artscapeレビュー
植本一子『フェルメール』
2018年11月15日号
発行所:ナナロク社/Blue Sheep
発行日:2018/10/05
植本一子は一般的には写真家というよりは『かなわない』(2016)、『降伏の記録』(2017)などのエッセイ集の作者として認知されている。僕自身もそんなふうに思っていた。だが新作の『フェルメール』を手にして、彼女がとてもいい写真家であることをあらためて認識した。
植本は編集者の「草刈さん」と「村井さん」、デザイナーの「山野さん」とともに、世界中に点在するフェルメールの全作品、35点に「会いにいく」旅に出る。2018年3月20日〜26日および同年5月9日〜16日に、オランダ、デン・ハーグのマウリッツハイス美術館からアメリカ、ボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館まで、17カ所の美術館を巡り、現存するすべてのフェルメールの作品を撮影した。この撮影旅行が、どんな動機と目的で行なわれたかについての詳しい説明は最後までない。だが、掲載された写真を見て「旅の記録」として綴られた撮影日記を読むと、あえてそのことを詮索する必要もないように思えてくる。
植本は「末期ガンで入退院を繰り返していた」夫を亡くしたばかりで、この仕事が「新しい旅」へのスタートとなった。撮影にあたって、デジタルかフィルムのどちらで撮影するか迷いに迷って、結局フィルムに決める。本書の図版ページには、フェルメールの作品だけでなく、絵を見る観客たちの姿や旅の途中のスナップも挟み込まれ、そのことによって、旅のプロセスが立体的な膨らみを伴って浮かび上がってくる。写真と文章とを行きつ戻りつすることで、読者はあらためてフェルメールの絵の魅力に気づくとともに、ひとりの表現者の再出発に立ち会うことになる。判型は小ぶりだが、写真家としての次の仕事もぜひ見てみたいと思わせる、極上の出来栄えの写真集だった。
2018/11/02(金)(飯沢耕太郎)