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artscapeレビュー

中里和人『lux WATER TUNNEL LAND TUNNEL』

2015年11月15日号

発行所:ワイズ出版

発行日:2015年10月5日

中里和人は全国各地に点在する仮設の「小屋」を撮影した代表作『小屋の肖像』(メディアファクトリー、2000年)を見ればわかるように、あまり人が気づかない魅力的な被写体を見つけ出す能力に優れている。本書では、千葉県(房総半島)と新潟県(十日町周辺)に残る、素堀のトンネルをテーマに撮影した写真を集成した。
これらのトンネルは、江戸時代以降に、蛇行する川の流れを変え、かつての河床に水田を開発するために作られたものという。房総では「川廻し」、新潟では「瀬替え」と呼ぶ新田造成のために掘られたトンネルは「間府(まぶ)」と称される。この名称は、どうしてもこの世(光の世界)とあの世(闇の世界)を結ぶ通路を連想させずにはおかない。中里の写真では、トンネルの入口から射し込む光(lux)の圧倒的な物質性が強調されているのだが、これらの写真群は、死者の目で見られた道行きの光景を定着したものといえるのではないだろうか。
そのような、象徴的な意味合いを抜きにしても、素堀の壁に残るツルハシやノミの痕跡、剥き出しになった地層、地下を流れる水の質感、動物の骨や足跡など、それ自体が被写体として実に豊かなディテールを備えているのがわかる。とりたてて特徴のない田園地帯の足下に、このような「日常と非日常を往還するニュービジョン」が隠されていたことは、驚き以外の何ものでもないだろう。このテーマは、さらに別な形で展開できそうな気もする。

2015/10/28(水)(飯沢耕太郎)

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