artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
荒木経惟『道』
発行所:河出書房新社
発行日:2014年10月30日
2014年4月~6月に豊田市美術館で開催された荒木経惟「往生写集──顔・空景・道」で発表された新作「道路」は、心動かされる作品だった。2011年末に転居したマンションのバルコニーから、真下の道路を毎朝撮り続ける。それだけの写真が淡々と並んでいるのだが、背筋が凍るような凄みを感じる。生と死を含む人間界の出来事のすべてが、その縦長の画面にすべて写り込んでいるように感じてしまうのだ。森羅万象を自在に呼び込んでいく、荒木の写真家としての能力がそこに遺憾なく発揮されているといえるだろう。
その「道路」の連作が、写真集として刊行された。『道』には108枚の写真がおさめられている。いうまでもなく「除夜の鐘」の数であり、このところ荒木の作品に色濃くあらわれてきている仏教的な無常観からくるものだろう。ちなみに、彼の実質的なデビュー作である写真集『センチメンタルな旅』(1971年)も108枚の写真で構成されていた。特筆すべきは町口覚によるブックデザインで、最初と最後の2枚以外はほぼ同じ構図の写真がずっと続く縛りの多いシリーズを、「40頁の観音開き」を巧みに使うことで、見事に写真集としてまとめている。「観音開き」で写真の大きさを変えながら、108枚の写真を最後まで見せきっていくのだ。
それにしても、途中に挟み込まれている何枚かのブレた写真が何とも怖い。その瞬間に、霊的な存在がふっと通り過ぎたような気配が漂っている。
2014/11/23(日)(飯沢耕太郎)
尾形一郎/尾形優『私たちの「東京の家」』
発行所:羽鳥書店
発行日:2014年9月30日
尾形一郎と尾形優の「東京の家」には二度ほどお邪魔したことがある。建築家であり写真家でもある彼らが、日本だけでなくグァテマラ、メキシコ、ナミビア、中国、ギリシャなどを訪れ、そこで見出したさまざまな建築物からインスピレーションを受け、東京の住宅地に過激な折衷主義としかいいようのない不可思議な家を建てはじめた。しかも、この家は少しずつ変容していく。最初はメキシコの教会の「ウルトラ・バロック」的な装飾が基調だったのだが、ダイヤモンドの採掘のためにドイツからナミビアに移住した住人たちの砂に埋もれかけた家にならって、室内にはグレーのペイントで覆われた領域が拡大しつつある。それは、彼らの脳内の眺めをそのまま投影し、具現化したような、まさに実験的としかいいようのないスペースなのだ。
今回、羽鳥書店から刊行された『私たちの「東京の家」』は、その二人の思考と実践のプロセスを丁寧に辿った写真/テキスト本である。読み進めていくうちに、なぜ彼らが東京にこのような「時間と空間すべてがたたみ込まれた」家を建てて、暮らしはじめたのかが少しずつ見えてくる。尾形一郎は、あらゆる視覚的な要素が同時に目に飛び込んでくるので、文字を順序立てて読んだり、文章を綴ったりすることがむずかしい、ディスレクシアと呼ばれる症状を抱えていた。「順番と遠近感を必要としない」写真は、彼にとって必然的な表現メディアであり、その視覚的世界をパートナーの尾形優の力を借りて現実化したのが「東京の家」なのである。「生活の隅々まで同時処理的な場面が増えてくると、逆に、社会環境がディスレクシア脳に近い構造になってきているのかもしれない」という彼らの指摘はとても興味深い。まさに東京の現在と未来とを表象し、予感させる、ヴィヴィッドな著作といえるだろう。
2014/10/25(土)(飯沢耕太郎)
ERIC『EYE OF THE VORTEX』
発行所:赤々舎
発行日:2014年9月8日
東京・銀座のガーディアン・ガーデンで開催されたERICの個展「Eye of the Vortex/ 渦の眼」(2014年9月8日~25日)を見逃したのは残念だった。秋は展覧会が立て込んでいるので、ついうっかり忘れてしまうことがよくある。
だが、同時期に発売された同名の写真集を見ることができた。展示で確認することはできなかったが、明らかにERICの撮影のスタイルがかわりつつある。これまで彼が日本や中国で撮影してきた路上スナップでは、6x7判のカメラのシャープな描写力を生かして、近距離から獲物に飛びつくようにシャッターを切っていた。時には白昼ストロボを発光させることもあり、鮮やかなコントラストの画面は、群衆の中から浮き出してくる“個”としての人物たちの、むき出しの生命力を捉えきっていた。だが、今回インドを舞台に撮影された『EYE OF THE VORTEX』のシリーズでは、カメラのフォーマットが35ミリサイズに変わったこともあり、より融通無碍なカメラアングルをとるようになった。被写体との距離感も一定ではなく、かなり遠くからシャッターを切っている写真もある。正面向きの人物だけではなく、横向き、後ろ向き、あるいは人物が写っていないカットまである。
このような変化は、やはりインドという「めくるめく混沌」の地を撮影場所に選んだことによるのだろう。また、香港から日本に来て写真家として活動し始めてから10年以上が過ぎ、彼の眼差しがさまざまなシチュエーションに対応できる柔軟性を備え始めているということでもある。さらに、路上スナップの方法論を研ぎ澄ませていけば、写真による「群衆論」の新たな可能性が開けてくるのではないだろうか。
2014/09/28(日)(飯沢耕太郎)
山本二三展
会期:2014/08/04~2014/09/23
静岡市美術館[静岡県]
会期:2014/08/04~2014/09/23
会場:静岡市美術館
地域:静岡県
サイト:http://www.shizubi.jp/
執筆者:松永大地
「天空の城ラピュタ」とか、「火垂るの墓」とか日本人なら誰でも見たことがあるくらい有名なアニメの風景。アニメの記憶と一緒に見る風景からは、また別の物語を紡ぐことができるし、そして、そこに秘められていた(原画を見るまでは知る由もなかった)緻密すぎるタッチと繊細な色彩を堪能することができた。人物不在の庭への想像力は大切にしたい。
2014/09/20(土)(松永大地)
カタログ&ブックス│2014年9月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
磯崎新Interviews 磯崎新1954-2014 建築-芸術 - 批評をめぐる闘争と展開 -
建築家として第一線にありながら、また傑出した建築理論家として、戦後建築に圧倒的な足跡を残す磯崎新。磯崎が建築家として出発した1954年から現在までの活動を、気鋭の建築家、日埜直彦が詳細に追跡したインタヴュー集。このインタヴューは磯崎の時々の作品と言説をテーマ、トピックス別、クロノロジカルに整理しつつ、また時に逸脱もしながら2003年からほぼ10年をかけて行なわれた。戦後建築史のみならず、現代建築と隣接するアート領域でのムーヴメントを語る上でも貴重な証言となっている。[LIXIL出版サイトより]
必然的にばらばらなものが生まれてくる
ヴェネチア・ビエンナーレのコラボレーション(協働作業)とコレクティヴ・アクト(集団行為)から1998 年の初期の映像作品まで、現在から過去へ年代順に遡り、27 のテーマに分けて「作品」と「制作行為」を具体的に論じた書き下ろしテキストを収録。 また展覧会カタログや美術雑誌への寄稿のほか、2000 年に野比千々美名義で発表した評論を再録。東京国立近代美術館キュレーターの蔵屋美香、美術家の藤井光、評論家の林卓行との対話も収録し、アーティスト田中功起の真髄に迫る。[武蔵野美術大学出版局サイトより]
Under 35 Architects exhibition
9月4日から10月4日まで、 大阪・南港 ATC ODPギャラリーで開催されている同展(「35歳以下の新人建築家7組による建築の展覧会」)の展覧会カタログ。ゲスト建築家の伊東豊雄へのインタヴュー、五十嵐淳、五十嵐太郎、石上純也、平沼孝啓、藤本壮介、吉村靖孝による寄稿、倉方俊輔による出展者へのインタビューなどを展覧会記録とともに掲載。
NATURAL ARCHITECTURE NOW ナチュラル アーキテクチャーの現在
2006年(日本語版は2008年)に出版された『ナチュラル アーキテクチュア』の第二巻。24組のアーティストによる現地調達できる低コストの自然素材と簡単な技術で構築したパビリオン、展望台、シェルター等を豊富な写真やスケッチで紹介。環境、景観、コミュニティの課題をテーマにした、建築やインスタレーションの実験的な取り組みの実録。
Switch別冊 札幌国際芸術祭 2014 OFFICIAL GUIDEBOOK
7月19日から9月28日まで、札幌市内各所で開催されている「札幌国際芸術祭 2014 都市と自然」の公式ガイドブック。ゲストディレクター坂本龍一によるイントロダクションと出品作家へのインタビュー、作品紹介、D&DEPARTMENT HOKKAIDO by 3KGの編集による観光グルメ案内「札幌の観光をデザインの視点で考える」の頁等によって構成。
2014/09/16(火)(artscape編集部)