artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

渡部敏哉「Somewhere not Here」

会期:2017/11/04~2017/12/03

POETIC SCAPE[東京都]

渡部敏哉は1966年福島県生まれ。多摩美術大学在学中の1990年に「期待される若手写真家20人展」(PARCO主催)に選出されるなど注目を集めるが、同大学卒業後は広告代理店に勤めて、しばらく写真作品を発表しない時期もあった。2013年、東日本大震災後に故郷の福島県浪江町をカラー写真で撮影した「18 months」のシリーズをPOETIC SCAPEで展示して「再デビュー」を果たす。
今回発表された「Somewhere not Here」は、2010年頃から撮り続けられているモノクローム作品である。「18 months」が、原発事故によって立ち入りが制限されて非日常化した街並を、むしろ平静に日常的な視点で捉えたシリーズであるのに対して、「Somewhere not Here」では「日常を被写体としながらも、その奥底に見え隠れする不明瞭なもの」を浮かび上がらせようとしている。具体的な方法論としては、デジタルカメラの画素をわざと荒らしたり、フィルターによる赤外線撮影を試みたりすることで、見慣れた眺めを、どこか不吉な空気感が漂う「ここではないどこか」の光景に変質させている。そのような、一見対照的なアプローチを同時に展開しているところに、渡部の写真家としての奥行の深さを見ることができるだろう。
ただ、2016年に「Steidl Book Award Japan」に選出され、2018年に写真集が刊行される予定という「18 months」と比較すると、「Somewhere not Here」はまだ完成途上という印象を受ける。一点一点がかなり独立しており、それぞれに物語性を感じるので、それら全体を統合するテキストをつけるということも考えられるのではないだろうか。

2017/11/26(日)(飯沢耕太郎)

ワードプレイ ワセニ・ウォルケ・コスロフ

会期:2017/11/23~2017/01/31

中村キース・ヘリング美術館[山梨県]

快晴。いつもとは逆の左手に富士山をながめながら小淵沢へ。今日は第9回中村キース・ヘリング美術館国際児童絵画コンクールの授賞式。世界中から公募した4~17歳の子どもの絵(今回は計1240件集まった)を、年齢別に3部門に分けて審査。ぼくも選ばせてもらったので、授賞式に出席して賞状を渡さなければならない。受賞者の約半数は香港、シンガポール、バングラデシュ、アメリカ、カナダ、ブルガリアといった外国の子。ぼくが選んだのは東京の村田奏満くん(たまたま苗字が同じ)、イギリスのクローディア・ピピスさん、マレーシアのムハンマド・ハジム・ビン・アーマド・ナザリくんの3人で、クローディアさんとムハンマドくんは欠席。そりゃ子どもの絵の表彰式のために海を越えて山梨まで来ないよね。と思ったら、わざわざ駆けつけた家族も何組かいた(交通費は自腹)。この授賞式のあと、子供たちも参加してワセニさんがワークショップを行ない、夜には「ワセニ展」のレセプションパーティーが開かれた。授賞式に合わせてパーティーを企画したのか、パーティーに合わせて授賞式を設定したのかよくわからないけど、晩秋の八ヶ岳山麓が人でにぎわった。
で、ようやく「ワセニ展」の話だが、ワセニ・ウォルケ・コスロフはエチオピア出身でアメリカ西海岸に住むアーティスト。その作品は「ワードプレイ」というタイトルにも示されているように、言葉、文字をモチーフに展開した絵画。最初にエチオピアのアムハラ語をベースにした一覧表仕立ての絵があり、展示が進むに連れ徐々に色が増え、文字に絵が絡みつき、ゴーキーを思わせる初期の抽象表現主義風の絵画に変化していくプロセスがたどれる。と思ったら、別に制作年順に並べているわけではなく、文字と絵画のあいだを行きつ戻りつしているらしい。変わらないのは画面をグリッド状に分割していることと、文字を発展させた記号のような黒い線描が骨格になっていること。もしキース・ヘリングとの共通性があるとしたら、この黒い記号的な線描表現だろう。絵画としては特に新鮮みがあるわけでもないし、現代アフリカのプリミティヴアートに括られてしまう可能性もあるが、むしろジャズやエチオピア音楽などポップカルチャーとの関係から見直したほうが、新たな発見があるかもしれない。

2017/11/26(日)(村田真)

プレビュー:小杉武久 音楽のピクニック

会期:2017/12/09~2018/02/12

芦屋市立美術博物館[兵庫県]

1950年代から活動を続けてきた音楽家、小杉武久。1960年に即興演奏集団「グループ・音楽」を結成、1960年代には「フルクサス」と関わり、その後も「タージ・マハル旅行団」を結成(1969年)、「マース・カニングハム舞踊団」の専属音楽家に就任(1977年)など、一貫して音や音楽の概念を拡張する仕事を続けてきた。また彼は、1970年代後半から音をテーマにした「オーディオ・ビジュアル作品」を手掛けてきたことでも知られている。本展では彼の長きにわたる活動を、記録写真、ポスター、プログラムなどの資料と、音をテーマにした作品約300点で俯瞰的に振り返る。また、高橋悠治(作曲家・ピアニスト)と川崎弘二(電子音楽研究家)のトークショー、小杉と藤本由紀夫(アーティスト)の対談、上映会など関連イベントも充実しており、20世紀後半の前衛芸術運動の一端を知る絶好の機会といえる。

小杉武久「横浜トリエンナーレ」演奏風景(2008)

2017/11/24(金)(小吹隆文)

鈴木サトシ「わかれ道」

会期:2017/11/22~2017/11/28

銀座ニコンサロン[東京都]

鈴木サトシは1936年、広島県尾道市生まれ、岡山県瀬戸内市牛窓町在住の写真家である。石津良介に師事して、1970年代から作家活動を開始し、ニコンサロンやほかのギャラリーでたびたび個展を開催している。90年代に発表した「近視眼」シリーズは、日常の事物をひと捻りして「現実にないオブジェ」に変貌させて撮影したユニークな作品だった(日本カメラ社から写真集『近視眼』、『近視眼サクヒンX』として刊行)。
6回目になるという今回の銀座ニコンサロンでの個展でも、独特の視点で切り取られた写真が並んでいた。ここ数年、両親、親友、愛猫などの死去が相次いだのだが、そんななかで「わかれ道」の光景が気になりだしたのだという。たしかに、道が二つに分かれている場所に立つと、どこか宙吊りになったような不思議な気分を感じることがある。鈴木の写真に写っている「わかれ道」は、左右だけでなく上下に分かれていたり、さらに3本、4本と枝分かれしていたりして、それぞれに固有の表情があり、じつに味わい深い眺めになっていた。展示されていた36点のなかに、1枚だけモノクロームではなくカラー写真が混じっている。画面の中央に赤い鳥居があるので、あえてカラーでプリントしたのだという。そんな融通無碍のアプローチを含めて、一点一点見ていくと、じわじわと面白味が増してくる。80歳を超えても、柔軟な思考力、創造力に衰えはないようだ。なお、本展は12月21日~29日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2017/11/22(水)(飯沢耕太郎)

渡辺眸「TEKIYA 香具師」

会期:2017/11/18~2017/12/22

ZEN FOTO GALLERY[東京都]

渡辺眸は東京綜合写真専門学校写真芸術第二学科(夜間部)に在学中に、ふとしたきっかけから「TEKIYA」を撮影するようになった。テキヤ=香具師(やし)とは、いうまでもなく祭りや縁日などに移動式の屋台を出して商売する商人たちだが、アウトロー集団との強いつながりを持つことが多く、一般的にはやや危険でいかがわしい存在とされている。渡辺は「うずまく男たちの熱気と狂気と惰気」に惹かれて、彼らを撮り始めるのだが、当然ながらその過程では一筋縄ではいかない出来事がいろいろあったようだ。
だが、4年間撮り続けた写真群をまとめた今回のZEN FOTO GALLERYでの写真展、および地湧社から刊行された同名の写真集を見ると、彼女が取り立てて身構えることなく、絶妙の距離感を保って彼らに接していることがわかる。渡辺のカメラワークは、ほかの写真家たちとやや違ったところがあって、新宿の雑踏や東大闘争の現場のような、沸騰するエネルギーの渦中にあればあるほど、淡々とした日常の空気感が浮かび上がってくるような写真を撮ることができる。とはいえ、冷ややかに醒め切っているのかといえばけっしてそうではなく、体温を感じ取ることができる関係のあり方はきちんとキープしている。「TEKIYA」のシリーズでいえば、写真に写る男女の表情や身振りから滲み出てくる、エロティックとしか言いようのない気配が印象的だった。
「TEKIYA」は渡辺の実質的なデビュー作というべきシリーズである。今回の展覧会と写真集によって、1960年代後半の東京の空気感を体現する貴重なドキュメントでもある本作が、初めてまとまったかたちで発表されたのはとてもよかった。

2017/11/21(火)(飯沢耕太郎)