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カタログ&ブックス | 2020年4月1日号[テーマ:エコロジー]
テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、東京都現代美術館(※2020年4月1日現在、臨時休館中)で開幕予定の展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」にちなみ「エコロジー」。太陽光などの再生可能エネルギーや自然現象に着目したインスタレーションで世界的に高い評価を集める作家による本展ですが、本の世界では「エコロジー」というとどのようなものが注目を浴びているのでしょうか。このキーワードに関連する書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
「エコロジー」関連書籍 購買冊数トップ10
1位:大洪水の前に マルクスと惑星の物質代謝(Νυξ叢書)
資本主義批判と環境批判の融合から生まれる持続可能なポスト・キャピタリズムへの思考。マルクスのエコロジー論が末節ではなく、経済学批判において体系的・包括的に論じられる重要なテーマであると明かす。
2位:猫楠 南方熊楠の生涯(角川文庫)
博物学・民俗学・語学・性愛学・粘菌学・エコロジー……広範囲な才能で世界を驚愕させた南方熊楠。そんな日本史上最もバイタリティーに富んだ大怪人の生きざまを天才・水木しげるが描く。
3位:21世紀のマルクス マルクス研究の到達点
マルクスをどう読むか。彼のライフワークである「資本論」から、哲学、政治理論、歴史理論、未来社会構想、エコロジー論まで、マルクス研究の今日的な到達点を提示。継承すべき成果と残された課題を明らかにする。
4位:ポスト資本主義 科学・人間・社会の未来(岩波新書 新赤版)
近代科学とも通底する人間観・生命観にまで遡りつつ、人類史的なスケールで資本主義の歩みと現在を吟味。定常化時代に求められる新たな価値とともに、資本主義・社会主義・エコロジーが交差する先に現れる社会像を描く。
5位:よくわかる国連「家族農業の10年」と「小農の権利宣言」(農文協ブックレット)
国連総会で、2019〜2028年を国連の家族農業の10年とすることが可決された。なぜ今、国際社会は家族農業の役割を再評価し、その政策的支援に乗り出そうとしているのか。家族農業および関連の深いテーマを解説する。
6位:民主主義の革命 ヘゲモニーとポスト・マルクス主義(ちくま学芸文庫)
新たなヘゲモニー概念を提起したポスト・マルクス主義の記念碑的著作。反核運動や性的マイノリティ、フェミニズム、エコロジー運動など新しい社会運動と労働闘争との「節合」の必要を説く。
7位:森の思想 新装版(河出文庫 南方熊楠コレクション)
東アジア的な生命論から出発して未踏のエコロジー思想の存在を予告した熊楠。植物学論文、南方二書、神社と森を無残に破壊した神社合祀令に反対する意見書などにより、熊楠が見た生命の本質を追う。中沢新一の解題も収録。
7位:手塚マンガでエコロジー入門
手塚治虫が生前に発表したエコロジーに関わる作品の中から、「モンモン山が泣いてるよ」「ブラック・ジャック 老人と木」など8点を紹介。各作品末に、未完のエッセイ集「ガラスの地球を救え」から採録した文章を掲載する。
7位:エコロジカル・デモクラシー まちづくりと生態的多様性をつなぐデザイン
【ポール・ダビドフ賞】人類の歴史的発展という文脈を描き出す、生産や文化など広範な分野に関係する文明論、エコロジカル・デモクラシー。地方・都市・コミュニティのデザイン分野からエコロジカル・デモクラシーを実現する意味・方法・価値を記す。
8位:自然なきエコロジー 来たるべき環境哲学に向けて
エコロジーの概念から「自然」を取り除き、それによりエコロジーの概念を新しく作り直すことを試みる。人間の死のカルト化へと帰着したファシズム的な環境批評を批判し、新たな環境人文学を立ち上げるモートン思想の主著。
9位:マルクスとエコロジー 資本主義批判としての物質代謝論(Νυξ叢書)
マルクスは環境破壊や環境保護について、どのようにとらえていたのであろうか? 現代的課題に応えうるマルクスのエコロジー論の生命力・可能性を探る試み。
10位:三つのエコロジー(平凡社ライブラリー)
浅薄なエコ志向が孕む構造的問題を鋭く突き、エコロジー思想には環境、社会、精神の3つを統べる新たな知が必要と説く。マサオ・ミヨシによる解説付き。〔大村書店 1991年刊の再刊〕
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artscape編集部のランキング解説
「エコロジー」。日常的によく耳にする言葉ですが、辞書で引くと「人間を生態系を構成する一員としてとらえ、人間と自然環境・物質循環・社会状況などとの相互関係を考える科学」(三省堂 大辞林 第三版より)とあります。今回のランキングからは、エコロジーが現代の政治・経済学と密接に関わる思想であることを改めて実感させられると同時に、マルクスが晩年に論じていたというエコロジー論が近年注目を集めていることも如実に伝わってきます(1位、3位、6位、9位)。
そんななかで注目したいのが、南方熊楠にまつわる書籍が2冊ランクインしていること。博物学者、生物学者、民俗学者などさまざまな顔を持ち、特に粘菌の研究でよく知られる南方ですが、彼の生きざまを漫画化した『猫楠 南方熊楠の生涯』(2位)では、水木しげるが“変人”南方のキャラクターを愛情とともに描き切っています。『森の思想 新装版』(7位)は、宗教史学者・中沢新一が南方の論文や資料をセレクトし編纂した「南方熊楠コレクション」(全5巻)のうちの一冊。いずれの本も、博覧強記で知られた南方の膨大な興味のなかから、日本人にとって身近なエコロジーの姿を再発見させてくれるかもしれません。一方、漫画界の巨人である手塚治虫も環境問題に大きな関心を寄せていたひとり。『手塚マンガでエコロジー入門』(同列7位)では、漫画作品のなかだけでなく、絶筆となったエッセイでも地球環境の危うさにたびたび警鐘を鳴らしていたことがわかります。
東京都現代美術館の「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展では、私たちが普段当たり前に享受している自然環境との接点や、それらを持続させるためのシステムを再考する機会を与えてくれるはず。家で過ごす時間も増えているであろう昨今の状況のなかで、これらの本を入り口にゆっくり考えてみてください。
2020/04/01(水)(artscape編集部)
安西洋之『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?──世界を魅了する〈意味〉の戦略的デザイン』
発行所:晶文社
発行日:2020/02/25
本書は、イタリアが得意とするビジネス戦略を解き明かした一冊である。メイド・イン・イタリー、つまりイタリアの製品(主にファッション、食品、インテリアデザイン、自動機械)が、世界市場で存在感を発揮しているという事実に対し、著者は二つのキーワードを提示する。それは「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」だ。両方とも聞き慣れない言葉かもしれない。前者は「モノやサービスがもたらす意味を変えること」で、必需性や利便性、機能性とは関係なく、言うならばユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスを開発することである。後者は「職人的」を意味するイタリア語だ。この二つを得意としながら、イタリアの企業は「狭く深い」市場を開拓する。それは大量生産を基本とする米国や中国、ドイツなどの企業や産業とは対極的な手法である。
イタリアの紳士服をはじめ、スパークリングワイン「プロセッコ」、スローフード運動、ショパンピアノコンクールで公式ピアノの一社に採用されたというピアノ、ノートブランド「モレスキン」、イタリア北部の都市レッジョ・エミリアが行なう先進的な幼児教育など、本書で紹介するメイド・イン・イタリーの事例は幅広い。結局、ユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスをつくるには、その開発者自身がまず欲しいと思うかどうかが問われる。自分が愛せないものを他人が愛せるのかという原点に行き着くわけだ。その点でイタリア人は「好き」「美しい」「おいしい」といった審美眼に長けているだけでなく、それを主張することをいとわないため、意味のイノベーションを実現しやすい。アルティジャナーレを重視する点と合わせ、実に人間的なビジネス戦略だと実感する。日本の企業がもっと積極的に学ぶべき点は、この意味のイノベーションだろう。本書ではその具体的な手法も説き明かされているので参考にしたい。
いま、イタリアと言えば、新型コロナウィルス感染者が世界でもっとも多い国のひとつとしても動向に関心が集まっている。そんなタイミングで出版された本書は、やや不運にも思えるが、一方でこのコロナ禍で見えてきたのは、イタリア人の文化や習慣、人間性だ。例えば三世帯同居率の高さや、身内や親しい人同士でのハグやキスの多さは、真偽のほどはわからないが、感染を広げた原因としても指摘された。しかしどんな苦境に陥っても、窓やバルコニーから身を乗り出して、皆で歌を歌い励まし合う姿を捉えた映像には心を打たれた。いずれもイタリア人の人間性を物語る一面ではないか。本書を読んで驚いたのは、イタリア人経営者のひとりが「ルネサンスの偉大なアーティストたちのDNAを引き継いでいる」と発言していること。どうやらイタリア人の多くにこうした自負があるようだ。この誇り高さにはまいった。
2020/03/27(金)(杉江あこ)
カタログ&ブックス | 2020年03月15日号[近刊編]
展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます
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ほんきであそぶとせかいはかわる
美術家の森村泰昌が、富山県美術館のコレクションを大胆キュレーション! 「あそび」の3文字に込めた、モリムラ流あたらしい美術鑑賞の方法を提案。見慣れた作品でも、見方の発想を変えると新しい発見があり、それはきっと、私たちのなにげない日常の世界の見方でも同じこと。美術作品との出会いを通して、さまざまな世界へのふれ方をさぐる、ひらくたび新しい発見に出会える一冊。
青森EARTH2019:いのち耕す場所 ──農業がひらくアートの未来
2019年10月5日〜12月1日に青森県立美術館で開催された「青森EARTH2019:いのち耕す場所 ──農業がひらくアートの未来」展のカタログ。作品図版や会場風景のほか、農家、哲学者、歴史社会学者、思想史家、キュレーター、農の担い手らによる論考を多数収録。
デジタル写真論 イメージの本性
SNSやスマートフォンによって全面化するデジタル写真とは何か? その本性と可能性を松江泰治やヴォルフガング・ティルマンスらの具体的な作品を詳細に解析することで考察する。水や空気のように遍在することで透明化してしまったデジタル写真を真に見るための必読書。著者幻のデビュー論考「不可視性としての写真」(改訂版)も所収。
連続と断絶 ホワイトヘッドの哲学
孤高の哲学者アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド。事物の有機的連関を重視し、恐るべき密度と宇宙的壮大さを併せ持つその思想は、長らく哲学界の傍流であった。しかし、現在、思弁的実在論、オブジェクト指向哲学など、21世紀の思想潮流のなかで再び注目されている。本書は、これまで事物の連続性が重視されてきたホワイトヘッド哲学に、存在の深き断絶の契機を見出し、ハーマン、メイヤスーとの比較をふまえ、その哲学の全体性と独自性を描き直してゆく。光も届かぬ存在の彼方、想像力の彼方、宇宙の彼方へと哲学を導く、闇の形而上学の誕生。
あいたくて ききたくて 旅にでる
これまで50年にわたり東北の村々を訪ね、民話を乞うてきた民話採訪者・小野和子。
採訪の旅日記を軸に、聞かせてもらった民話、手紙、文献などさまざまな性質のテキストを、旅で得た実感とともに編んだ全18話と、小野の姿勢に共鳴してきた若手表現者—濱口竜介(映画監督)、瀬尾夏美(アーティスト)、志賀理江子(写真家)の寄稿がおさめられています。
表紙や本中には志賀が東北で撮りおろした写真を掲載。
一字一字を精密に美しく組んだ大西正一によるデザインワークも魅力のひとつです。
風景の哲学 芸術・環境・共同体
あらゆる場所で出くわす〈風景〉という言葉はいったい何を意味しているのだろうか。現代イタリアを代表する美学者が、〈風景〉という概念とそのイメージを根本から捉え直し、映画、美術、法制度まで、環境美学の成果に応答しながら横断的に思考することで、〈風景〉の問題に美学の側からアプローチする。
「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ
1990年代に若い女性アーチストを中心として生まれた写真の潮流──同世代の多くの女性に影響を与え、一大「写真ブーム」を巻き起こしたムーブメントについて、長島有里枝が、仕事と子育てに追われながら大学院に通ってジェンダーを学び、大人たちが気軽に放った不誠実な言説の数々を検証した。現役写真家による90年代写真史としても貴重な一冊。
シアターコモンズ'19 レポートブック
2019年2月・3月に開催された「シアターコモンズ19」のドキュメント冊子。9ページに渡る詳細なシンポジウムの記録、岩城京子氏による本レポートブックのためのテキスト書き下ろし総評、若手批評家、研究者等による各演目レポートなど、充実の70ページ!
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※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
https://honto.jp/
2020/03/15(日)(artscape編集部)
兼子裕代『APPEARANCE』
発行所:青幻舎
発行日:2020年1月25日
1963年、青森県生まれで、アメリカ・カリフォルニア州オークランドで作家活動を続ける兼子裕代は、2009年に原因不明の脳症で体調を崩した。病気から回復後、「子どものエネルギーに憧れを抱いたのと同時に、その危なっかしさや脆弱さに共感を覚え」て、友人の音楽家が教えていた子どもたちが歌う姿を撮影し始めた。その後、子どもだけではなく大人が歌っている様子にも惹きつけられるようになって被写体の幅が広がり、2017年8月には、個展「APPEARANCE──歌う人」(銀座ニコンサロン)を開催した。今回、青幻舎から刊行された写真集は、同シリーズから62点を選んでまとめたものである。
「歌う人」はその行為に没入することによって、その人の無防備な魂のようなものを露わにする。兼子は、彼らを注意深く観察することによって、「被写体の顔に不意に現れる、感情の発露の瞬間」を捉えようとした。そのことによって、「歌う人」たちのキャラクターがくっきりと浮き彫りになっているように感じた。被写体の多くは、兼子が暮らすオークランドやサンフランシスコで撮影されており、巻末の「図版リスト」の解説をあわせて読むことで、彼女の交友関係の広がりを確かめることができる。つまり、この作品は兼子自身の生の見取り図にもなっているということだ。
最初のうちは、6×6判の真四角のフォーマットで撮影していたが、次第に横長の画面の写真が増えてくることも興味深い。「被写体の周辺をより取り入れるようになった」ということだが、そこにも兼子の意識が、「歌う人」本人だけでなく、彼らを取り巻く社会環境にまで拡大していったことが見えてくる。
関連レビュー
兼子裕代「APPEARANCE──歌う人」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2017年09月15日号)
2020/03/08(日)(飯沢耕太郎)
田附勝『KAKERA』
発行所:T&M Projects
発行日:2020年2月
写真に限らず、どんなアート作品でも「思いつきを形にする」ところからスタートする。だが、それが単なる生煮えの「思いつき」だけに終わってしまうのか、それとも熟成して高度な作品にまで辿り着くかに、アーティストの力量があらわれてくるといえそうだ。
田附勝の『KAKERA』もその始まりは偶然の産物だった。2012年の夏、田附は新潟で縄文土器が発掘されたという知らせを聞き、現場に向かった。その破片を目にした時、そこに積み重なった「時間」の厚みを感じて、「重くて熱い血液が上昇してくる」ように感じる。田附は縄文土器を撮影するために新潟に通うようになり、ある博物館の資料室で新聞紙に包まれた縄文土器の破片を見せてもらった。土器片を整理するときに、保管状態をよくするために、その場にあった新聞紙を使うのだという。たまたま、その新聞の日付が「2011年3月13日」、東日本大震災から2日後のものだったことで、何かがスパークした。田附は震災前から東北地方に足を運び、写真集『東北』(リトルモア、2011)を刊行していた。その記憶が鮮やかに甦り、「いくつにも積み重なった地層。表層と深層を繋ぐ時間」がそこに顔を覗かせたのだ。
本作『KAKERA』は、田附がその後さまざまな博物館、資料室などを訪ね歩き、縄文土器の破片とそれらを包んでいた新聞紙を撮影した写真群によって構成されている。「時間」そのものの結晶というべき土器のたたずまいにも引きつけられるが、それ以上にそのバックの新聞記事が気になってしまう。1918年の「米の対露声明」から2015年の「戦後70年反省とおわび」まで、その間に太平洋戦争、戦後の復興、高度経済成長の時期、東日本大震災など、日本と世界の歴史が含み込まれている。縄文土器が土中で経てきた「時間」と比較すれば、わずかな光芒かもしれないが、それでもひとりの日本人の生涯を超えるほどの「時間」が過ぎ去っているのだ。
『KAKERA』は、2種類の時間を一気に結びつけるという卓抜なアイディアを、的確な構図とライティングによって完璧に実現した写真シリーズである。町口覚の造本設計、浅田農のデザインも、写真の内容にうまくフィットしている。なお、写真集の刊行にあわせて、あざみ野フォト・アニュアルの一環として田附の個展「KAKERA きこえてこなかった、私たちの声」(1月25日〜2月23日)が開催された。
関連レビュー
田附勝『魚人』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2016年03月15日号)
田附勝『東北』|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2011年09月15日号)
2020/03/07(土)(飯沢耕太郎)