artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

大原治雄「ブラジルの光、家族の風景」

会期:2016/04/09~2016/06/12

高知県立美術館[高知県]

大原治雄(1909~1999)はユニークな経歴の持ち主である。高知県に生まれ、1927年に17歳でブラジルに渡って、パラナ州ロンドリーナで農場を経営した。その傍ら、1938年から家族との日々や農場での暮らしを撮影し始め、膨大な量の写真を残している。戦後の1950年代にはサンパウロのアマチュア写真家クラブに加わり、国内外の写真サロンに出品してアマチュア写真家として知られるようになる。死後、その評価は次第に高まり、2008年からブラジル各地を巡回した写真展は、10万人以上の観客を動員したという。その大原の代表作182点を展示した本展は、いわば故郷への里帰りの展覧会ということになる。
大原は日本で生を受けたが、写真を独学で学び、撮影したのはブラジルだった。繊細で、細やかな自然観察は日本人特有のものに思えるが、被写体の選択や構図は明らかにラテンアメリカの写真表現の伝統を踏襲している。メキシコ時代のエドワード・ウェストンを思わせる造形的、構成的な写真もある。また、のちに子供たちのために母親の生涯をアルバムとしてまとめたというエピソードからもわかるように、「写真作品」として撮影されたものではない、プライヴェートな記録写真もたくさん残している。逆に妻の幸(こう)や9人の子供たちを、のびやかに撮影したそれらの写真群こそが、彼の真骨頂であるようにも思えてくる。それらはブラジルの一家族のアルバム写真というだけでなく、誰もが自分の記憶や経験と重ね合わせて見ることができる、開かれた普遍性を備えているように思えるからだ。
なお、本展は兵庫県の伊丹市立美術館(2016年6月18日~7月18日)、山梨県の清里フォトアートミュージアム(同10月22日~12月4日)に巡回する。カタログを兼ねた写真集(サウダージ・ブックス)も刊行されている。

2016/04/15(金)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00034681.json s 10122917

味のり マメイケダ 絵の展覧会

会期:2016/04/13~2016/04/24

iTohen[大阪府]

日々の食事を日記のようにノートに描き続けているマメイケダ。洋食、和食、中華、弁当、パン、駄菓子など、庶民的なメニューを描いたその作品は、自分の好物を率直に描いているのが素晴らしい。本展では展覧会仕様の大作も展示されていたが、作品が放つ魅力はノートの小品と変わりなかった。日頃、コンセプトがどうの、文脈がどうのといった作品と数多く接しているが、創作の原点に忠実なのはむしろ彼女のほうだろう。作品を見てシンプルに共感し、その魅力を誰かに伝えたくなる。ちなみに画像の作品は《味のり》。オールオーバーの抽象絵画然とした画面とタイトルのギャップに大笑いした。

2016/04/14(木)(小吹隆文)

クロダミサト「My Favorite Things」

会期:2016/04/08~2016/04/24

神保町画廊[東京都]

クロダミサトが写真新世紀でグランプリを受賞したのは2009年だから、それから順調にキャリアを積み重ねてきたといえるだろう。同世代の女性を撮り続けている「沙和子」のシリーズも厚みを増してきたし、結婚や出産を経験して、写真家としての方向性が明確に定まりつつあるように見える。今回の神保町画廊での展示は、いくつかのシリーズを合体したミニ回顧展的な趣だったが、1点1点の作品が自立しつつ繋がっていて、なかなか見応えがあった。そのなかでも、特に新作の「Melt the ice cream」は、彼女が新しい世界に踏み込みつつあることを指し示すシリーズになるのではないかと思う。
「Melt the ice cream」というタイトルの作品は、すでに2015年に私家版の写真集としても刊行されている。この時は、クロダのインスタント写真に、京都造形芸術大学の同級生でもある河野裕麻のドローイングをプラスしていた。日常性と非日常性、即物的な光景と性的な場面が入り混じるスタイルは踏襲されているが、今回展示されたヴァージョンでは、よりクリアーに眼前の世界を再構築していこうとする志向が強まっている。ゲイの男性たちの性行為の場面や、太り気味の女性のヌードなどに、金魚やエビなどのイメージが加わって、シリーズとしてさらに成長しつつある様子がうかがえた。「沙和子」のような被写体を限定したセッションとは違う、より重層的な広がりと膨らみを備えた写真のあり方が、少しずつかたちをとりつつあるように思える。

2016/04/13(水)(飯沢耕太郎)

渡辺兼人「PARERGON」

会期:2016/04/11~2016/04/30

GALLERY mestalla[東京都]

本展のタイトルの「PARERGON(パレルゴン)」というのは、美術作品における「外、付随的なもの、二次的なもの」を表わす言葉。カントは絵の額縁や建築の列柱のようなそれらを、美術にとって非本質なものとみなしたが、デリダは本質的、非本質的という二分法そのものを脱構築すべきであると主張した。渡辺がなぜこの言葉をタイトルに用いたのかは不明だが、「写真至上主義者」である彼のことだから、写真における「PARERGON」を問い直そうという意図があることは明らかだろう。むしろ、写真表現の本質がどの辺りにあるのかを、逆説的に浮かび上がらせようとしているのではないだろうか。
会場に展示されている14点は、6×9判のカメラで撮影された縦位置の路上の光景で、すべて18×22インチのサイズに引き伸ばされている。写っているのはアスファルトで舗装されたあまり広くない道で、左右と奥には建物が並んでいる。どうやら雨上がりの場面が多いようで、歩道が黒々と濡れている写真が目につく。いつもよりはやや濃い調子で、黒みを強調してプリントしているように見える。
渡辺の写真は、いつでも何の変哲もない光景に見えて、見続けているうちに魔術的と言えそうな写真空間に誘い込まれていくように感じる。それを「PARERGON」を削ぎ落とした、純粋で本質的な写真の経験と言いたくなるのだが、「外、付随的なもの、二次的なもの」を欠いた「純粋写真」が、実際に成立するのかといえば疑問が残る。とはいえ、渡辺もそのことは承知の上で、写真撮影・プリントの行為を積み重ねつつ、「PARERGON」とその対立概念である「ERGON」の戯れに身をまかせようとしているのではないだろうか。

2016/04/13(水)(飯沢耕太郎)

行千草「うつろうひび たそがれごはん」

会期:2016/04/12~2016/04/17

ギャラリー恵風[京都府]

具象的な風景にパスタが混入することで異界が出現する。行千草の絵画作品を簡単に説明すると、このような感じだ。本展でも大阪の高層ビルの壁面から素麺流しのようにパスタが垂れている作品が出展されたが、同時に新傾向の作品もあった。ティーカップの中で女性が湯浴みしており、その周囲に洋菓子やペイズリー柄が散りばめられたものである。同作は、ペイズリー柄について調べるうち、その発祥の地はインドで、英国のペイズリー市で量産されたこと、インドと英国といえば紅茶、紅茶といえばティータイム、ティータイムといえば茶菓子といった具合に想像をつなげて描いたものだ。パスタの作品よりもモチーフに多様性があり、多義的な解釈ができる。伸びしろも大きいと思うのだが、今後も継続的に制作されるのか不明だ。次回の個展を注視したい。

2016/04/12(火)(小吹隆文)