artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
森山大道『犬と網タイツ』
発行所:月曜社
発行日:2015/10/10
『犬と網タイツ』というタイトルは、森山大道の記述によれば「つい先日、ふと池袋の路上でぼくの口をついて出てきたフレーズ」だという。たしかに写真集に限らず、本のタイトルなどがふと「口をついて出て」くることがある。考えに考えた末にひねり出したタイトルよりも、逆にそんな風にふっと降りてきたもののほうが、ぴったりと決まるというのもよくあることだ。
『犬と網タイツ』の「犬」というのは、いうまでもなく、森山の代名詞というべき名作「三沢の犬」(1971)のことだろう。そして「網タイツ」は彼が『写真時代』1987年5月号に掲載した、「下高井戸のタイツ」を踏まえているに違いない。そういえば森山には、のちに『続にっぽん劇場写真帖』(朝日ソノラマ、1978)として刊行された「東京・網目の世界」(銀座ニコンサロン、1977)という個展もあった。つまり『犬と網タイツ』というのは、森山が写真家として固執し続けているオブセッションの対象を、これ以上ないほど的確にさし示す言葉といえるのではないだろうか。
「昨年7月終わりから今年の3月末までの8カ月間、集中的に撮影したカット」から編集された写真集の内容も、最近の森山の仕事の中でも出色のものといえる。「全てタテ位置の写真(モノクローム)」のページ構成は、まさに森山の写真作法の総ざらいというべきもので、同時に「原点回帰」といいたくなるような初々しい緊張感を感じることができた。見ることと撮ることの歓びがシンクロし、弾むようなリズムで全編を一気に貫き通しているのだ。編集と装丁は月曜社を主宰する神林豊。それほど大判ではない、掌からはみ出るくらいの写真集の大きさもちょうどよかった。
2015/12/06(日)(飯沢耕太郎)
西江雅之『写真集 花のある遠景』
発行所:左右社
発行日:2015年11月20日
西江雅之(1937~2015)は東京生まれの文化人類学者・言語学者。3年間風呂に入らない、同じ服を着続ける、歯ブラシ一本で砂漠を踏破した、といった「伝説」が残るが、生涯にわたってアフリカ、アジア、中米などに足跡を残した大旅行家でもあった。その彼が撮影した数万カットに及ぶ写真群から、管啓次郎と加原菜穂子が構成した遺作写真集が本書である。
前書きとしておさめられたエッセイ「影を拾う」(初出は『写真時代 INTERNATIONAL』[コアマガジン、1996])で、西江は自分にとって写真とは「時間とは無縁に存在する形そのものを作る」ことだったと書いている。何をどのように撮るのかという意図をなるべく外して、被写体との出会いに賭け「『うまく行け!』と、半ば祈りながらシャッターを押す」。このような、優れたスナップシューターに必須の感覚を、西江はどうやら最初から身につけていたようだ。本書におさめられた写真の数は決して多くはないが、その一点、一点がみずみずしい輝きを発して目に飛び込んでくる。「形」を捕まえる才能だけではなく、そこに命を吹き込む魔術を心得ていたのではないだろうか。
西江の写真を見ながら思い出したのは、クロード・レヴィ=ストロースが1930年代に撮影したブラジル奥地の未開の部族の写真をまとめた『ブラジルへの郷愁』(みすず書房、1995)である。レヴィ=ストロースのナンビクワラ族と西江のマサイ族の写真のどちらにも、写真家と被写体との共感の輪が緩やかに広がっていくような気配が漂っている。「人類学者の視線」というカテゴリーが想定できそうでもある。
2015/11/21(土)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2015年11月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
Shizubi Project 5 抽象する場 福嶋敬恭 作品集
2015年8月4日〜9月27日まで、静岡市美術館で開催された「Shizubi Project 5 抽象する場:福嶋敬恭」展のカタログ。
Nobuyuki Osaki Selected Works
ドイツ、ハンブルグのMIKIKO SATO GALLERYより発行された大﨑のぶゆきの作品集。今年5月15日号のartscaepeに掲載された高嶋慈による展覧会レビューが掲載されている。
Picnic
ピクニック形式パフォーマンス「威風DODO」で配布された限定副読本。
京都のちいさな美術館めぐり
京都の見どころは神社仏閣だけに非ず。実は素敵な美術館が数多く存在する芸術都市なのです。これまでの同種のガイド書では掲載しきれなかった小さくても個性的な美術館を、京都を中心に大阪・兵庫・奈良も含め約80館掲載しました。各館の見どころはもちろん、付属のカフェやミュージアム ショップを豊富な写真とともにオールカラーで紹介。地図も含めた詳細なアクセスデータも掲載し、持って使える美術館ガイド書です。[出版社サイトより]
ART BRIDGE Issue 02 Autumn 2015
ABI(Art Bridge Institute)の活動を通して生まれたネットワークをもとに、各地のアートプロジェクトや生きる技術としてのアートのいまをリサーチし、紹介する、ABIの機関誌(フリーペーパー)。特集:わたしたちの知[Art Bridge Instituteウェブサイトより]
2015/11/13(金)(artscape編集部)
[世界を変えた書物] 展 大阪展
会期:2015/11/06~2015/11/23
グランフロント大阪北館 ナレッジキャピタル イベントラボ[大阪府]
金沢工業大学が所蔵する理数工学系の歴史的名著の初版本や、科学者の論文、書簡など130点以上を紹介。会場構成は、アンティークな図書館を模した導入部「知の壁」、中心部に目次のオブジェを据え、そこから枝のように展示が広がるメイン展示の「知の森」、エンディングのインスタレーション「知の変容」並びに映像ブースであった。筆者は理系が苦手なので書物の内容は理解できないが、会場に満ちている「知の殿堂」的雰囲気や、人類が脈々と受け継ぎ発展させてきた知の歴史には大いに魅了された。また、書籍自体もオブジェとして美しかった。同コレクションは、今後一大学の枠を超えて国家的な財産になるだろう。散逸や海外流出が起こらないことを切に願う。また、今後も学外で展示する機会を設けてもらえればありがたい。
2015/11/05(木)(小吹隆文)
中里和人『lux WATER TUNNEL LAND TUNNEL』
発行所:ワイズ出版
発行日:2015年10月5日
中里和人は全国各地に点在する仮設の「小屋」を撮影した代表作『小屋の肖像』(メディアファクトリー、2000年)を見ればわかるように、あまり人が気づかない魅力的な被写体を見つけ出す能力に優れている。本書では、千葉県(房総半島)と新潟県(十日町周辺)に残る、素堀のトンネルをテーマに撮影した写真を集成した。
これらのトンネルは、江戸時代以降に、蛇行する川の流れを変え、かつての河床に水田を開発するために作られたものという。房総では「川廻し」、新潟では「瀬替え」と呼ぶ新田造成のために掘られたトンネルは「間府(まぶ)」と称される。この名称は、どうしてもこの世(光の世界)とあの世(闇の世界)を結ぶ通路を連想させずにはおかない。中里の写真では、トンネルの入口から射し込む光(lux)の圧倒的な物質性が強調されているのだが、これらの写真群は、死者の目で見られた道行きの光景を定着したものといえるのではないだろうか。
そのような、象徴的な意味合いを抜きにしても、素堀の壁に残るツルハシやノミの痕跡、剥き出しになった地層、地下を流れる水の質感、動物の骨や足跡など、それ自体が被写体として実に豊かなディテールを備えているのがわかる。とりたてて特徴のない田園地帯の足下に、このような「日常と非日常を往還するニュービジョン」が隠されていたことは、驚き以外の何ものでもないだろう。このテーマは、さらに別な形で展開できそうな気もする。
2015/10/28(水)(飯沢耕太郎)