artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

第2回横浜開港アンデパンダン展

会期:2011/05/07~2011/05/15

BankART Studio NYK[神奈川県]

300人を超す出品者の約8割は絵画(あとは写真、立体、インスタレーションなど)、その約8割は具象画で、その約8割はデッサンからやり直したほうがいい。全体の約半分ですね。そもそもアンデパンダン展はヘタでも出せる素人の発表の場であるより、既成の公募展ではじかれてしまうような前衛的作品を受け入れる場ではなかったか。その立脚点に立ち戻らない限り、内向きの素人カラオケ大会の域を出ないだろう。

2011/05/12(木)(村田真)

トーキョー・ストーリー2010

会期:2011/04/28~2011/05/28

トーキョーワンダーサイト本郷[東京都]

TWSのレジデンス・プログラムで海外から招聘されたり海外に派遣されたりしたアーティストの活動紹介。渋谷、青山でもやってるが、ここ(本郷)が11人でいちばん多い。もっとも笑えたのは岩井優の映像とインスタレーション。まず、仮設壁を丸くぶち抜いた穴を通って向こう側に出ると、赤い照明のもと3本の映像が映し出されている。その1本は、君が代が流れるなか男女が廃屋の床を布で拭いているもので、タイトルは《フラッグ・クリーニング》。なぜ旗のクリーニングなんだろうと思ったら、最後に床を拭いた布を広げると日本と台湾の国旗だったというオチ。これは台湾に派遣された岩井が、現地に残る古い日本住宅を舞台に制作した作品だという。そして帰りに壁の穴をくぐり抜けて振り返ったとき、初めて気がついた。白い壁をぶち抜いた穴が日の丸になっていることを。これは村田真賞だ。

2011/05/10(火)(村田真)

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秦雅則「秦雅則+端間沙織」

会期:2011/04/29~2011/06/04

artdish[東京都]

企画ギャラリー・明るい部屋の2年間の活動を終えた秦雅則が、東京・神楽坂のカフェ・ギャラリーでの個展で再始動した。
女の子の顔や体のパーツ(男の子らしき部分もある)をくっつけたり削ったりして、架空の「端間沙織」という人造美少女を作り上げていく。眼や口元や髪の毛が微妙に変化しながら、闇の中で次第に形をとっていくプロセスが、枝分かれしていく複数の写真群の形で提示されている。見ているうちに、吐き気をともなうような気持ち悪さがこみ上げてくる。青柳龍太によるテキストが、そのなんとも怪しげな、「居心地が悪い」感覚をうまく表現していると思う。
「離れないかわりに、近づけない。傷つけないし、傷つかない。そこは、多分居心地が悪い。そこは、きっと居心地が悪い。」
若者たちを取り巻いている、うっとうしい閉塞感を引きずった“性”の状況を、秦ほどリアルかつ的確に掬いあげているアーティストはほかにあまりいないのではないだろうか。企画ギャラリー・明るい部屋での経験を活かしつつ、次のステップに踏み出していこうとする意欲がよくあらわれた展示だった。なお、会場の近くのスペースでは「松本力+秦雅則in 青柳龍太=手書きアニメーション+写真=インスタレーション」の展示も行なわれていた。こちらは古い寮の建物の雰囲気をうまく取り込んだインスタレーション作品である。

2011/05/10(火)(飯沢耕太郎)

吉田重信「臨在の海」

会期:2011/05/10~2011/05/22

立体ギャラリー射手座[京都府]

吉田重信は光をテーマにした作品で知られる作家だが、近年は大量の子どもの靴と暗闇と赤色の照明を用いて、ジェノサイドや児童虐待問題を想起させるインスタレーションを発表している。本展でも、約1,000もの白菊を暗闇の中に配置し、一隅を赤色の照明で照らすインスタレーションを発表。死と再生を同時に想起させる重厚な表現を展開した。会場の立体ギャラリー射手座は本展をもって42年の歴史に終止符を打つので、その手向けの意味合いもあるのだろう。また、吉田は福島県いわき市在住で、東日本大震災では市内沿岸部が甚大な津波の被害を被った。そして、現在も続く福島第一原発の事故は誰もが知るところである。本展の作品は震災前から準備していたものだが、その性格上、被災者へのレクイエムと取ることもできる。実際、画廊の床にはいわき市の海岸で採取した砂が敷き詰められており、画廊の外に向かって歩む子どもの靴が付け加えられたことにより、その意味合いが一層強調されていた。

2011/05/10(火)(小吹隆文)

臨生のアート 精神病院内での芸術活動:1968-2011

会期:2011/05/10~2011/05/19

Galerie Aube(ギャルリ・オーブ)[京都府]

美術家の安彦講平が約40年間にわたり精神病院で続けてきた〈造形教室〉から生み出された作品を展覧。驚いたのは、作品の多くが典型的なアール・ブリュット風ではなかったことだ。事前説明なしに出合ったら精神病の人が制作したとは思わなかったかも。どのようなメソッドが用いられたのかは分からなかったが、自分自身がステレオタイプなアール・ブリュット観に侵されていたことを自覚した。

2011/05/10(火)(小吹隆文)