artscapeレビュー

兼子裕代『APPEARANCE』

2020年04月15日号

発行所:青幻舎

発行日:2020年1月25日

1963年、青森県生まれで、アメリカ・カリフォルニア州オークランドで作家活動を続ける兼子裕代は、2009年に原因不明の脳症で体調を崩した。病気から回復後、「子どものエネルギーに憧れを抱いたのと同時に、その危なっかしさや脆弱さに共感を覚え」て、友人の音楽家が教えていた子どもたちが歌う姿を撮影し始めた。その後、子どもだけではなく大人が歌っている様子にも惹きつけられるようになって被写体の幅が広がり、2017年8月には、個展「APPEARANCE──歌う人」(銀座ニコンサロン)を開催した。今回、青幻舎から刊行された写真集は、同シリーズから62点を選んでまとめたものである。

「歌う人」はその行為に没入することによって、その人の無防備な魂のようなものを露わにする。兼子は、彼らを注意深く観察することによって、「被写体の顔に不意に現れる、感情の発露の瞬間」を捉えようとした。そのことによって、「歌う人」たちのキャラクターがくっきりと浮き彫りになっているように感じた。被写体の多くは、兼子が暮らすオークランドやサンフランシスコで撮影されており、巻末の「図版リスト」の解説をあわせて読むことで、彼女の交友関係の広がりを確かめることができる。つまり、この作品は兼子自身の生の見取り図にもなっているということだ。

最初のうちは、6×6判の真四角のフォーマットで撮影していたが、次第に横長の画面の写真が増えてくることも興味深い。「被写体の周辺をより取り入れるようになった」ということだが、そこにも兼子の意識が、「歌う人」本人だけでなく、彼らを取り巻く社会環境にまで拡大していったことが見えてくる。

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2020/03/08(日)(飯沢耕太郎)

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