artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

ジョシュ・スパーリング「Summertime」

会期:2019/07/03~2019/08/10

ペロタン東京[東京都]

4つの壁面に、パステルカラーに塗り分けた弧や波形のキャンバスを適度の余裕をもって敷き詰め、太い角柱の3面にも波形のキャンバスを貼り付けている。見た目は「のたうつミミズ」だが、美学的に言えば、シェイプト・キャンバスをポップ化したパロディとも言えるし、壁面を1枚のキャンバスに見立てたレリーフ画と見ることもできる。

まずグラフィックデザインのソフトウェアを使って形態を決め、合板をレリーフ状にくり抜き、キャンバス布を貼り、中間色の色彩を施すという手の込んだ作業を経るというだけあって、仕上がりは完璧。ただの思いつきではなく、ちゃんと絵画制作の手続きを踏まえているのだ。奥の部屋には彩色した円形をベースに正方形、三角形、弧をはめ込んだ複合パネルの絵画が6点。表面にわずかに凹凸があり、70年代のステラの作品や、エットーレ・ソットサスのデザインを思い出す。いずれも美術史を参照し、相対化し、骨抜きにして工芸化した作品と言えばいいか。でも、これって絵画なのか?


会場風景
Photograph : Kei Okano Courtesy of Josh Sperling and Perrotin


会場風景
Photograph : Kei Okano Courtesy of Josh Sperling and Perrotin

2019/07/06(土)(村田真)

坂本夏子個展「迷いの尺度─シグナルたちの星屑に輪郭をさがして」

会期:2019/06/08~2019/07/06

ANOMALY[東京都]

坂本夏子といえば、河原温の《浴室》シリーズみたいな(ぜんぜん違うけど)タイル貼りの部屋の中に人物がたたずむ絵しか知らなかったけど、おもしろい視点を持った作家だ。今回は絵画だけでなく、スケッチや立体も展示している。絵画の方は画面の一部または全部が網目やモザイクや格子模様で覆われていて、どこか上空から眺めた地上の姿にも見え、アボリジニの世界観をマッピングしたドリーミング絵画を思わせる。

興味深いのは《ペインティング・ボックス》という立体で、商品の箱の表面を彩色し、蓋を開けて中を見られるようにしたオブジェ。内部には紙細工や粘土細工、プラスチックの小物などが配置され、ジョセフ・コーネルの「箱」を彷彿させるが、鑑賞方法はまったく異なる。《ペインティング・ボックス》の場合、内部を見るには蓋を開けるという行為を伴うこと、そして卓上に置かれた箱の中身を、コーネルのように水平の視線ではなく、上から見下ろすということ。だとすれば、中身も俯瞰されるように配置されているはずで、それは構成というよりマッピングに近い作業ではないかと思うのだ。



Natsuko Sakamoto Signals, mapping 2019
Oil on canvas, H194xW130.3cm
[© Natsuko Sakamoto, ANOMALY, Photo by Ichiro Mishima]

2019/07/05(金)(村田真)

田名網敬一の観光 Keiichi Tanaami Great Journey

会期:2019/07/05~2019/08/21

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

幼少期の頃に見た原風景や体験した原体験が、クリエイションの原点になっているというクリエイターは案外多い。グラフィックデザイナーでありアーティストである田名網敬一もそのひとりだ。

私は数年前に田名網にインタビューをしたことがあるのだが、そのときに聞いた話がとても強烈でいまでも忘れられない。太平洋戦争中のある晩、空襲警報が鳴り響き、幼かった田名網は家族とともに防空壕へ避難した。庭の防空壕の側には大きな水槽があり、そこに金魚が泳いでいた。空からはアメリカ空軍による焼夷弾がどんどん降ってくる。そのときに照明弾が水槽に当たり、強い光の中で金魚の鱗がピカピカ、キラキラと輝いた。その様子を「火の海に浮かぶ金魚」と田名網は形容し、幼すぎたゆえに、恐怖よりもワクワクとした興奮を覚えたと話す。この原体験が、大人になった後にアメリカで触れた1960〜1970年代のサイケデリック・ムーブメントとひとつにつながった。奇怪で色鮮やかな田名網の作品はサイケデリックと評されることが多く、それゆえに熱烈なファンも多いが、田名網にとってのサイケデリックの原点は幼児期の戦争体験にあるのだ。

すでに80歳を超えた年齢でありながら、いまもなお精力的に創作活動を続ける田名網の展覧会が開かれている。新作プリント作品のほか、立体作品、アニメーション、食器のデザイン、書籍や雑誌の装丁など、幅広いジャンルにわたり、田名網は独特の世界を表現し続ける。そこに見られるモチーフはアメリカンコミックから引用された爆撃機や爆弾、金魚、鶏、ミッキーマウス、ロボット、橋などさまざまで、一見、混濁した印象を受ける。しかしどれも自身の記憶や夢が元になった曼荼羅図のようなものだという。そう、戦争体験すらも明るいポップな作品へと昇華されるのだ。いま、世の中のありとあらゆるものが清潔で端正なものが良しとされ、それに慣れきってしまった。そんな時代だからこそ、暴力的なまでに心がかきむしられる田名網の作品は、ときには良い刺激になるのではないかと思う。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000739

Poster Design: Keiichi Tanaami

2019/07/05(杉江あこ)

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佐藤信太郎 写真展「Geography」

会期:2019/06/25~2019/07/13

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

佐藤信太郎が今年2月〜4月にPGIで開催した個展「The Origin of Tokyo」に出品されていた6点組の「Geography」を見たとき、とても面白い可能性を秘めた作品だと感じた。佐藤自身も同じような思いを抱いていたようで、あまり間をおかずにコミュニケーションギャラリーふげん社での個展が決まり、同名の写真集も刊行された。

佐藤が大判の8×10判のカメラを使って1992年に撮影したのは、「東京湾岸の埋立て地にある舗装していない巨大な空き地」である。その鉱物質の地表を、「平面をそのまま平面的に撮る」というコンセプトで撮影したのが本作で、今回の展示ではそれらを125×100センチに大伸しして展示している。この大きさだと、佐藤が本作で何を目指していたのかがよく見えてくる。彼はその後、代表作となる『非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE』(青幻舎、2008)の写真を撮り進めていくのだが、「Geography」は、東京という都市を多面的に浮かび上がらせていく彼の撮影行為の原点であり、そのスタートラインを引く試みだったのだ。だがそれだけではなく、一見素っ気ない佇まいの画像には、実に豊穣な視覚的情報が含まれていることを、今回展示を見てあらためて確認することができた。細かな隆起、ひび、裂け目、染みなど、写真で撮影すること以外では捉えることのできない、無尽蔵の物質の小宇宙がそこにはある。

町口覚の造本設計による写真集『Geography』(ふげん社)の出来栄えも素晴らしい。6点の写真の画面の一部をさらにクローズアップした画像、2点を並置するという工夫が凝らされている。

2019/07/03(水)(飯沢耕太郎)

藤原更「Melting Petals」

会期:2019/06/14~2019/07/13

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

名古屋在住の藤原更は、これまでEMON PHOTO GALLERYで個展を2回開催してきた。「Neuma」(2012)では蓮を、「La vie en rose」(2015)では薔薇を題材とした作品を発表してきたが、今回は芥子の花を撮影している。個展のために滞在していたパリで、彫刻家の夫婦に「秘密の花園」に誘われたことが、本作「Melting Petals」制作のきっかけになった。手招きをしているように風に揺らぐ赤い花を見て、「花に促されるままにドアをあけ、踏み出した」のだという。

前作もそうなのだが、藤原は花をストレートに提示するのではなく、プリントに際して操作を加えている。今回は、ピグメントプリントの表面を剥離させ、紙やキャンバス地に画像を転写した。そのことにともなう、予測のつかない画像の色味やフォルムの変化を取り込んでいるところに、彼女の作品の特徴がある。しかも、最大約1.5m×1mの大きさに引き伸ばされることで、真っ赤な芥子の花は空中を浮遊する奇妙な生き物のように見えてくる。花々に内在する生命力を解き放つためにおこなわれるそのような操作は、ともすれば装飾的で小手先のものになりがちだ。だが藤原の場合、撮影の段階から最終的なプリントのイメージを明確に持っているので、画像の加工に必然性と説得力を感じる。

これで「花」のシリーズが3作品揃ったので、そろそろまとめて見る機会がほしい。より規模の大きな展覧会か、作品集の刊行を考えてもよいのではないか。

2019/06/29(土)(飯沢耕太郎)