2019年08月01日号
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artscapeレビュー

田名網敬一の観光 Keiichi Tanaami Great Journey

2019年07月15日号

会期:2019/07/05~2019/08/21

ギンザ・グラフィック・ギャラリー[東京都]

幼少期の頃に見た原風景や体験した原体験が、クリエイションの原点になっているというクリエイターは案外多い。グラフィックデザイナーでありアーティストである田名網敬一もそのひとりだ。

私は数年前に田名網にインタビューをしたことがあるのだが、そのときに聞いた話がとても強烈でいまでも忘れられない。太平洋戦争中のある晩、空襲警報が鳴り響き、幼かった田名網は家族とともに防空壕へ避難した。庭の防空壕の側には大きな水槽があり、そこに金魚が泳いでいた。空からはアメリカ空軍による焼夷弾がどんどん降ってくる。そのときに照明弾が水槽に当たり、強い光の中で金魚の鱗がピカピカ、キラキラと輝いた。その様子を「火の海に浮かぶ金魚」と田名網は形容し、幼すぎたゆえに、恐怖よりもワクワクとした興奮を覚えたと話す。この原体験が、大人になった後にアメリカで触れた1960〜1970年代のサイケデリック・ムーブメントとひとつにつながった。奇怪で色鮮やかな田名網の作品はサイケデリックと評されることが多く、それゆえに熱烈なファンも多いが、田名網にとってのサイケデリックの原点は幼児期の戦争体験にあるのだ。

すでに80歳を超えた年齢でありながら、いまもなお精力的に創作活動を続ける田名網の展覧会が開かれている。新作プリント作品のほか、立体作品、アニメーション、食器のデザイン、書籍や雑誌の装丁など、幅広いジャンルにわたり、田名網は独特の世界を表現し続ける。そこに見られるモチーフはアメリカンコミックから引用された爆撃機や爆弾、金魚、鶏、ミッキーマウス、ロボット、橋などさまざまで、一見、混濁した印象を受ける。しかしどれも自身の記憶や夢が元になった曼荼羅図のようなものだという。そう、戦争体験すらも明るいポップな作品へと昇華されるのだ。いま、世の中のありとあらゆるものが清潔で端正なものが良しとされ、それに慣れきってしまった。そんな時代だからこそ、暴力的なまでに心がかきむしられる田名網の作品は、ときには良い刺激になるのではないかと思う。

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

展示風景 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
[写真:藤塚光政]

公式サイト:http://www.dnp.co.jp/CGI/gallery/schedule/detail.cgi?l=1&t=1&seq=00000739

Poster Design: Keiichi Tanaami

2019/07/05(杉江あこ)

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