artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
新井卓『MONUMENTS』
発行所:フォト・ギャラリー・インターナショナル
発行日:2015年9月1日
新井卓はここ10年ほど、ダゲレオタイプの作品を制作・発表している。ダゲレオタイプはいうまでもなく、1839年にルイ・ジャック・マンデ・ダゲールがその発明を公表した「世界最初の実用的な写真技法」であり、金属板に沃化銀で画像を定着するためには、複雑で手間のかかるプロセスを経なければならない。しかも新井が撮影しているのは、福島第一原子力発電所の事故現場の周辺地域、死の灰を浴びた第五福竜丸の展示館、アメリカ・ニューメキシコ州の核実験サイト、長崎・広島の原爆遺構や遺品など、アクチュアルな歴史的、社会的な「現場」ばかりだ。普通なら「報道写真」として大量に印刷・公表されていくような被写体を、わざわざ一回の撮影で一枚の写真しか残すことができないダゲレオタイプで制作しているところに、新井の意図が明確にあらわれている。つまり、日々消費され、忘れ去られていく出来事を、あえて「モニュメント」として時の流れの中に屹立させようというもくろみなのだ。
さらに今回、2011年の東日本大震災以降に制作された作品をまとめた写真集を刊行するにあたって、新井は「ダゲレオタイプを印刷するという矛盾」(竹内万里子)も引き受けようとしている。それは複製が不可能であるというダゲレオタイプの特性を否定することに他ならない。だが大西正一によって丁寧にデザイン・造本された黒い箱入りの写真集は、別な意味でそれ自体が「モニュメント」性を獲得しているように見える。新井の仕事につきまとう矛盾や逆説は、マイナス札が揃うとプラスに転じるような効果をもたらしているのではないだろうか。
2015/10/27(火)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2015年10月
THE CURATOR'S HANDBOOK──美術館、ギャラリー、インディペンデント・スペースでの展覧会のつくり方──
なぜ、いま「キュレーター」の仕事がますます重要度を増しているのか? よりよい展示企画、スムーズな展覧会運営のために、これからのキュレーターがなすべきこと、気をつけなくてはいけないことは、一体何か? 本書は、現役のキュレーターや学芸員志望の学生、拡張する現代のキュレーションを学ぶ人に向けた、キュレーターの仕事についてのすべてが詰まった実践的なハンドブックです。[出版社サイトより]
ファッションは更新できるのか?会議──人と服と社会のプロセス・イノベーションを夢想する
本書は、「ファッションは更新できるのか?会議」と銘打ち、インターネットが前提となった現代の社会において、ものをつくるプロセスが変化し「共同・共有・共創の時代」が訪れつつある今、ファッションデザインやそのアーキテクチャを今一度考えてみることを目的として連続的に行なわれた会議の議事録と、そこから派生した論考、そして注目のファッションデザイナーへのロングインタビューを1冊に編纂した、ファッションを自由に議論し解放するための書物です。[出版社サイトより]
vanitas No.004 特集=アーカイブの創造性
ファッションの批評誌『vanitas』第4号は、いままであまり結びつけて考えられることのなかった「ファッションとアーカイブ」を特集として、さまざまに考察する。
コミュニケーションのデザイン史──人類の根源から未来を学ぶ──
「コミュニケーション」における「デザイン」の歴史的役割と育まれた理念を、社会のなかで形作られてきた様々な道具、技術、制度、思想などから横断的に検証し、21世紀の価値ある「コミュニケーション」のありかたを模索します。[出版社サイトより]
にもかかわらず 1900-1930
モダニズム移行期の巨匠として広く認められながらも、そのような歴史理解をはるかに逸脱した謎でありつづけるアドルフ・ロースの主著、初の全訳。都市・建築のみならず家具、工芸品、ファッション、音楽、料理、テーブルマナーにいたるまで──20世紀初頭のウィーンで盟友カール・クラウスとともに論陣を張ったスキャンダラスな毒舌家による同時代「スペクタクル社会」批判が展開する。[出版社サイトより]
2015/10/15(木)(artscape編集部)
カタログ&ブックス│2015年09月
ディン・Q・レ展:明日への記憶
森美術館で2015年7月25日から開催中の気鋭のベトナム人アーティストのアジア初個展のカタログ。ベトナム戦争終結から40年、公式の歴史からは隠された個人の記憶からあらたな歴史を再編成する。
好きなことはやらずにはいられない 吉阪隆正との対話
吉阪隆正はル・コルビュジエの日本人弟子3人のうちの一人であり、ヴェネチア・ビエンナーレ日本館、大学セミナー・ハウス、呉羽中学校など、モダニズムに収まりきらない数々の特異な建築を設計している。また建築家としてだけでなく、教育者として、思想家としても多くの言葉を残した。遺志を引き継ぐ建築家たちによる「吉阪隆正集」(勁草書房、1985〜86年)に収められた言葉とダイアグラム、スケッチのアンソロジー。
現代建築家コンセプト・シリーズ20 安東陽子|テキスタイル・空間・建築
テキスタイルデザイナー・コーディネーター安東陽子の初となる作品集。本書では、「空間」「光」「関係」「かたち」といったテキスタイルを取りまく要素から作品がつくられていく様を、美しい写真とともに紹介。[出版社サイトより]
デッドエンド・モダニズム
いま私たちが直面しているのは、超資本主義的な状況のなか、都市や建築が崩壊していくさまであると建築家・岸和郎は言う。本書では、近代社会が保持してきた価値観が揺らぐ現在、建築はいかに存在価値を持ちうるのかを考える。[出版社サイトより]
日記のなかの建築家たち
雑誌『a+u』の初代編集長であった中村敏男が1953年から刊行時点の2015年現在まで書き続けている日記を下敷きとした回想録。日記には某日の某人が、夜会の席でつけていたネクタイの色まで記されている。私たちは20世紀後半の幾人もの建築家、建築史家たち、そして遺された人々の等身大の動きを知ることができるだろう。[出版社サイトより]
Under 35 Architects exhibition 2015 OPERATION BOOK
今年6回目を迎える「Under 35 Architects exhibition」の図録。
KIITO ドキュメントブック 2014
デザイン・クリエイティブセンター神戸(KIITO)の2014年度の活動記録。
2015/10/15(木)(artscape編集部)
吉村和敏『雪の色』
発行所:フォトセレクトブックス
発行日:2015年9月25日
吉村和敏は日本を代表する風景写真家の一人。デビュー作の『プリンス・エドワード島』(講談社、2000年)以来、内外の風景を、光と色の効果を駆使して、ロマンチックに描き出す作品を次々に発表して人気を博してきた。だが一方で、彼は何気ない日常の風景に潜む「繊細な日本の美」をシャープな画像で定着する作品も制作している。今回刊行された『雪の色』は『Sense of Japan』(ノストロ・ボスコ、2009)、『CEMENT』(同、2010)、『SEKISETZ』(丸善出版、2013)といった写真集の系譜に連なるものであり、吉村の写真家としての志の高さがよくあらわれていた。
本書のテーマになっているのは、タイトルから想像できるような雪そのものの色ではなく「雪の中の色」である。降り積もる雪の中を車で走っていると、道路標識、漁船、鳥居、自動販売機、郵便ポスト、バス停、自動車など「カラフルな色」が目の前にあらわれてくる。吉村はそれらを撮影することで、そこに「雪国で、雪や曇りのときだけ現れる不思議な色彩世界」を見出そうとしている。これは、なかなか興味深い視点だと思う。普段は逆に違和感を覚えるような派手な原色の道路標識や郵便ポストが、白い雪の風景に配置されると、いかにも日本的な渋い色味に見えてくるのだ。セメント工場の緻密かつデリケートな美しさを捉えた『CEMENT』もそうだったが、逆転の視点で見直すことで、日本の風景写真に新たな可能性が拓けてくるかもしれない。
2015/09/27(日)(飯沢耕太郎)
伊奈英次『YASUKUNI』
発行所:Far East Publishing
発行日:2015年8月15日
伊奈英次が靖国神社を撮るのは意外なことではない。というのは、彼には既に全国各地の天皇陵を長期間にわたって撮影した労作『Emperor of Japan』(Nazraeli Press, 2008)があるからだ。
だが、デビュー作の「都市の肖像」(フォトギャラリー・OWL、1981年)以来、これまでの主に風景写真的なアプローチで撮影した写真を見慣れてきた者にとっては、今回の写真集にはかなりの違和感を覚えるだろう。伊奈が1989年から続けているこのシリーズで、彼がカメラを向けているのは、靖国神社の境内に群れ集う人物たち(やはり右翼、愛国者といった人たちが多い)だからだ。アプローチとしては典型的な「社会的風景」を志向するスナップショットであり、一癖も二癖もありそうな人物たちが、モノクロームの中判カメラでくっきりと切り出されている。
伊奈のこの撮影対象と手法の変化は、むしろ靖国神社というテーマから必然的に導き出されたのではないだろうか。そこは建物や広場に意味があるのではなく、そこに集まってくる群衆のうごめきや、彼らが引き起こすイベントこそが重要なファクターになるからだ。とはいえ、伊奈は報道写真的なアプローチをめざしているわけではない。むろん「小泉首相の参拝」や「石原慎太郎都知事参拝」といった出来事も写してはいるが、その詳細を記録・伝達するというよりは、さまざまな要素がひしめき合うカオス的な状況こそが、伊奈の関心の的なのだ。アメリカ各地で開催されたイベントを撮影したゲイリー・ウィノグランドの名作『Public Relations』(1977年)のように、このアプローチを推し進めていけば、靖国神社以外に撮影対象を広げていくことも考えられそうだ。
2015/09/23(水)(飯沢耕太郎)