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美術に関するレビュー/プレビュー

プレビュー:熊谷守一 展「小さな画面に無限の世界」

会期:2012/04/14~2012/05/27

伊丹市立美術館[兵庫県]

草花や小さな虫、猫、鳥などを鮮やかな色彩と明瞭な輪郭線で描いた熊谷守一。本展には、代表作と新たに発見された作品を含めた油彩画約144点、日本画26点、書10点が展示される。熊谷守一の油彩画の多くは四号の板(約24×33cm)に描かれているが、その小さな画面には無限に広がる世界が表現されている。「モリカズ様式」と呼ばれる独自の作風を約70年間の長い画業のなかで確立した作家の人物像にも迫る展覧会。

2012/04/15(日)(酒井千穂)

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池内美絵 展

会期:2012/03/20~2012/04/14

Calo Gallery[大阪府]

池内美絵の作品には、剥がれた皮膚の一部や血液など、身体の排泄物が素材に使われると以前聞いたことがあり、気持ちの悪いものをイメージしていたのだが、そんな想像は見事に裏切られた。じつに6年ぶりという個展の会場には、かわいらしい箱に収められたコサージュやブローチなどの小さなアクセサリー、リースをモチーフにした作品、頭部のない小さな人形が並んでいた。布貼りの大型本を展示台にしたそれらの作品はどれも美しく繊細な作業と技術がうかがえるものだった。しかしキャプションをみると、精液、蛇の抜け殻、ヤスデの抜け殻、作者の皮膚などと記されているから衝撃だ。なかでも一番吃驚したのは、実際に飲み込んで排泄後に組み立てなおしたという頭部だけがない人形の《アリス》。とても小さいものなのだが、作家によると排泄後に探したとき、それだけが見つからなかったという。タイトルも想像を掻き立てられるが、作品の世界観にすっかり魅了された。日頃あたりまえに感じているイメージや感覚を鮮やかに翻して見せる素敵な個展。次に作品を見ることができるのはいつだろう。


池内美絵《アリス》(飲み込み、排泄後、組み立てた人形)
池内美絵《コサージュ、ピンブローチ、リング》(蛇の抜け殻、ヤスデの抜け殻、作者の皮膚ほか)



会場風景

2012/04/14(土)(酒井千穂)

「イ・ブル展:私からあなたへ、私たちだけに」関連レクチャー「建築から読み解く、イ・ブル作品」

会期:2012/04/13

森美術館[東京都]

建築以外のテーマだと、レクチャーの準備に通常よりもはるかに時間がかかって大変だった。改めて彼女の作品は、彫刻、身体、ジェンダー、建築、ユートピア、サブカルチャー、韓国の近現代史など、複数の要素のハイブリッドになっていることがよくわかる。例えば、丹下健三やI. M. ペイへのレファランスをもつ作品も展示されているが、相当深く勉強しないと読みこめないだろう。そうした意味で、見る人によってさまざまな回路がある。

2012/04/13(金)(五十嵐太郎)

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鈴木諒一「郵便機」

会期:2012/04/12~2012/04/25

エモン・フォトギャラリー[東京都]

鈴木諒一は2011年度のエモン・ポートフォリオ・レビューのグランプリ受賞者。筆者を含む審査員(飯沢耕太郎、小松整司、大和田良、河内タカほか)が、最終審査に残った10名から、彼の「郵便機」のシリーズをグランプリに選んだ。東京藝術大学先端芸術科在学中という毛並みのよさ、抜群の映像センスとたしかな技術力、思考と言語化の能力の高さ──誰が見ても文句のつけようのない受賞だったと思う。
だが、今回の展示を見て、やや肩すかしを食ったような気分になった。作家であり郵便飛行機のパイロットでもあったサン・テグジュペリの軌跡を、映像によって辿り直すというコンセプトは鮮やかに決まっている。印刷物を、デストーションをかけて複写して、完璧な技術でイリュージョナルな旅を再構築してみせた。ところが、そこから浮かび上がってくる世界が、審査のときに見たポートフォリオ以上にはふくらまず、なんとなく小さくまとまっているように見えてしまうのだ。アクリルでプリントをサンドイッチするという展示の手法も、どことなくありきたりなものに見えてしまう。
往々にして、彼のように才能に恵まれた作家は、最初からあまり冒険をせず、まとまりやおさまりを最優先しがちだ。だが、それは諸刃の剣で、知らず知らずのうちに自らの潜在的な可能性を狭めてしまう。むしろ鈴木にとっては、次回の展示が正念場だろう。そこでは、自分でもコントロールがきかないような未知の領域にチャレンジしていってほしい。

2012/04/12(木)(飯沢耕太郎)

伊藤時男「断章」

会期:2012/04/03~2012/04/13

コニカミノルタプラザ ギャラリーB[東京都]

伊藤時男は1980年代から「断章 Fragment」と題するシリーズを発表し続けている。これまで個展を6回ほど開催しているが、基本的なスタンスはまったく変わっていない。道を歩きながら目についた風景を、画面全体にピントが合ったパンフォーカスで切り取っていく。とりたてて変わったものが写り込むわけではなく、道端の植え込み、道路標識、舗道の白線、工事現場のフェンスなどが、雑然と画面のなかにひしめき合っている。唯一目を引くのは、時折写り込んでいる自分自身の影くらいだろう。だが、その切り取り方には細やかな神経と独特の美意識が働いており、この眺めをこの角度で見たかったという彼の意図が明確に伝わってくる。一見同じような場面に見えるのだが、それぞれに微妙な違いがあって、これはこれで現実世界の厚みと豊かさをきちんとさし示すシリーズとして定着しているのではないだろうか。
伊藤は1985~96年にかけて、ニューヨークを何度も訪れて、この「断章 Fragment」のシリーズを制作してきた。そのときは縦位置の写真が多かったのだが、最近は東京を中心とした撮影に移行し、横位置が多くなってきた。また今回、ずっと固執し続けてきた28ミリの広角レンズのほかに、50ミリの標準レンズにもトライしてみたのだという。
伊藤のこのシリーズが、まったく変わっていないようで、微妙に形を変えつつあることがわかる。コンセプトをきっちりと定めたライフワークであることに変わりはないが、緩やかに、彼の人生の軌跡と呼応するように、このシリーズもシフトしていくのだろう。逆に、これまでの作品を集大成した展示も見てみたいと思えてきた。

2012/04/12(木)(飯沢耕太郎)