artscapeレビュー

美術に関するレビュー/プレビュー

山下陽光のアトム書房調査とミョウガの空き箱がiPhoneケースになる展覧会

会期:2014/01/18~2014/03/23

鞆の津ミュージアム[広島県]

広島に原爆が落とされたあと、広島県産業奨励館(現原爆ドーム)の前に「アトム書房」という古本屋が開かれた。店主は、当時21歳の復員学徒兵、杉本豊。店内に自分と姉の蔵書1,500冊を並べ、店頭には「広島で最初に開いた店」と英文のハリガミを貼り出した。そのねらいを杉本は「これほど破壊されても、日本人はすぐ立ち上がるぞと、気概を進駐軍に示したかった。満州大連育ちで、外国人に臆することはなかったが、被爆の惨状を目の当たりにして複雑な気持ちだった」と回想している(『毎日新聞』2005年6月4日、夕刊、5頁/『にっぽん60年前』毎日新聞社、2005、p.14)。
アトム書房の存在は長らく忘れられていたが、それを改めて発見した山下陽光が調査を開始。その背景に、再び核の脅威にさらされた東日本大震災の経験があることは言うまでもない。およそ3年におよぶ持続的な調査の成果を、彼のこれまでの活動と併せて、本展で発表した。
興味深いのは、山下による粘り強い調査が、アトム書房にとどまらず、当時の広島の美術界にもおよんでいることだ。比治山で画材屋を営んでいたダダイストの山路商や、その周りに集っていた靉光、船田玉樹、丸木位里、末川凡夫人、浜崎左髪子。そうした画家たちと杉本豊のあいだに何かしらの接点があったのではないかというのが、山下の仮説である。
残念ながら、その仮説はいまのところ完全に立証されているわけではない。だが、山下の調査が優れているのは、その調査対象をあらかじめ限定することなく水平軸で歴史を見ようとしている点である。現行のアカデミズムによれば、美術史は美術、文学史は文学、映画史は映画というように、それぞれの対象を棲み分けて考えている。しかし現在の私たちの現実が特定のジャンルに収まるわけではないように、歴史の実像はそうした垂直軸によって明確に分類できるはずもない。本展の雑然としながらも濃密な展示は、専門化された歴史研究の暗黙の前提に大いなる反省を迫っているのである。
アトム書房という入口から敗戦前後の広島に降り立った山下は、当時の街の風景や人間模様を重ねながら現在の広島の街を歩くことができるという。そこまで徹底してはじめて、杉本豊をはじめとした当時の人びとの心情や内面に思いを馳せることができるのだろう。山下陽光によって切り開かれた歴史と想像力が両立する地平は、まだまだ先に延びてゆくに違いない。

2014/02/25(火)(福住廉)

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青木陽「火と土塊」

会期:2014/02/24~2014/03/08

Art Gallery M84[東京都]

昨年(2013年)8月に開催された東川町国際写真フェスティバルの行事の一環として開催された「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2013」。そこで最高賞のグランプリを分け合ったのが青木陽と堀井ヒロツグである。彼らの個展が、東京・東銀座のArt Gallery M84で相次いで開催されることになり、まず青木の「火と土塊」から展示がスタートした。
青木の写真について語るのはなかなか難しい。写っているのは、ごく日常的な事物や風景(カーテン、丸まった寝具、墓、森、海など)だが、それらを撮影し、プリントする過程において、何やら魔術的な操作が加わっているように感じる。全紙、あるいは小全紙サイズのモノクローム・プリントの前に立つと、その濃密なグレートーンに身も心もからめとられ、遠い場所へと連れ去られてしまうような気がしてくるのだ。その青木の写真の引力を支えているのは、むろん彼の写真にふさわしい被写体を選別し、嗅ぎ分ける鋭敏な感受性だが、それを達成するための極めて高度な技術力も見落とすことができない。ライカの一眼レフカメラと50ミリの標準レンズ、印画紙は粒状性に優れたイルフォードHP5、トーンをコントロールしやすい散光式の引伸し機、画像にコントラストと深みを与えるためのセレニウム調色──このような徹底した技術的なこだわりによって、印画紙の中に別次元の画像空間が形成されているように思えるのだ。しかも、彼がつくり上げる画面は、ジャクソン・ポロックの「オール・オーヴァー」からアンドレアス・グルスキーの「全体を一度に把握する構成」まで、該博な美術史、写真史の知識に裏づけられている。
あたかも中世の錬金術師のような彼の制作態度は、反時代的としか言いようがないが、逆にそこから現代の写真表現の新たな可能性が芽生えてきそうな気もする。形而上学的な思考力と職人的な技巧との、精妙かつ大胆な結合。彼の作品世界が、これから先どんなふうに大きく成長していくかが楽しみだ。

2014/02/24(月)(飯沢耕太郎)

野村嘉代展

会期:2014/02/18~2014/02/23

ギャラリーすずき[京都府]

色彩と筆致の表情が豊かな画面は、離れて見ると写真か映像のように深い奥行きが感じられて不思議だ。ぽつりと画面に盛り上がる赤い絵の具の塊が、宙に舞う花びらか水面に浮かぶ小さな花びらのようにも見える。静謐だが音楽のような心地よいリズムも感じられるのが魅力的な絵画だ。絵の具、色など表現のマチエールとその特性を探求する作家の姿勢も物語るような美しい作品だった。

2014/02/23(日)(酒井千穂)

河元藍+杉本奈奈重「I MY ME(ウチマイミー)」

会期:2014/02/18~2014/02/23

ギャラリーモーニング[京都府]

京都市美術館の卒業制作展会期に合わせて開催されていた精華大学4回生の二人の版画展。少し彫っては色を刷り、また少し彫っては刷るという彫り進み版画技法を用い、ユーモラスで色彩豊かな作品を発表していたのは河元藍。石けんや磁器、貝殻などをモチーフにした水性木版画は杉本奈奈重。作風も個性もまるきり異なるのだが、どちらも自分自身の内面に眼差しを向け表現としている。じっくりと見るとどちらの作品にも実直な仕事ぶりがうかがえて清々しくそして楽しい。それぞれに欲しい作品があったのだががすでに売れてしまっていた。次の発表の機会を楽しみにしている。

2014/02/23(日)(酒井千穂)

精華大学卒業・修了制作展

会期:2014/02/19~2014/02/23

京都市美術館[京都府]

精華大学の卒業・修了制作展。芸術学部とデザイン学部の学生作品が展示された京都市美術館・本館は全体的にこちらもプロダクトコミュニケーションデザインやインテリアプロダクトデザインコースなど、デザイン学部の制作のほうが活発な印象があったのだが、陶芸や版画、テキスタイルの分野などでも秀逸なものが見られた。個人的に気に入ったのは映像コース・仲村美穂の映像インスタレーション《おいしい死に方》。食べるという行為、食う食われるという食物連鎖、命のループをテーマにしているというと、よくありそうだが、テーブルに設置された皿にメニューと同じ料理がルーレットのように映し出されるそれは、「食材」と「贖罪」の言葉をかけた作家の意図やイメージもよく表わしていた。別館で開催されていた大学院生の制作展で良かったのは、プロダクトデザインコース・蕭 聖學(Sheng-Hsueh Hsiao)の《「台湾と日本における暮らしのなかにみられる紙造形と生活文化」紙加工のデザインに関する研究──オリジオ》。身近な「紙」に注目した研究テーマと造形物、それを通した二つの国の文化の考察も興味深く、新たな研究の展開にも期待したいものであった。別館で開催された大学院生修了制作展は総じて、見応えを感じるものだったが、本館から少し離れているせいか私の周囲ではこの展示を見逃した人も多かったのが残念だ。


京都市美術館・本館展示。仲村美穂《おいしい死に方》


京都市美術館・別館展示。蕭 聖學(Sheng-Hsueh Hsiao)《「台湾と日本における暮らしのなかにみられる紙造形と生活文化」紙加工のデザインに関する研究──オリジオ》

2014/02/23(日)(酒井千穂)