artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
森山大道「Pretty Woman」
会期:2017/06/13~2017/09/17
このところの荒木経惟の大爆発も驚きだが、森山大道も負けてはいない。いまや「後期高齢者」になった彼らのエネルギーの高揚ぶりを見ていると、単なる世代論では割り切れない、特別の力が働いているようにも思えてくる。
森山は2000年代以降、写真集だけでなく展示にも力を注ぐようになってきているが、今回のAkio Nagasawa Galleryでのインスタレーションは、予想以上に大変なことになっていた。壁だけでなく、柱にもコラージュ状にプリントが貼り巡らされ、その上にフレーム入りの作品が掛けられている。カラーとモノクロームが混じり合った作品は、すべて「この一年」に撮影されたという新作であり、そこから「Pretty Woman」というテーマに沿って選択されたものだ。こうしてみると、森山にとってのWomanのイメージの許容範囲が相当に広いことに気がつく。文字通りの「Pretty Woman」の写真もないわけではないが、そこからかけ離れて見えるものも多い。さまざまな物体、ポスターや看板などの二次的な画像、さらには男性すら、強引にWomanの範疇に組み入れられている。それはそのまま、森山が現実世界に対して向ける眼差しの幅の広さを示しているのだが、それでもどの写真も、森山の世界観をそのまま体現しているように見えてくる。信じられないような力業を軽々とやってのけていることに逆に凄みを感じる。
展覧会に合わせて、Akio Nagasawa Publishingから同名の写真集が刊行された。ど派手なデザインの表紙やレイアウトが、写真集の内容にうまく対応している(造本は中島浩)。
2017/08/11(金)(飯沢耕太郎)
第6回新鋭作家展 影⇄光
会期:2017/07/15~2017/08/31
川口市立アートギャラリー・アトリア[埼玉県]
アトリアが主催する公募展「新鋭作家展」は、作品プランとファイルによる1次審査と、作家のプレゼンテーションによる2次審査が行なわれるが、ユニークなのは制作にあたってテーマや素材を川口市に取材したり、ワークショップや協働制作など住人との交流を推奨していること。いわば「サイトスペシフィック」で「ソーシャリー・エンゲイジド」な作品が求められているのだ。しかも選ばれてから作品発表まで1年近く制作期間を設けるなど、とても丁寧につくっている。なんでそんなこと知ってるかというと、今回ぼくも審査に加わったからだ。で、選ばれたアーティストは佐藤史治+原口寛子と金沢寿美の2組。タイトルの「影⇄光」は、偶然ながら両者とも光と影(闇)をモチーフにしていたのでつけられたという。
佐藤+原口は、川口市の妖しげな夜のネオンを背景に影絵で遊ぶ映像を、大小10台ほどのモニターやプロジェクターを使ってインスタレーション。川口の街の表情を採り入れつつ視覚的にも楽しめるため、プレゼンでは一番人気だったが、映像の見せ方や展示空間の使い方をもう少し工夫すればもっと楽しくなったと思う。それに対して金沢は、新聞紙を鉛筆で塗りつぶして宇宙を描いていくという地味ながら壮大な計画。100枚を超す新聞紙(見開き)をつなげて、10Bの濃い鉛筆でところどころ白い点(星)を残しつつ真っ黒に塗りつぶし、高さ5メートルほどある壁2面を覆う宇宙図を完成させてしまった。星や星座を表わす白いスポットに、新聞の見出しの「トランプ」とか「難民」といった時事的なキーワードや、広告の絵柄を入れ込むという技も見せている。その根気強さ(執念というべきか)には圧倒される。これはやはり経験の違いか。
2017/08/09(水)(村田真)
遠藤利克展─聖性の考古学
会期:2017/07/15~2017/08/31
埼玉県立近代美術館[埼玉県]
美術館の個展なのに、出品はわずか12点。でも作品の総重量でいえばこれほど重い個展もないだろう。いや物理的に重いだけでなく、見たあとこれほどずっしりと重く感じる個展も少ない。作品の大半は木の彫刻で、表面が焼かれて黒く焦げている。形態は大きく分けると舟のかたち、円筒形またはドーナツ型、箱型などだ。円筒形といっても、例えば《空洞説(ドラム状の)─2013》は高さが2メートル以上あるので内部をのぞくことはできず、中央がやや膨らんだ黒い壁の周囲を回るだけ。圧巻は、薄暗い部屋に12個の巨大な円筒を円形に並べた《無題》。並べ方はストーンヘンジを、12という数は時計を思い出させ、時間とか永遠を想起させる。遠藤は火や水といったエレメンタルな要素を用いて、モダンアートで切り捨てられた物語性や神話的思考を甦らせたといわれるが、それと同時に、もの派以上にモノそのものに語らせることのできる作家だと思う。
今回は水を使った作品も2点出品しているが、そのうちの《Trieb─振動2017》は、手前から鏡、水の入った壷を2個並べ、奥に鉄の壁を立てている。壁に近づくとなにかモワッと圧力を感じた。おそらく壁の向こうに大量の水がたたえられているに違いない。これまで遠藤は何度か土中に大量の水を蓄えるインスタレーションを発表し、水の気配を感じてほしいみたいなことを述べていたが、ぼくはいままでまったく気配を感じることができなかった。ところが今回、初めて「圧」を感じることができた。なぜか一歩前進したような安心感を覚えると同時に、そこに立ってることが恐ろしく感じたりもした。
2017/08/09(水)(村田真)
渡辺篤個展「わたしの傷/あなたの傷」
会期:2017/08/04~2017/08/27
六本木ヒルズA/Dギャラリー[東京都]
渡辺は自身の深刻な「ひきこもり」体験から、心の傷をテーマに作品制作を続けるアーティスト。昨年の「黄金町バザール」でも発表したプロジェクト「あなたの傷を教えてください」は、広く募集した「心の傷」を円形のコンクリートに記したもので、内容は失恋、虐待、イジメ、性同一性障害などさまざま。それをそのまま見せるのではなく、いったんハンマーで割って、金継ぎの技法で修復するところに心の傷の「経験者」渡辺のアーティストたるゆえんがある。今回はそのシリーズに加え、ひきこもっていた実家のモルタル製のミニチュアを壊して金継ぎで再生した作品や、それを母とともに修復する映像、そして1畳サイズのコンクリートの部屋に1週間閉じこもるというパフォーマンスを、3年後に再演した《7日間の死》のドキュメントも出品。小さな密閉空間に閉じこもるという行為は昔から修行としても行なわれてきたし、現代でも飴屋法水みたいにパフォーマンスとして行なうアーティストもいるが、ひきこもりが閉じこもるというのは説得力がある。でも再演するというのはどうなんだろう。いっそ3年にいちどトリエンナーレ方式で閉じこもるというのもおもしろいかもしれない。それにしても一番の驚きは、恰幅がよく人当たりもいい渡辺がひきこもりだったという事実だ。
2017/08/06(日)(村田真)
開館35周年記念Ⅱ テオ・ヤンセン展
会期:2017/07/15~2017/09/18
三重県立美術館[三重県]
白い骨組みを持った生き物のようなオブジェが、海岸線を自立歩行している。随分前にテレビCMで見た印象的な一場面だ。本展のチラシを見た瞬間に当時の記憶が鮮明によみがえり、「これはなんとしても見たい」と思った。テオ・ヤンセンは1948年生まれのオランダ人アーティスト。彼はコンピューター上での仮想生物の研究を経て、1990年以降、プラスチック・チューブの骨格と独自の関節を持つ人工生命体「ストランド・ビースト」を制作し続けている。初期の作品は人間が押し引きして動かしていたが、作品に帆がつくようになってからは風力で動くようになった。その異形は、昆虫、深海生物、あるいはエイリアンのようであり、それらが風をはらんで動く姿は、一度見たら忘れられない。本展では10数点のビースト(作品)が展示されたほか、使い古したパーツ(作家は「化石」と命名)、模型、メモ、作品の系統樹、映像なども紹介され、この類まれなるシリーズの全容が明らかにされた。また、一部の作品は展示室内でデモンストレーションが行なわれ、観客が押して動かせる作品も2点あった。会期が夏休み中ということもあり、美術館内は親子連れで大賑わい。作品を食い入るように見つめる子供たちの視線が眩しく、こちらまで嬉しくなってくる。こんなに興奮し、前向きな気持ちにさせてくれる展覧会は久々だ。
2017/08/06(日)(小吹隆文)