artscapeレビュー
美術に関するレビュー/プレビュー
黒田菜月「ファンシー・フライト」
会期:2015/07/13~2015/08/08
東塔堂[東京都]
2013年に第8回写真「1_WALL」展でグランプリを受賞し、翌年個展「けはいをひめてる」を開催した黒田菜月。2014年には吉開菜央監督の映画『ほったまるびより』の撮影現場の写真をおさめた写真集『その家のはなし』を刊行するなど、順調にキャリアを伸ばしている。今回の東京・渋谷の東塔堂での展示では、彼女の日常の場面に眼差しの触手を伸ばしていく感覚が、繊細に研ぎ澄まされ、より深く対象の奥へと届いてきていることがしっかりと伝わってきた。
黒田は、展覧会にあわせて刊行された同名の写真集にこんなことを書いている。
「からだを通りこころで受け止めるものや、こころで感じていることの身体への現れには、飛躍がある。それは、夢のチェンジのような無差別なものではなく、どこかにその人自身の因果が隠れ潜んでいる。」
このような「飛躍」の感触は、写真を撮り続ける中で少しずつ育っていったのだろう。「からだ」と「こころ」のズレは、うっとうしさや居心地の悪さにもつながるが、ほのかな、だが心ときめくエロスを呼び起こす元にもなっていきそうな気がする。今回展示されたシリーズでは、ウサギやヤギなどの動物、若い女性を撮影したポートレートなどにそれをはっきりと感じることができた。今はむしろ、その「飛躍」をより積極的に拡大していくべきではないだろうか。写真家としても、一皮むけて、新たな方向に一歩踏み出していく時期に来ているように思える。
2015/07/20(月)(飯沢耕太郎)
プレビュー:ミロコマチコ「たいようでみんなまっか」
会期:2015/08/13~2015/08/18
京阪百貨店守口店7階京阪ギャラリー[大阪府]
2012年に「第18回日本絵本大賞」を受賞、2014年には「第45回講談社出版文化賞絵本賞」と「第63回小学館児童出版文化賞」を受賞するなど、いまもっとも注目されている若手絵本作家、ミロコマチコ。彼女が、百貨店では初となる大規模個展を開催する。ミロコの故郷である大阪府枚方市は京阪電車沿線の郊外都市であり、同じ沿線の守口市にある京阪百貨店での個展開催は、本人にとっても特別な感慨があるだろう。展覧会は「太陽」をテーマにした新作約40点に過去の大作を加えて構成。初日午後1時から行なわれるライブペインティングをはじめ、ワークショップ、ゲーム企画、サイン会と関連イベントも充実している。
2015/07/20(月)(小吹隆文)
プレビュー:横尾忠則「続・Y字路」
会期:2015/08/08~2015/11/23
横尾忠則現代美術館[兵庫県]
2000年以降の横忠則の絵画作品を代表する「Y字路」。それは、彼が故郷・西脇を訪れた際に撮影した1枚の写真から始まった。写真には懐かしい風景が写っているはずなのに、郷愁から切り離された見知らぬ夜の風景にしか見えず、この経験を元に一切の私的要素を排した新たな絵画制作が始まったのだ。本展では横尾が2006年以降に制作した「Y字路」作品を中心に展覧。温泉地を巡ってゆかりのモチーフを詰め込んだ「温泉」シリーズ、全国各地の美術館での公開制作、闇夜のY字路を描いた実験的作品「黒いY字路」、Y字路をオーロラが包み込んでいく情景を描いた「オーロラ」という4系統を軸に展開される。近年の横尾の軌跡が窺える興味深い企画だ。
2015/07/20(月)(小吹隆文)
プレビュー:Art Court Frontier 2015 ♯13
会期:2015/08/01~2015/09/12
ARTCOURT Gallery[大阪府]
美術界の第一線で活躍するキュレーター、アーティスト、ジャーナリスト、批評家などが、出展アーティスト1名を推薦する形式で行なわれる年次展。13回目となる今年は、contact Gonzo(推薦者:安倍美香子/朝日新聞記者)、谷口嘉(推薦:以倉新/静岡市美術館学芸課長)、東畠孝子(推薦:豊永政史/デザイナー)、堀川すなお(推薦:吉岡恵美子/インディペンデント・キュレーター)の4組が出品。出展アーティスト数を敢えて例年の約半数に絞ることにより、展示スペースの制約を軽減し、よりダイナミックな展示が行なえるようになった。毎年レベルの高い展示が行なわれてきた同展だが、新方式の導入によるバージョンアップに期待が募る。
2015/07/20(月)(小吹隆文)
没後20年 具体の画家──正延正俊
会期:2015/06/13~2015/08/02
西宮市大谷記念美術館[兵庫県]
正延正俊(1911~95)は、1954年の具体美術協会の結成に参加し、1972年の解散まで全展に出品した数少ないメンバーの一人。1948~49年頃に吉原治良(1905~72)の指導を仰ぐようになり、世代としては、元永定正(1922~2011)や白髪一雄(1924~2008)より一回り年長だった。没後20年を記念して、後年に自宅とアトリエを構えていた西宮で回顧展が開催された。
とりわけ圧巻なのが、大画面の代表作を一堂に集めた第一展示室。茶褐色や白・黒を基調とした色彩を用いて、夥しい線描や斑点、殴り書きの文字のような形象がオールオーヴァーに画面を覆い尽くしていく。色彩はいたって地味だが、近づいて目を凝らすと、濃淡のある茶褐色の下地の上に、白、黒、灰色、深緑、黄土色といった様々な色彩で細い線が何層にも描き重ねられ、多層構造がもたらす密度と多方向へ流れる線の運動性が視覚をスクラッチする。また、油絵具とともにエナメル塗料も用いられ、綿布への滲みやエナメルの光沢感、絵具の厚塗りや削り取りといった操作によって、絵具の物質性が前景化し、筆線の増殖性との相乗効果をもたらす。近づいたり離れたりしながら一枚一枚の絵画と向き合ううちに、その豊穣な奥行きをたたえた画面に惹き込まれ、大気の流れや微細な空気の震え、散らばる星雲、緻密に織られた織物のように見えてくるのだ。
本展では、こうした主に60年代の代表作の他に、「具体」参加以前に描いていた構成的な風景画や静物画、生涯にわたって日常的に制作していた実験的な小作品も展示された。これらの小作品は0号ほどの大きさだが、色彩や画面構成、厚塗りや削り取りなどの技法、エナメル塗料という新素材の探究など、様々な実験を日々繰り返していたことが分かる。
近年、国内外で脚光を浴びる具体美術協会だが、初期のアクションや既存の表現領域の境界を打ち破る「前衛性」に評価の主軸が傾くならば、「アンフォルメル旋風」以降の「具体」の活動は「絵画」への後退と判断されてしまい、正延のように一貫して絵画に取り組んだ作家は評価から取りこぼされてしまうだろう。今回の回顧展が、正延の再評価、ひいては「具体」の評価の再考につながるものになればと思う。
2015/07/19(日)(高嶋慈)