artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

没後100年 青木繁 展──よみがえる神話と芸術

会期:2011/05/27~2011/07/10

京都国立近代美術館[京都府]

39年ぶりにして過去最大規模、そして関西では初の青木繁展。主催者が謳う「最初で最後の~」が本当かはともかく、確かに見応えのある展覧会だった。私は過去に《海の幸》を何度か見たことがある程度のビギナーだが、《わだつみのいろこの宮》や《大穴牟知命》など、彼の絶頂期の作品を目前にすると、はっきりとテンションが上がった。なるほどこれが浪漫主義というものか。スケッチ、エスキース、最晩年の作品(画風が大きく変わった)、手紙などもしっかり揃っており、もう至れり尽くせりという感じ。満腹感に満たされて館を後にした。

2011/05/26(木)(小吹隆文)

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「ヨコハマトリエンナーレ2011」記者会見

会期:2011/05/26

スパイラルホール[東京都]

3.11の地震による中止から2カ月半を経てようやく開かれた記者会見。壇上には横浜市長でトリエンナーレの組織委員会会長を務める林文子、総合ディレクター逢坂恵理子、アーティスティック・ディレクター三木あき子が並び、司会の帆足亜紀を含めてすべて女性。これまでのマッチョ主義を排して「小さな物語」を紡いでいくのかと思ったら、そうでもなさそう。今回から国際交流基金が表向き抜け、横浜市が前面に出て市長まで出席しているというのに、市内の同時多発イベントや市民参加プログラムに関してはあまり触れられなかった。

2011/05/26(木)(村田真)

没後10年:三尾公三のまなざし

会期:2011/05/25~2011/06/14

京都造形芸術大学 ギャルリ・オーブ[京都府]

岐阜県美術館からの巡回展。エアブラシを用いた手法による幻想的な作品で時代を風靡した三尾公三(1923~2000)。週刊誌『FOCUS』の表紙絵などで広く知られる作家だが、今展には60年代以降の絵画を中心に、エスキースやデッサンなども展示され、その制作工程もうかがい知ることができる内容となっていた。私はここで初めて知ったのだが三尾がエアブラシを使い始めたのは40歳を過ぎてからのことだという。なんと43歳のときに京都市工業試験所塗装科の夜間部に1年通って吹き付け技法を習得している。大学では日本画を学び、卒業後に洋画表現に転向、その後もセメントを用いた表現などを行なっている。そんな転機の都度、それまで使用していた画材や作品を友人に譲ったり焼却し、ほぼすべてを処分したというエピソードも興味深い。異次元世界に誘うような作品の圧倒的画力もさることながら、美術制作の常識や枠組みを超え、常に表現の可能性を模索する作家の、たゆむことのない制作姿勢や過去を絶つ覚悟にも打たれる思いがした。表現を学ぶ若い学生たちにぜひ見てほしい思った展覧会。

2011/05/25(水)(酒井千穂)

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TOKYO STORY 2010

会期:2011/04/28~2011/05/28

トーキョーワンダーサイト本郷[東京都]

トーキョーワンダーサイトが主催するクリエイター・イン・レジデンス・プログラムで招聘または派遣したアーティストの活動を紹介する展覧会。国内外11人による作品が展示された。抜群だったのが、台湾に滞在して作品を制作した岩井優。現地の日本式住宅を舞台にした映像作品を空間インスタレーションとして発表した。壁に大胆に穿たれた大きな丸い穴をくぐりぬけると、赤く塗り上げられた室内に映像作品が置かれている。その映像は男女2人が丁寧に折り畳んだ布で家屋の床や柱をふくというものだが、これは近年の岩井が熱心に取り組んできた「クリーニング」の延長線上にあることは一目瞭然だった。ただ、これまでと比べて明らかに異なっていたのは、過剰と思えるほど耽美的な映像美。白い泡にまみれた手先の動きはエロティックですらあり、どうにも違和感を拭えない。ところが映像の終盤で、その布が広げられると日の丸と台湾の国旗であることが判明したから、この美とエロスが充溢した映像は日本と台湾双方における耽美的な愛国主義を暗示していたとも考えられる。だとすれば、ここで岩井が洗い出しているのは、台湾の土地に建造された日本式住宅に眠る植民地主義の痕跡と同時に、国民国家という人工的なフレームにいまも呪縛されている私たち自身なのかもしれない。このたび岩井優が到達したのは、美しさを耽溺する審美主義などではなく、台湾と日本に通ずる政治的社会的文脈だったわけだ。それを巧みに表現して見せたところに、現代社会が抱える同時代の問題に真摯に向き合うアーティストの誠実な態度が現われている。赤い室内から出て振り返ると、白い壁の中央に開けられた赤い丸は日の丸そのものに見えた。

2011/05/25(水)(福住廉)

Chim↑Pom展 「REAL TIMES」

会期:2011/05/20~2011/05/25

無人島プロダクション[東京都]

今回の個展でChim↑Pomは大きな達成を成し遂げたように思う。このたびの東日本大震災にアーティストとしていちはやく反応して個展を実現させたからではない。そこで発表された作品に、これまで社会的・政治的な問題に果敢に取り組んできた彼らの表現活動がある一定の成熟を迎えたことが明らかに伺えたからだ。たとえば《気合い100連発》。被災地でボランティア活動に従事するなかで知り合った現地の若者たちとともに円陣を組み、さまざまなメッセージをひとりずつ大声で連呼してゆく映像作品だが、あくまでも明るく元気でノリのよい雰囲気はこれまでのChim↑Pomと同様でありながら、これが瓦礫の山に漁船が転がる荒涼とした光景のなかで繰り広げられることによって、その裏面がこれまで以上に浮き彫りになっていた。「放射能最高!」という言葉と「放射能最高なんかじゃないぞ!」という言葉のあいだには、心の底にたちこめた哀しみを乗り越えることを願う、Chim↑Pomならではの「溌剌とした祈り」が垣間見えた。こうした作品には、突発的に生じた悲劇的な出来事を作品の主題として貪欲に回収しただけだという批判が想定されるが、本展で発表された作品は明らかにChim↑Pomがかねてから持続的に追究してきた問題の延長線上にある。被爆者団体の代表である坪井直氏の題字を被災地で拾った額縁に収めた《Never Give Up》は一連の「ピカッ騒動」を、福島第一原発近辺の植物を除染したうえで生け花とした《被曝花ハーモニー》は《クルクルパーティー》や《SHOW CAKE XXXX!!》を、意味的にも形式的にも引き継いだうえでそれぞれ発展させていることがわかる。なかでも、もっとも鮮やかに展開したのが、《Without Say Good Bye》だ。福島第一原発にもっとも近い農地に案山子を設置しにゆく、この映像作品の源にあるのは、《BLACK OF DEATH》だろう。双方はともに「自然」を相手にした映像作品という共通点があるが、後者がカラスの大群とともに街を疾走するのに対し、前者はそのカラスから畑を守る案山子を抱えながら道を歩き続けるという違いがある。後者がけたたましい鳴き声で満ち溢れていた反面、前者はほとんど乾いた足跡と息づかいしか聴こえないほど静寂に支配されている。この動から静への転換が、放射能汚染というかたちで自然から拒絶されてしまった、いやより正確に言い換えれば、私たち自身が自然を退けてしまったことに由来していることは間違いない。《Without Say Good Bye》は、3.11以後の日本社会を象徴する新しい記念碑である。新しいというのは、それを直接見に行くことができず、できるのは放射能から畑を守る案山子がいったい何を見ているのかを想像することだけだからだ。イマジネーションをたくましく鍛え上げなければ、いよいよ生き抜いていけない時代に入ったのだ。

2011/05/25(水)(福住廉)