artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
畠山直哉『陸前高田 2011-2014』
発行所:河出書房新社
発行日:2015年5月30日
本書の巻末におさめられた畠山直哉のエッセイ「バイオグラフィカル・ランドスケイプ」を読んで、東日本大震災の過酷な体験が彼に与えた傷口の大きさと、それを契機にした彼自身の変化についてあらためて思いを巡らせた。「大津波によって、僕は自分が、なんだか以前より複雑な人間になったと感じている」と彼は書く。このややシニカルにも聞こえかねない言い方は、当然彼の写真にもあらわれてきている。写真もまた「より複雑」になり「気むずかしい」ものになっているのだ。
一見すると、震災後の故郷、岩手県陸前高田市の風景を淡々と記録し続けた写真の集積のようだが、「20110319」から「20141207」まで、日付が小さく右下に付された写真集のページを繰っていくと、写真家が何を見てシャッターを切っているのか(逆にいえば、何を写さないようにしているのか)、その選択の積み重ねが、息苦しいほどの緊張感をともなって感じられてくる。震災直後の凄惨なカオスの状況は、半年も経つと日常化し、「ほっかほっか亭」や「希望のかけ橋」が出現し、2012年8月には「気仙川川開き」の行事が復活してくる。とはいえ、むろん故郷が震災前に戻ったわけではない。視界には根こそぎすべてが流失してしまった海沿いの土地と、低い土地から移転するために山を崩して造成されつつある空虚な空間が、黴のように広がっている。それらを見ながら、われわれもまた畠山とともに「わからない。わからないけど……」と自問自答せざるを得ない。いや、むしろ「わからない」ことを何度でも確認するために、過去の記録として整理され、忘れ去られていくことを潔癖に拒否し続けるためにこそ、この写真集が編まれたといってもよいだろう。
震災という大きな出来事と畠山自身の「個人史」、それらを「膠着」させ、分かちがたいものとし、彼にとっても読者にとっても「手に負えないもの」として保持し続けようという強い意志が本書には貫かれている。震災が決して終わらない(続いている)のと同様に、この陸前高田を舞台とする「バイオグラフィカル・ランドスケイプ」もまだ続いていくのだろう。それを見続け、考え続けていきたい。
2015/06/24(水)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2015年06月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
小泉明郎 捕われた声は静寂の夢を見る
声にならない声。意識の下に眠る感情。私たちの身体と精神はどのようにして〈人間〉を形作っているのか。独自の映像表現によって〈人間〉の営みを捉え、世界から熱い注目を集めるアーティスト、小泉明郎。アーツ前橋で開催された、小泉の初期作品から近作までを一望する初の本格的個展の図録。[出版社サイトより]
広場 Hiroba:All about “Public spaces” in Japan
隈研吾をはじめとする先鋭のクリエイターの手による独自的な「現代の広場」、また意図を超え、自然に人が集まる「想定外の広場」など様々な事例を紹介、よりよい街・場の作り方、街のつかいかたの一案を提示します。[出版社サイトより]
幻燈スライドの博物誌 プロジェクション・メディアの考古学
早稲田大学演劇博物館が所蔵する写し絵や幻燈のスライドコレクション3,000点のアーカイブ「幻燈データベース」のなかから厳選した350点を所収。2015年4月1日~8月2日に開催中の「幻燈展――プロジェクション・メディアの考古学」と連動している。
アイデア No.370 特集|思想とデザイン
思想を人に伝えるためには、なんらかの素材や形に定着させなければならない。したがって思想は無形のものとしては存在しえず、インターフェイスとしての書物とそのデザインに大きく規定されてきた。またメディアの広がりとともに、思想は活字ではなく音や図像も含めた空間のなかに展開されるようになってきた。時代と共に移り変わってきた思想とデザインの関係に、気鋭の若手研究者、評論家とともに切り込む特集。企画とアートディレクションは、現在、美術・建築・人文系をはじめとする幅広い領域で活躍するデザイナー・加藤賢策(ラボラトリーズ)が担当。[出版社サイトより]
2015/06/12(金)(artscape編集部)
三井の文化と歴史(後期)──日本屈指の経営史料が語る三井の350年
会期:2015/05/14~2015/06/10
三井記念美術館[東京都]
三井文庫の開設50周年と三井記念美術館の開館10周年を記念する展覧会。春季展の後期は、三井文庫が所蔵する17世紀半ばから20世紀までの経営史料、文書類、絵画などを通じて、三井家及び三井の事業の350年にわたる歴史を紐解く。三井文庫の前身は明治36年10月に旧三井本館内に設けられた三井家編纂室。大正7年に現在の品川区豊町に移転して三井文庫と称し、三井の家族史および事業史の蒐集・整理・編纂作業が行なわれてきた。戦後その活動は一時休止するが、昭和40年に財団法人として再出発。戦前期は史料は外部には非公開であったが、昭和41年からおもに研究者を対象として公開されている。所蔵している史料は、近世を中心とした三井家記録文書と、近代の三井関係会社事業史料、そして三井家の顧問であった井上馨関係史料などから構成されている。これらの史料の多くはけっして偶然に残されたものではない。すでに三井の元祖・三井高利(1622-1694)とその子どもたちが活躍した元禄・宝永期には文書の体系化と保存への意識がみられ、享保期(1716-1735)にはその保管も体系的に行なわれ始めていたという事実には驚かされる。帳簿や文書類を保管・管理するための当時の帳簿も現存しているのだ。もちろんそれらは事業を管理・継続していくことを目的としたものであるが、歴史研究者にとっては近世から近代にかけての日本の商業や金融の発展を跡づけるうえでかけがえのない史料となっている。本展ではそうした、事業を記録し残すという活動にもまた焦点が当てられている。
展示前半は近世江戸期。松坂の商人・三井高利のルーツから江戸への進出、三井家とその事業である呉服店と両替店の展開が示される。後半は近代明治以降で、三井銀行・三井物産・三井鉱山の歴史を中心に構成されている。いずれの項目も出来事に合わせてキーとなる史料が選ばれて展示されているが、史料があってこそ歴史が明らかにされ、叙述されていることを忘れるわけにはいかない。
展示されている史料は三井文庫の10万点におよぶコレクションからいずれも厳選されたものばかりであるが、いくつかをピックアップしてみる。「商売記」(1722)は三井高利の三男・高治が高利の事業について記録したもの。高利が江戸で成功を収めた新商法「現金掛け値なし」もここに記されている。「店々人入見合書帳」(1764)は越後屋の江戸と大坂の営業店と競合呉服店の来店者数を記録した史料。他店のデータは店先に奉公人を派遣して調べさせ、その数は三井独自の符帳で帳面に書かれている。この符帳は他にもさまざまな文書に用いられていたという。奉公人の不始末──商品の横流しや使い込み、門限破りなど──を記録した「批言帳」(1786)も、江戸期の奉公人の実態を知るうえで興味深い。近代の史料としては、富岡製糸場でつくられた生糸(1901)がある。明治半ばに三井銀行の経営改革を行なった中上川彦次郎(福沢諭吉の甥)は工業部を新設して三井の工業化路線を推し進めた。政府から払い下げを受けた富岡製糸場もそのひとつである。しかし業績の不振、中上川の三井内部での孤立と早い死ののち、工業部門は売却または独立させられていった。富岡製糸場は原富太郎(三渓)の原合名会社に売却されている。三井家関連史料としては一族の資産共有を定め結束を象徴する「宗竺遺書」(1722)、「三井家憲」(1900)がとても興味深い。大正から昭和初期にかけての三井家の人々の姿、視察旅行などを捉えた映像もまた見所である。[新川徳彦]
関連レビュー
2015/05/27(水)(SYNK)
林明輝『空飛ぶ写真機』
発行所:平凡社
発行日:2015年5月12日
『水のほとり』(愛育社、2001年)、『森の瞬間』(小学館、2004年)など、クオリティの高い風景写真集を刊行してきた林明輝は、近頃何かと話題になっているドローン(マルチコプター)にカメラを搭載して、2013年から全国各地を撮影しはじめた。ヘリコプターやセスナからの航空写真では、150メートル以下の高度での撮影はできない。だが、ドローンならかなり低い高度からでも撮影可能なので、カメラアングルや構図を自由に選択できる。まさに「鳥の目線だけでなく、時には昆虫の目線で」見た眺めを定着できるということだ。撮影機材が軽量化したことも大きかった、2400万~3600万画素という高画質であるにもかかわらず、重さは1キログラム程度のミラーレス一眼レフカメラの出現で、飛行時間が数分から20分に伸びたという。
結果として、「撮り尽くされたと思われる有名な景勝地であっても、新鮮な風景」が見えてくることになった。たしかに北海道から沖縄まで、四季とりどりの風景写真をおさめた写真集のページを繰ると、地上からの眺めとしては見慣れたものであっても、上方から思いがけない角度で見下ろした風景は、浮遊感を生み出す思いがけないものになっている。ただ、今のところはまだ「有名な景勝地」のネームバリューに頼っている写真も目につく。氷の穴の中に水が落ち込む「石川県/百四丈滝」の滝壺の写真のように、無名の景観に新たなピクチャレスクを再発見していくことが、さらに求められていくのではないだろうか。
なお、写真集の刊行にあわせてソニーイメージングギャラリー銀座で同名の写真展が開催された(前期5月1日~14日、後期5月15日~28日)。同展は来年4月まで山形、横浜、大田(島根県)、広島、東川(北海道)、富山などに巡回する予定である。
2015/05/13(水)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2015年05月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
MEDIA/ART KITCHEN - Reality Distortion Field - AOMORI ユーモアと遊びの政治学
2013年から2014年にかけて、ジャカルタ、クアラルンプール、マニラ、バンコクで実施された「MEDIA/KITCHEN」展から発展して、2014年7月26日〜9月15日に国際芸術センター青森で開催された展覧会の記録集。参加作家は萩原健一、バニ・ハイカル、堀尾貫太、クワクボリョウタ、毛利悠子、ナルパティ・ワンガa.k.a.オムレオ、レオン・アルティス、プリラ・タニア、チャラヤーンノン・シリポン、ファイルズ・スライマン、竹内公太、田村友一郎。個々の作家が持っているメディア環境と現代社会の関係への意識、また日常生活に根ざし、ユーモアを持った創造力が示されている。
青森市所蔵作品展 歴史の構築は無名のものたちの記憶に捧げられる
2015年2月7日〜3月15日に青森公立大学国際芸術センター青森(ACAC)で開催された同名展の記録集。青森市が所蔵する約15,000点に及ぶ生活用品や民具などを一般に広く公開する目的で、2007年から年に一回展覧会が開催されている。3年前からは、学芸員による企画展ではなく、ACACに滞在するアーティストの視点から、新しく地域の資源を読み直す展覧会がつくられている。今回は映画監督/美術家の藤井光による、明治から昭和の高度経済成長期にかけての東北で、日本という国が形成されてきたさまを収蔵品からあぶり出し、アーカイブ・博物館の本質をも再考する展覧会が開催された。
山口小夜子──未来を着る人
2015年4月11日〜6月28日、東京都現代美術館で開催している同名展のカタログ。70〜80年代のトップモデル時代、資生堂の専属モデル時代の写真のほか、さまざまなジャンルのクリエイターとコラボレートした記録が掲載されている。また、彼女と協働し、影響を与え合った多彩な顔ぶれによる山口小夜子論が展開されている。
他人の時間|TIME OF OTHERS
崔敬華、橋本梓、ミッシェル・ホー、ルーベン・キーハンの4人のキュレーターの企画展「他人の時間」のカタログ。アジア・オセアニア地域の現代作家18名の作品をとおして、理解できない隔たりを持った「他人」とのつながり、その分断とは何かを問い直す企画展。出品作家は、キリ・ダレナ、グレアム・フレッチャー、サレ・フセイン、ホー・ツーニェン、イム・ミヌク、ジョナサン・ジョーンズ、河原温、アン・ミー・レー、バスィール・マハムード、mamoru、ミヤギフトシ、プラッチャヤ・ピントーン、ブルース・クェック、下道基行、ナティー・ウタリット、ヴァンディー・ラッタナ、ヴォー・アン・カーン、ヤン・ヴォーなど。2015年4月11日〜6月28日、東京都現代美術館で、7月25日〜9月23日、国立国際美術館で開催。
シンプルなかたち:美はどこからくるのか
パリ・ポンピドゥーセンター・メスとの共同企画の展覧会の公式カタログ。「シンプルなかたち」として、古今東西の名品から選りすぐった130点に日本独自の展示物60点が加えられている。
2015/05/12(火)(artscape編集部)