artscapeレビュー
大原治雄「ブラジルの光、家族の風景」
2016年05月15日号
会期:2016/04/09~2016/06/12
高知県立美術館[高知県]
大原治雄(1909~1999)はユニークな経歴の持ち主である。高知県に生まれ、1927年に17歳でブラジルに渡って、パラナ州ロンドリーナで農場を経営した。その傍ら、1938年から家族との日々や農場での暮らしを撮影し始め、膨大な量の写真を残している。戦後の1950年代にはサンパウロのアマチュア写真家クラブに加わり、国内外の写真サロンに出品してアマチュア写真家として知られるようになる。死後、その評価は次第に高まり、2008年からブラジル各地を巡回した写真展は、10万人以上の観客を動員したという。その大原の代表作182点を展示した本展は、いわば故郷への里帰りの展覧会ということになる。
大原は日本で生を受けたが、写真を独学で学び、撮影したのはブラジルだった。繊細で、細やかな自然観察は日本人特有のものに思えるが、被写体の選択や構図は明らかにラテンアメリカの写真表現の伝統を踏襲している。メキシコ時代のエドワード・ウェストンを思わせる造形的、構成的な写真もある。また、のちに子供たちのために母親の生涯をアルバムとしてまとめたというエピソードからもわかるように、「写真作品」として撮影されたものではない、プライヴェートな記録写真もたくさん残している。逆に妻の幸(こう)や9人の子供たちを、のびやかに撮影したそれらの写真群こそが、彼の真骨頂であるようにも思えてくる。それらはブラジルの一家族のアルバム写真というだけでなく、誰もが自分の記憶や経験と重ね合わせて見ることができる、開かれた普遍性を備えているように思えるからだ。
なお、本展は兵庫県の伊丹市立美術館(2016年6月18日~7月18日)、山梨県の清里フォトアートミュージアム(同10月22日~12月4日)に巡回する。カタログを兼ねた写真集(サウダージ・ブックス)も刊行されている。
2016/04/15(金)(飯沢耕太郎)