artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
佐藤志保、畠山雄豪、人見将の写真展「念力、滲透、輪郭」

会期:2012/06/13~2012/06/24
昨年7月に東川町国際写真フェスティバルの関連行事として開催されたリコーポートフォリオオーディション。鷹野隆大と一緒に僕も審査に参加したのだが、そのレベルの高さにびっくりさせられた。ポートフォリオを制作し、自分の作品をプレゼンテーションするということが、写真家たちの間にごく当たり前のルーティンとして定着しつつあるということだろう。そのときは北海道札幌在住の山本顕史がグランプリに選ばれ、昨年11~12月に東京・銀座のリコーフォトギャラリーRING CUBEで個展「ユキオト」が開催された。だが次点に残った佐藤志保、畠山雄豪、人見将の作品も甲乙つけがたく、あまりにも惜しいということで、今回その3人で「念力、滲透、輪郭」と題する展示を開催することになった。
佐藤志保の「念力」はダウジング、テレポーテーション、透視、幽体離脱などの超常現象をテーマにした作品。それぞれの状況をモデルに演じてもらい、とても気のきいたテキストを付して作品化している。4×5インチの大判カメラで撮影したプリントのクオリティが高く、脱力感のあるユーモアが独特の味わいを醸し出していた。畠山雄豪の「滲透」は、川の中に顔を覗かせる石を真上から撮影し、水と鉱物との「滲透」の状況を細やかに浮かび上がらせる。作品を床に並べて、その間を観客が縫うように歩き回れるように設定したインスタレーションがなかなかよかった。人見将の「輪郭」は、人体の影を定着したフォトグラム作品。さまざまなポーズをとるシルエットに、コラージュやドローイングで装飾的な要素を付け加え、軽やかな遊び心を発揮する作品に仕上げている。
3人とも、今後の活躍が大いに期待できる。オープニングの会場で、畠山から来年秋に山本顕史も含めた4人展を開催したいという抱負が述べられた。偶然の機会で出会った4人だが、おのおのの力が融合し、化学反応を起こすとさらに面白くなるのではないだろうか。
2012/06/13(水)(飯沢耕太郎)
ベルリン国立美術館展 学べるヨーロッパ美術の400年

会期:2012/06/13~2012/09/17
国立西洋美術館[東京都]
ベルリン国立美術館といっても、そういう美術館がドーンと建ってるわけではない。ベルリン市内に点在する15の国立美術館・博物館の総称なのだ。今回はそのうち絵画館、素描版画館、ボーデ博物館の3館からの100余点を紹介。サブタイトルは「学べるヨーロッパ美術の400年」。現在開催中のエルミタージュ美術館展が「世紀の顔・西欧絵画の400年」、秋に開催予定のメトロポリタン美術館展が「大地、海、空──4000年の美への旅」だから、400年とか4000年という時間は美術史的にまとめやすいのかも。美術史4万年ともいうし。同展は15~18世紀の近世に絞り、彫刻や素描も展示している。こういう大型展での彫刻や素描はつけたし程度のものが多いので普段はちゃんと見ないが、今回は違った。彫刻はロッビア一族の彩釉テラコッタ、ドナテッロ工房の大理石レリーフ、リーメンシュナイダーら北方の繊細な木彫など、近世以降衰退していく限界芸術的な彫刻が多く、いとおしささえ感じられた。素描も必見で、ドッジョーノやギルランダイオの衣紋、シニョレッリやベッカフーミの人体などは、ある意味で絵画以上の魅力がある。でもやっぱりメインは油彩画。目力(めぢから)がすごいデューラーの肖像画、色が褪せて主題がなんだかわからなくなったルーベンスの風景画、巨匠にもヘタクソな時代があったんだと安心するベラスケスの初期作品、本物よりレンブラントらしいレンブラント派の《黄金の兜の男》、画中画の金の額縁と実物の金の額縁がハレーションを起こすコルネリウス・ビショップ帰属の室内画など、見どころは少なくない。そのなかでもクライマックスともいうべき位置にあるのが、フェルメールの《真珠の首飾りの少女》だ。似たような《真珠の耳飾りの少女》(は都美術館ね)に比べて知名度は低いけど、これもなかなかの問題作。テーブルの描き方が遠近法的におかしいとか、左上の鏡の位置が高すぎるとか、その鏡の横の窓枠の上に卵が置かれているとか、いろんな説があるが、いちばんびっくりしたのはテーブルの下にエアコンみたいなものが隠れていること。画集だと真っ黒につぶれてよくわからないけど、これなに?
2012/06/12(火)(村田真)
河明求(ハ・ミョング)展

会期:2012/06/12~2012/06/17
ギャラリーマロニエ[京都府]
作家は、京都市立芸術大学大学院に留学中の韓国人である。本作は来日後に始めた新シリーズで、作品の表面がビロードのように毛羽立った質感を持っているのが特徴だ。この独特の質感はワイヤーブラシで表面を叩くことで得られるが、粘土の乾燥具合に大きく左右されるらしく、タイミングの見極めが難しいと言っていた。また、全体の形は最初に球体をつくり、途中で一部を歪ませるのだが、焼成後にひびや割れが入りやすいのが悩みらしい。このように技術的な問題を孕んだ新作ではあるが、確固たるオリジナリティがあるのは間違いない。今後の展開がとても楽しみだ。
2012/06/12(火)(小吹隆文)
川端紘一 展

会期:2012/06/12~2012/06/23
ギャラリー16[京都府]
京都・舞鶴の浜辺で採集した海砂を何度もふるいにかけて細かい粒子にし、展示室内に美しい円錐形の小山を出現させた。砂は約3トンも用いているという。山の稜線は非常に美しいが、中に土台や芯を設けると決してこのような形にはならないそうだ。時間の経過とともに稜線の一部が崩れていたが、その崩落の跡すらも美しかった。また、成形には送風機を用いるが、その副産物としてふもと部分に風紋が発生する。この風紋が山の稜線に負けず劣らずの美しさであった。作品は個展の終了とともにもとの砂に戻る。そのはかなさも本作の魅力であろう。
2012/06/12(火)(小吹隆文)
第1回AGAIN-ST展

会期:2012/06/11~2012/06/23
東京造形大学CSギャラリー[東京都]
若手彫刻家による自主企画展。冨井大裕、深井聡一郎、藤原彩人、保井智貴という30代の彫刻家と、愛知県美術館学芸員の石崎尚が結成したAGAIN-STの企画で、上記4人の彫刻家がそれぞれひとりずつ彫刻家を選んで(田中裕之、樋口明宏、中野浩二、植松琢麿)計8人が出品する。「AGAIN-STは彫刻を問う集団である。我々は危機感を共有している。声高に死が叫ばれる絵画よりもなお、黙殺される彫刻は深刻である。(以下略)」との宣言文にあるように、このグループは現在の彫刻に危機感を有し、その可能性を問うている。絵画にもこのようなグループがあっただろうか。かつていくつかあったような気がするが、最近はあまり聞かないなあ。絵画が漫然としているというより、彫刻のほうがより危機感が深いということかもしれない。作品を見ると、いかにも彫刻然とした彫刻は少なく、どっちかといえば彫刻だったり、台座のようなものを出してたりして、けっこうおもしろい。素材だけ見ても、深井と藤原は陶、冨井は水準器やバイス(万力)などの工具、樋口はアンティーク彫刻を使っている。こうした「彫刻とはなにか」を問うような彫刻、いいかえればコンセプチュアルな彫刻の動きは、おそらく20~30年にいちど波のように押し寄せるだろう。夜、出品作家が開いたシンポジウムでは、彫刻と工芸や建築の違いや日本における彫刻教育の特殊性などが話し合われ、興味深いものだった。危機感を抱えるとはいえ、ひと世代前と違ってみんな明るく前向きだ。
2012/06/11(月)(村田真)


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