artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
カタログ&ブックス│2014年7月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
仕事帰りの寄り道美術館
仕事帰りに寄り道できる都内、千葉、横浜の美術館を豊富な写真で紹介。常設展示だけでなく、レストランやミュージアムショップの情報も掲載されている。
白熱講義 これからの日本に都市計画は必要ですか
2010年 11月から震災をはさんだ2013年6月にかけて、蓑原敬と彼のもとに集まった若い研究者たちによる研究会の記録。「近代都市計画の歴史やその課題、問題点を根本から考え直し、さらに自分が置かれている日本の現場と時代を踏まえて、日本の都市計画をラディカルに考え直すことが始まった。」[本書より]
東京×小説×写真
Berettaは東京写真学園・写真の学校の在校生と卒業生による写真家集団。東京を舞台にした 103の小説の実際の場所を撮影した写真集。
α崩壊
「戦後、南北アメリカに渡ったヒロシマ・ナガサキの被爆者たち。原爆をめぐる彼・彼女らの記憶にアートはいかに迫りうるか? 被爆者たちの声に向き合い証言の声紋を作品として発表しつづけるアーティストの創作過程を描く手記。3.11以降の世界に向けてのアート。」[帯より]
Anticorps 抗体
ラリー・クラークとナン・ゴールディンに写真を学び、マグナム・フォトスに所属しながら、ドキュメンタリーとアートの両域にまたがる仕事をしているアントワーヌ・ダガタの写真集の日本語版。1991〜2012年までに世界各地で撮影された写真とダガタ本人による33ページにおよぶテキストが、生々しい性,暴力、死と生、私たちが生きる現代社会の現実を見るものに鋭く突きつける。 2013年アルル国際フェスティバルのブックアワードを受賞。
寝そべる建築
建築、まちづくりにも役立つ! 自由な発想で場所と人をデザインする、大人版・秘密基地18の方法。これからの時代を生き抜くアイデアとヒント。創造力と心の拠り所になるコミュニティづくり。自分らしく生きたいと思ったら、自分のための空間を作ろう。その手順がこの本には詰まってる[本書帯より]
2014/07/15(火)(artscape編集部)
林典子『キルギスの誘拐結婚』
発行所:日経ナショナルジオグラフィック社
発行日:2014年06月16日
東日本大震災以降、フォトジャーナリズムの世界にも新しい風が吹きはじめているように思う。スイスの出版社から『RESET─BEYOND FUKUSHIMA 福島の彼方に』(Lars Müller Publishers)を刊行した小原一真、チェルノブイリ、北朝鮮、タイ、チュニジアなどを含む2011年の行動記録を写真文集『2011』(VNC)にまとめた菱田雄介らとともに、林典子もその担い手の一人である。彼らに共通しているのは、海外メディアのネットワークを幅広く活用していく行動力に加えて、ある出来事のクライマックスを短時間で撮影して済ませるのではなく、「その後」を粘り強く、何度も現地を訪れてフォローしていることだろう。そのことによって、一つの解釈におさまることのない、柔らかな広がりを持つ視点が確保されているのではないかと思う。
林はアメリカの大学に留学中の2006年に、西アフリカのガンビアで、地元の新聞社の記者たちの同行取材をしたのをきっかけにして、フリーの写真家への道をめざすようになる。その後、カンボジアでのHIV患者、パキスタンでの顔に硫酸をかけられて大火傷を負った女性たちの撮影・取材を経て、2012年7月から中央アジア、キルギスで「誘拐結婚」の撮影を開始した。友人たちと共謀して、目をつけた女性を無理やり自分の家に連れ込み、結婚を迫るという「誘拐結婚」は、キルギスの伝統的な慣習と思われがちだが、暴力的な要素が強まったのは、旧ソ連の統治時代以降のことだという。
林は、「誘拐結婚」を企てていた男性と偶然遭遇し、そのことによって現場を密着取材することができた。その緊迫した場面をとらえた写真群は、むろん素晴らしい出来栄えだが、むしろさまざまな「誘拐結婚」のさまざま形(幸せに暮らしている老夫婦もいる)を、細やかに紹介することに配慮している。あくまでも女性の視点に立ち、被写体となる人たちとの個人的な関係を起点としていく撮影のやり方は、フォトジャーナリズムの未来と可能性をさし示すものといえる。
2014/07/03(木)(飯沢耕太郎)
カタログ&ブックス│2014年6月
展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
世界のデザインミュージアム
美術評論家・暮沢剛巳が現地取材した世界9カ国25館のデザインミュージアム。コレクションにとどまらず、その由来や展示空間、建築、そして19世紀以降のデザイン展開の歴史についても徹底解説。この1冊でデザインミュージアムのすべてがわかる! [本書カバーより]
Rhetorica#02 特集:DreamingDesign
レトリカ新刊の特集は、技術と未来を考える方法としてのデザインです。人工物と人間の絡み合いを解きほぐし、再構成する。そのことを通じて、現実に対するイメージを変容させる。そんな技法としてのデザインについて考えています。目次=巻頭言:「人工物に夢を見せる」論考:太田知也「Fitter Happier? ──〈人間?人工物〉共生系の都市論」論考:松本友也「ヴァーチャル化とディスポジション──DreamingDesignについてのノート」勉強会:中村健太郎+松本友也+瀬下翔太「逡巡するアルゴリズム」往復書簡:成上友織+松本友也「いま再び、キャラクターについて」[本書特設ウェブサイトより]【http://rheto2.rhetorica.jp/】
現代建築家コンセプトシリーズ17 大西麻貴+百田有希/o+h
2008年から活動をはじめ、コンペ案や展覧会、住宅作品を発表してきた「大西麻貴+百田有希/o+h」による、国内初の単著。生活空間に物語を与え、生活時間を豊かにし、生活のすべてを尊ぶという、建築の本来の姿をどのように現在の世界にうみだすことができるだろうか。そう問い続けながら大西と百田は、建築におけるあらゆる物事のあるべき関係やディテールを考えなおし、建築が新しく輝き、もっとも愛される瞬間を探している。本書では、大西麻貴+百田有希/o+h の8つの作品が、どのような物事の関係性からうみだされたかを綴る。阿部勤氏との往復書簡、西沢立衛氏との対話も掲載。バイリンガル[本書「かたちをこえる──AIRの枠組みそのものをtrans×formする試み」より]
アトリエ・ワン コナモリティーズーーふるまいの生産
アトリエ・ワンにとって、共同体と都市空間、小さなスケールの住宅と大きなスケールの街をつなぐものは何か。30年におよぶ活動の上に、いま彼らは「コモナリティ」(共有性)のデザインの重要性を位置づけます。「コモナリティ」のデザインとは、建築や場所のデザインをとおして、人々がスキルを伴って共有するさまざまなふるまいを積極的に引き出し、それに満たされる空間をつくりだすことです。 本書では、アトリエ・ワンの「コモナリティ」をめぐるさまざまな思考と作品を紹介します。 世界各地で出会ったコモナリティ・スペースの収集と分析、建築・思想書の再読、また芸術創造、歴史、社会哲学論の観点から「コモナリティ」を考える3つの対話も収録。アトリエ・ワンによる都市的ふるまいや文化的コンテクストを空間に反映させる実験的なインターフェイスである《みやしたこうえん》、《北本駅西口駅前広場改修計画》、《BMWグッゲンハイム・ラボ・ニューヨーク》、《同・ベルリン》、《同・ムンバイ》、《カカアコ・アゴラ》も解説とともに掲載。」[LIXIL出版社サイトより]
αMプロジェクト2013 楽園創造[パラダイス]—芸術と日常の新地平—
武蔵野美術大学創立80周年にあたる2009年、かねてより待望されていた恒常的なギャラリースペースが、千代田区東神田に「gallery αM」として新たにオープン。2013年度には、中井康之氏をゲストキュレーターに迎え、連続展「楽園創造—芸術と日常の新地平—」を開催いたしました。本カタログには、現在活躍中の作家6名と1組による7回の展覧会のそれぞれについての論考と作家趣旨文、会場風景の写真とアーティストトークの記録がまとめられております。[本書より]
東京国立近代美術館 研究紀要 第18号
東京国立近代美術館が一年度に一回刊行している研究紀要。今号では、論文「アジアからの美術書誌情報の発信」、「吉澤商店主・河浦謙一の足跡(1)」、資料紹介「メディア連携を企図する館史としての『東京国立近代美術館60年史』」などを収録している。
2014/06/16(月)(artscape編集部)
小原真史・野部博子編『増山たづ子 すべて写真になる日まで』
発行所:IZU PHOTO MUSEUM
発行日:2014年5月9日
2013年10月にスタートし、2014年7月27日まで延長が決まったIZU PHOTO MUSEUMの「増山たづ子 すべて写真になる日まで」展は、じわじわと多くの観客の心を捉えつつある。巨大ダムの建設によって水底に沈んだ岐阜県徳山村で、1977年から10万カットに及ぶという膨大な記録写真を残した増山たづ子の仕事は、写真の撮影と受容の最もベーシックで普遍的なあり方を指し示しているように思えるのだ。
その展覧会のカタログを兼ねた写真集が、ようやくIZU PHOTO MUSEUMから刊行された。2006年に亡くなった増山は、生前に『故郷─私の徳山村写真日記』(じゃこめてい出版、1983年)をはじめとして、4冊の写真文集を刊行している。だが、今回の小原真史・野部博子編の写真集は、その仕事の全般に丁寧に目配りしているとともに、資料・年譜なども充実した決定版といえる。ページをめくっていると、「徳山村のカメラばあちゃん」の行動が巻き起こした波紋が、多くの人たちを巻き込みながら、さまざまな形で広がっていく様子が浮かびあがってくる。
巻末におさめられた「増山たづ子の遺志を継ぐ館」代表の野部博子の文章を読んで、増山の写真の強力な喚起力、伝達力の秘密の一端が見えた気がした。増山は写真を撮り続けながら、昔話の語り部としても抜群の記憶力と表現力を発揮していた。彼女が語る昔話の特徴の一つは「固有名詞が挿入されること」だという。普通は特定の場所、時間、名前抜きで語られることが多いにもかかわらず、彼女の話は「身近な所の話として語りはじめ、さらに地名、人名を入れて語っている」のだ。これはまさに増山の写真とも共通しているのではないだろうか。徳山村の顔見知りの人たち、見慣れた風景、毎年繰り返される行事に倦むことなくカメラを向けることによって、彼女はそこに起った出来事すべてを、「固有名詞」化して記憶し続けようとしたのだ。
2014/06/06(金)(飯沢耕太郎)
米田知子『雪解けのあとに』
発行所:赤々舎
発行日:2014/05/16
米田知子は2004年9月~11月に、同年5月にEUに加盟したばかりのハンガリーとエストニアを訪れた。EU加盟国が25カ国に拡大したのを受けて企画された「EU・ジャパンフェスト」の一環として、写真集シリーズ『In-between』第9巻(EU・ジャパンフェスト日本委員会、2005)におさめる写真を撮影するためだった。本書はその10年後に、あらためて再編集した完全版といえる写真集である。
両国とも旧ソ連圏から脱して民主化・独立を成し遂げ、既に14年あまりが経過していた時期だが、まだ社会主義時代の雰囲気が色濃く澱んで残っているように見える。米田はハンガリーでは、かつてスターリンヴァーロシュ(スターリン・シティ)と呼ばれた都市の光景や、古いホテル、保養地などを、エストニアでは「フォレスト・ブラザーズ」と呼ばれた対ソ連レジスタンスの所縁の地や関係資料などを、いつものように淡々とやや距離をとって撮影している。だがそれらを見続けていると、写真から透かし彫りのように重苦しい過去の情景が立ち上がってくるように感じる。巻末のキャプションを読まずに写真だけを見ても、米田が「時代」や「歴史」へと想像力を伸ばしていくことができるように、実に丁寧に、注意深く構図を決め、シャッターを切るタイミングを選択していることがわかる。
これまでの作品集とやや違う印象を与えるのは、モノや風景だけではなく人物が写っている写真がかなり多く含まれているからだろう。ポートレイトやスナップといってもよい写真が加わることで、叙述にふくらみと広がりが生じてきているのではないだろうか。中島英樹のブックデザインが素晴らしい。いつもよりは押え気味に、だが図版の大きさやレイアウトを細やかに調節しながら、米田の静かだが喚起力の強い写真の世界を見事に形にしている。
2014/05/22(木)(飯沢耕太郎)