artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

尾仲浩二「Tokyo Candy Box」

会期:2011/07/08~2011/08/06

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

尾仲浩二の写真集『Tokyo Candy Box』(ワイズ出版、2001)を最初に見た時のショックはよく覚えている。尾仲といえば、やや寂れた地方都市のさりげない光景を、旅をしながら撮影し、端正なモノクロームプリントで発表する作家というイメージがあった。それがいきなり、東京をテーマとした妙にポップなカラー写真の写真集が登場したので、目が点になってしまったのだ。
一人の写真家の仕事をずっと辿っていくと、なだらかに継続性を保ちながら進んでいく時期と、大きく飛躍し、変化していく時期とが交互にやって来ることがよくある。尾仲にとって、1990年代後半の「世紀末」は、まさにその後者の時期だったのだろう。時代が大きく変わりつつあることへの予感と、たまたまカラーの自動現像機を手に入れたことが重なって、モノクロームからカラーへ、地方から東京へ、静から動へ、というような化学反応が起こっていった。こういう思っても見なかったような大転換は、作家本人にとっても、写真を見るわれわれにとっても実に楽しいものだ。このシリーズには、発見すること、つくることの弾むような歓びがあふれているように感じる。
ところが、写真集の刊行にあわせた展覧会も含めて、これまで尾仲はスライドショーや大伸ばしのデジタルプリントでしか、このシリーズを見せてこなかった。自分にとっても実験作だったので、写真集の印刷とどうしても比較されてしまう印画紙の作品の展示は、封印してきたということのようだ。ところが昨年、常用してきたコダックのカラー印画紙が発売中止になり、ストックがあるうちにということで、あらためてこのシリーズのプリントを焼き直した。それらを展示したのが今回の「Tokyo Candy Box」展である。
作品を見ると、この10年の東京の変化が相当に大きかったことがわかる。彼自身が既に刊行時に予感していたように、それはもはやノスタルジックな色合いすら帯び始めているようだ。東京の無機質化はさらに進行し、もはやこの都市はおもちゃ箱を引っくり返したようなポップなCandy Boxではなくなりつつある。逆にいえば、二度と見ることができない眺めを、写真という魔法の箱の中に閉じ込めておくのが写真家の大事な役目なわけで、尾仲のこのシリーズも、箱から取り出すたびにさまざまな形で読み替えられていくのだろう。10年くらい後に、もう一度この「東京の世紀末の晴れの日の光景」をじっくり眺めてみたいものだ。

2011/07/16(土)(飯沢耕太郎)

山下菊二 展

会期:2011/06/27~2011/07/22

日本画廊[東京都]

毎夏恒例の山下菊二展。今回は顔を描いた絵画作品18点が展示された。一口に顔といっても、人間と人間が合体していたり、人間と動物が融合していたり、山下ならではのシュルレアリスム的想像力が発揮された複雑怪奇なものばかりでおもしろい。だからといって土着的な怨念が込められたおどろおどろしさはまったくなく、全体的に明るい色彩が多かったせいだろうか、むしろ軽妙なユーモアすら感じさせるところに大きな特徴がある。山下菊二というと、社会的政治的な主題に取り組んだ硬派な印象が強いが、じっさいの絵をよく見てみると、柔軟で伸びやかな感性によって貫かれていることがよくわかる。後者によって前者に挑むという点では、山下菊二の絵は、じつは昨今の脱原発運動に見られる新しい表現形式と通底しているのである。

2011/07/16(土)(福住廉)

美術の中のかたち─手でみる造形 桝本佳子 展 やきもの変化

会期:2011/07/16~2011/11/06

兵庫県立美術館[兵庫県]

美術品に手を触れられる、兵庫県立美術館恒例の小企画展。今年は陶芸作家の桝本佳子をフィーチャーした。桝本は、陶芸界で行なわれている「写し」(過去作品のコピー)に着目し、兵庫陶芸美術館所蔵の古陶(それ自体も「写し」)をモデルに「写し」を制作、そこからさらに着想を広げて新作を作成し、「写し」が繰り返されることでフォルムや装飾が元々の意味を失っていく過程を明らかにした。陶器は本来が実用品であり、触れて使用するものなので、この企画には馴染みが良い。割れる危険を承知で出品を快諾した桝本には拍手を送りたい。また、彼女の過去の作品にも「写し」が重要な要素として織り込まれていた事実に、今回改めて気付かされた。

2011/07/16(土)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00013927.json s 10007026

アルプスの画家 セガンティーニ──光と山

会期:2011/07/16~2011/08/21

佐川美術館[滋賀県]

生涯、アルプスの山々の風景を描きつづけた画家、ジョヴァンニ・セガンティーニ(1858~1899)を初期から晩年までの作品約60点によって紹介する展覧会。眩しい光を遮るようなポーズで、帽子に手を当てている女性が描かれた《アルプスの真昼》は展覧会のチラシやカタログの表紙も飾っている印象的な作品だが、ここでつかわれている分割技法は、スーラやシニャックの点描によるそのイメージとは異なり、細かい線による色の層で成立している。澄んだ空気や美しい光をとらえようとしたセガンティーニ独特のこの手法は、同じ時期のフランスの新印象主義とは関係なく試みられたと考えられるとのことで興味深い。雄大なアルプスや、痩せた土地で生きる人々の姿、素朴な農民の生活などが描かれた作品のなかには、若い動物の死を描いたものも数点展示されている。セガンティーニは生、死、母性といったテーマにも多く取り組んでいるのだが今展では、7歳で母をなくしその後孤児となってしまったというその生い立ちや人生と作品主題との連関にもふれられている。展示を注意深く見ていくと作家そのものへの興味が掻き立てられていく展示構成。できるだけゆっくりと堪能したい展覧会だ。

2011/07/15(金)(酒井千穂)

artscapeレビュー /relation/e_00012303.json s 10007780

成層圏 風景の再起動 vol.3 下道基行

会期:2011/07/09~2011/08/13

gallery αM[東京都]

gallery αMで開催されている、3人のキュレーターによる連続企画展「成層圏 Stratosphere」。今回は高木瑞木のキュレーションで、「風景の再起動」の3回目として下道基行の作品展が開催された。下道は2004年から日本各地に残る戦争遺跡を「再利用して」記録していく「Re-Fort」のシリーズを制作しており(リトルモアから2005年に写真集『戦争のかたち』として刊行)、今回はその第6回目の展示の予定だった。ところが、「3.11」以降に心境の変化があり、急遽用水路などに架かっている小さな板きれのようなものを撮影した写真を展示することになったのだという。A4判ほどにプリントされた各写真には、「11/05/17 09:18」といった撮影の日時が付されている。実は下道はいま、日本全国を震災直後に購入した小さなバイクで移動しており、これらの「橋」を見つけるとすぐに撮影し、データをギャラリーのプリンターに送信し続けている。プリンターから出力された写真は、随時壁に貼り出され、その数は会期中にどんどん増えていくわけだ。
旅の途上にある下道自身の移動と発見の状況を、ヴィヴィッドに定着していくその方法論は、とても洗練されていて気がきいていると思う。作品そのものも、一点一点の撮影のコンディションとクオリティが的確に保たれており、それぞれの風景の差異と共通性を見比べていく愉しみがある。下道が会場に掲げたコメントに書いているように、これらの「橋」たちは「生活/風景に必要な最小単位の物体であり、行為のひとつ」である。このような、さりげなくもささやかな営みの意味が、震災以降に変わってしまったことを確認していくのはとても大事なことだと思う。この作品が、今後の彼の制作活動において、新たな大きな水脈となっていくのではないかという予感もする。

2011/07/15(金)(飯沢耕太郎)