・サインズ」展は、香港風景のアイデンティティというべきネオン看板を取り上げ、その科学、製作法、実物を紹介する。近年、街から袖看板やネオンが撤去されているらしいが、皮肉なことに重要なデザインとして再評価もされているようだ。ヘルツォークらのヴォリュームの下にある屋外の大階段でも、ネオンサインによるインスタグラム向けのインスタレーションを設置している。なお、M+の向かいの建物でも、こうしたネオンの看板を修復していた。
HOPE—Patricia Piccinini(「ホープ」展):https://www.taikwun.hk/en/programme/detail/hope-patricia-piccinini/1206
Vital Signs(「ヴァイタル・サインズ」展):https://www.taikwun.hk/en/programme/detail/vital-signs/1222
関連レビュー
王大閎の自邸と台北市立美術館|五十嵐太郎:artscapeレビュー(2023年06月01日号)
2023/07/08(土)(五十嵐太郎)
「東洋一」の夢 帝国図書館展
会期:2023/03/28~2023/07/16
国立国会図書館国際子ども図書館[東京都]
上野にはよく足を運んでいるが、久しぶりに《国際子ども図書館》を訪れた。安藤忠雄と日建設計が手がけた、ガラス・ボックスが歴史的な様式建築に貫入するリノベーションが行なわれ、2002年に全面開館して以来だろう。おかげで既存のレンガ棟に対し、中庭を挟んで弧を描くアーチ棟(書庫、資料室、研修室、事務室などが入る)が2015年に増築されていたことを初めて知った。さて、今回の目的は、この建築そのものの歴史を振り返る 「『東洋一』の夢 帝国図書館」展である。
図書館は、美術館と同様、コレクションが増えることから、増改築を繰り返すことが多いビルディングタイプだが、この建築もまさにそうした変遷を辿った。最初は久留正道や真水英夫の設計による帝国図書館の全体計画の1/4を実現したところで、1906年に開館する。その後、蔵書の増加や、関東大震災によって東京の図書館が罹災し、利用者が増えたことを受け、増築工事が1929年に竣工した。明治期の建築は鉄骨で補強されたレンガ造だったのに対し、昭和の増築は鉄筋コンクリート造である。
敗戦後は国会図書館の支部として使われ、平成に増改築されたことにより、国際子ども図書館として生まれ変わった。その際、閲覧室、大階段、廊下の室内装飾が、創建当時の状態に復元されている。展示は当時の図面や写真を陳列しており、見上げると、実際のデザインをすぐに確認できる好企画だった。
一方で、古典主義の細部に対する説明が気になる。例えば、柱頭について「古代ギリシャ建築のコリント式」と記していたこと。アカンサスの葉に覆われたコリント式の特徴は認められるが、同時にイオニア式の渦巻きを備えており、むしろ両者を複合したコンポジット式ではないか。なるほど、葉の上部先端が小さな渦巻きになり、判別しにくいケースもある。もっとも、渦のサイズが大きいことに加え、コリント式にはないオヴォロ(卵形装飾)と鏃形が並ぶエキヌスが存在していることから、コンポジット式というべきだろう。なお、コリント式もギリシア時代にはあまり多くないが、コンポジット式はローマ時代以降のデザインだ。こうした説明は、当時の設計者による記述を根拠にすることもあるが、建築史の精度はいまの水準とは違い、形のディスクリプションとしては修正するのが望ましい。
公式サイト:https://www.kodomo.go.jp/event/exhibition/tenji2023-01.html
2023/06/24(土)(五十嵐太郎)
ガウディとサグラダ・ファミリア展
会期:2023/06/13~2023/09/10(※)
東京国立近代美術館 1F企画展ギャラリー[東京都]
「人間は創造しない。人間は発見し、その発見から出発する」。これはスペインの建築家、アントニ・ガウディの有名な言葉だ。本展でもこの言葉が印象的に使われていて、改めて強い言葉であると感じた。ガウディが「発見」の対象とした創造の源泉は、西洋建築の歴史やスペインに根づくイスラム文化、自然の造形、幾何学、また生まれ故郷であるカタルーニャ地方の風土だったという。世界の名だたる建築家のなかでも、ガウディほど独創性の高い建築家はいないと思うのだが、にもかかわらず、この言葉である。本展ではそんなガウディの独自の建築様式を紹介しつつ、かのサグラダ・ファミリア聖堂へと迫る。
いまなお建設が続いている「未完の聖堂」として有名なサグラダ・ファミリア聖堂だが、いよいよ完成の時期が見えてきたと言われる。本展ではこの謎多き聖堂の経緯や背景を詳しく紹介しており、興味深く観覧した。そもそもこの聖堂は貧しい庶民たちのための救いの場として計画され、彼らから広く集めた献金で建設が始まったこと、ガウディは実は2代目建築家として起用されたことなど、あまり知られていない事実が列挙されていた。そしてガウディが設計を引き継いだ後、巨額献金が入ってきたことを機に、工事途中であったにもかかわらず、彼は「降誕の正面」と呼ばれる大きなファサードを計画し、聖堂のスケールを一気に拡大するのだった。そこから百数十年にわたる建設計画が始まったのである。
そうした建設の推移が年代ごとにわかる写真や、ガウディが外観や内部構造を練り上げるためにつくったという膨大な数の模型の一部、聖堂に一時期設置されていた彫刻の一部などが展示され、サグラダ・ファミリア聖堂の一端を感じることができた。自身は完成を見ることなく後世の人々に建設を託したという点で、いわばガウディの覚悟や執念のようなものがそこにはあった。ちなみにガウディは享年73歳で亡くなるのだが、その死因が路面電車にはねられたからという衝撃の事実も知った。きっと無念だっただろうなと推察すると、サグラダ・ファミリア聖堂がますます尊いものに思えるのだった。いつの日かの完成を機に、私もバルセロナを訪問したいところである。
公式サイト:https://gaudi2023-24.jp/
※巡回展あり。
佐川美術館:2023年9月30日(土)〜12月3日(日)
名古屋市美術館:2023年12月19日(火)〜2024年3月10日(日)
2023/06/23(金)(杉江あこ)