2021年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

髙橋健太郎『A RED HAT』

発行所:赤々舎

発行日:2020/9/20

髙橋健太郎は1989年、横浜市生まれのドキュメンタリー写真家。1941年に旭川師範学校の美術部に属していた菱谷良一(当時19歳)と松本五郎(当時20歳)が、共産主義運動に呼応した制作活動を行なったという嫌疑で特別高等警察によって検挙されたという「生活図画事件」をテーマとする本作「A RED HAT」は、昨年(2019年)9月~10月に銀座ニコンサロンで展示され、同年度の東川賞特別作家賞も受賞している。本来なら、写真展にあわせて本書『A RED HAT』が出版される予定だったが、刊行が遅れに遅れ、ようやく手にすることができた。

髙橋は2017年の「テロ等準備罪」(いわゆる共謀罪)の国会通過をきっかけとして、戦前の治安維持法による取り締まりの実態について調べ始め、「生活図画事件」に行き着いた。その当事者の二人がまだ存命なのを知り、北海道・旭川と音更町の彼らの自宅を訪ねて丹念な取材を開始した。さらに長年にわたって「生活図画事件」の聞き取り調査を行なってきた宮田汎も取材する。彼らの写真、証言、当時の記録資料などを1冊にまとめたのが本書である。

髙橋は、菱谷、松本、宮田の暮らしのあり方、東京での国会請願行動などの写真を、ジャーナリスティックなセンセーショナリズムを注意深く排除し、節度と距離感を保って撮影した。80年近く前の事件が彼らに及ぼした傷痕を、事物のディテールを丁寧に描写することで静かに開示していく写真には説得力があり、写真集のタイトルの元になった、松本が釈放後に一気に描いたという妹の赤い帽子をかぶった自画像など、鍵になるイメージが的確に配置されている。ただ、あまり大きくない判型の本に、写真ページとかなり詳細な文章ページを同居させるのは、やや無理があるように見える。写真篇と資料篇を分冊にする選択肢もあったかもしれない。

2020/11/16(月)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2020年11月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をartscape編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます




企画展示図録「性差(ジェンダー)の日本史」

発行:国立歴史民俗博物館
発行日:2020年10月
定価:2,272円(税抜)
サイズ:A4判、320ページ

無意識のうちに私たちを強くとらえているジェンダー。その歴史は、驚きと発見に満ちています。企画展示「性差(ジェンダー)の日本史」では、歴史の面白さを満喫しながら、ジェンダーにとらわれず、誰もが自分らしく生きられる社会を築く手がかりを見つけていただけるのではないでしょうか。



実況・比較西洋建築史講義

著者:中谷礼仁
ブックデザイン:井川祥子
編集:北浦千尋
発行:インスクリプト
発行日:2020年10月30日
定価:2,200円(税抜)
サイズ:21cm、205ページ

“比較”であぶり出す建築史の実験
版を重ねた『実況・近代建築史講義』の姉妹篇。本書では古代ギリシアからルネサンスの始まりまでを扱う。聴けば建築史が好きになる早稲田大学の人気講義をまるごと収録。「歴史とは、少なくとも二つ以上の事象の間に発生する想像的な時空のことである」。複数の建築物・事象を比較によって類推し、なぜそのように構築されたのかを、歴史的背景とともに、実況形式でわかりやすく解説。代表的な建築物と当時の時代精神、新たな構法が導入され課題が克服されてゆく変遷の様子が、多数の図版と併せ、歴史の動力と関係づけて理解できる、面白さ抜群の中谷建築史第二弾。付録地図付。



エアロゾルの意味論 ポストパンデミックの思想と芸術 粉川哲夫との対話

著者:大山エンリコイサム
発行:青土社
発行日:2020年9月25日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:19cm、203ページ

ウイルスの時代を背景に交わされる、美術家と思想家の往復書簡。文明と歴史、人間と自然、ブラック・ライヴズ・マター、インフォデミック──世界への、広く深き思考の交感。



別府

著者:芹沢高志
デザイン:尾中俊介(Calamari Inc.)
写真(ジャケット・表紙):草本利枝
発行:ABI+P3
発行日:2020年11月20日
定価:1,600円(税抜)
サイズ:四六判変型、192ページ

環境計画からアートの現場に越境し、幾多のプロジェクトを実践してきた著者が、世界有数の温泉地・別府を舞台に虚実織り交ぜ綴る、芸術とまち、芸術と環境を巡る思考の旅。



この星の絵の具 中 ダーフハース通り52

著者:小林正人
発行:アートダイバー
発行日:2020年10月25日
定価:1,800円(税抜)
サイズ:15cm、366ページ

伝説のキュレーター、ヤン・フートに招かれ、小林はベルギー・ゲントの地に降り立った。
なにもわからず飛び込んだのは、国際的なアートシーンのど真ん中。世界的なアートピープルやアーティストらが交差する開かれた世界で、小林は、ダーフハース通り52番地にスタジオを構え、新たな作品制作にとりかかる。
ゲントの光は芸術家としての眼を開かせ、啓示にも似た直感を得た小林は、やがてオリジナルな絵画スタイルを獲得する。そして、新しいミューズとの出会い……。
異国の地での挫折や成功を経て、自身の芸術を追い求める姿を自伝小説の形式で語るビルドゥングスロマン3部作の第2作。



建築学生ワークショップ東大寺2020 全国の大学生を中心とした合宿による地域滞在型ワークショップ全収録

編集:特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ
発行:アートアンドアーキテクトフェスタ
発行日:2020年10月22日
定価:1,818円(税抜)
サイズ:30cm、87ページ

2020年に東大寺で行われた建築学生ワークショップのドキュメントブック。各班の作品紹介、式辞、総評などを収録する。取り外せる冊子「プロセス(実施制作に向けた経緯)」付き。



たね

著者:ときたま
発行:有限会社トキヲ
発行日:2020年10月14日
定価:3,500円(税抜)
サイズ:B6判変型、398ページ

アーティスト・ときたまの全編iPhone写真による写真集。2016年から、アフターコロナまでをカバーした2020年5月までの膨大なデータからプリントした約5000枚から、391点が写真集に収録されています。



KYOTOGRAPHIE 2020 Catalogue+Visual Book

アートディレクション&デザイン:塩谷啓悟
編集:鮫島さやか(KYOTOGRAPHIE チーフエディター)
発行:一般社団法人KYOTOGRAPHIE
発行日:2020年9月19日
定価:2,500円(税抜)
サイズ:104ページ

京都を舞台に開催される国際的な写真祭「KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭」の2020年度公式カタログ。



HAPS 事業報告書 2019年度

企画・編集:一般社団法人HAPS事務局
編集:松永大地
デザイン:吉田健人(bank to LLC.)
発行:一般社団法人HAPS
発行日:2020年3月31日
定価:非売品
サイズ:40ページ

東山 アーティスツ・プレイスメント・サービス(HAPS)の2019年度の活動をドキュメントしたアニュアルブック。





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2020/11/15(日)(artscape編集部)

カタログ&ブックス | 2020年11月1日号[テーマ:食べる]

テーマに沿って、アートやデザインにまつわる書籍の購買冊数ランキングをartscape編集部が紹介します。今回のテーマは、京都dddギャラリー(京都府)で開催中の「食のグラフィックデザイン」にちなみ「食べる」。このキーワード関連する、書籍の購買冊数ランキングトップ10をお楽しみください。
ハイブリッド型総合書店honto調べ。書籍の詳細情報はhontoサイトより転載。
※本ランキングで紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。

「食べる」関連書籍 購買冊数トップ10

1位:大正昭和レトロチラシ 商業デザインにみる大大阪

著者:橋爪節也
発行:青幻舎
発売日:2020年6月16日
定価:2,300円(税抜)
サイズ:19cm、255ページ

大正14年(1925)、東京市を抜いて日本第1位、世界第6位のマンモス都市に膨張した大阪市。「大大阪」と称された華やかな時代の秀選チラシ約360点を、「買う」「食べる」といった6つのテーマに分けて収録する。


2位:結局できずじまい(SHINSUKE YOSHITAKE Illust Essay Books)

著者:ヨシタケシンスケ
発行:講談社
発売日:2013年1月17日
定価:952円(税抜)
サイズ:19cm、93ページ

おしゃれ、ボウリング、柔軟体操、キレイに食べる、パソコンへの心構え、献血、お祭りをエンジョイ、自発的な行動…。なんでこんな簡単なことができないんだろう? 「自分のできないこと」をテーマにしたお話をまとめた、誰もが感じるモヤモヤを描いたイラストエッセイ。


3位:ゴッホ原寸美術館 100% Van Gogh!(100% ART MUSEUM)

画:Vincent van Gogh
著者・監修:圀府寺司
発行:小学館
発売日:2017年8月1日
定価:3,000円(税抜)
サイズ:30cm、200ページ

ゴッホの名画を迫力の原寸で再現! 《ジャガイモを食べる人々》《アルルの跳ね橋》《夜のカフェ・テラス》《ひまわり》《星月夜》《糸杉》など、初期から晩年まで、ゴッホの代表作を厳選。力強い筆触やマティエール(絵肌)などゴッホ作品の魅力を原寸図版ならではの迫力で再現。また、制作時期による「自画像」や「肖像画」の変貌や、「ジャポニスム(日本趣味)」との関わり、風景画や静物画における様々な挑戦、さらに素描や水彩画など、その画業を通じて試みた技法と様式の多様性・変遷を概観。



4位:世界のSweets & Dishes(ぬり絵BOOK)

著者:西脇エリ
発行:池田書店
発売日:2016年4月14日
定価:1,200円(税抜)
サイズ:15×21cm

カラフルなスイーツ、湯気をあげるジューシーな料理、旬の食材。国は違えど、おいしいものはみんなの心をわくわくさせてくれます。作っている風景や食べる人々の笑顔も、おいしいスパイス。本書はそんな「食」をテーマにしてぬり絵を作りました。



5位:見てすぐ描ける動物スケッチ イヌ38種・ネコ16種・野生動物80種を見る・読む・描く

著者:視覚デザイン研究所
発行:視覚デザイン研究所
発売日:2009年4月
定価:1,500円(税抜)
サイズ:20×22cm、167ページ

「走る」「歩く」「おすわり」「食べる」「身づくろい」など、イヌ、ネコ、草食動物、食肉・雑食動物、サル目の様々な動作を描いたスケッチを、各動物に関する知識とともに収録。



6位:この椅子が一番! 椅子に関わる専門家100人が本音で選んだシーン別ベストな椅子とは…

著者:西川栄明
発行:誠文堂新光社
発売日:2017年9月4日
定価:1,800円(税抜)
サイズ:19cm、287ページ

家具デザイナー、建築家、インテリアショップ店長、家具メーカー商品開発担当者など、椅子に関わる専門家100人に、名作椅子ベスト20.座りやすい椅子ベスト10・ワースト10、仕事がバリバリはかどる椅子、パスタを食べる時に座りやすい椅子、5歳の子どもに座らせたい椅子など、約40項目のアンケートを実施。その回答を基に、それぞれの項目に適する椅子をベスト20、ベスト10、ベスト5形式で紹介する。



7位:はりねずみのあずき&もなかポストカードブック

著者:角田修一
発行:講談社
発売日:2020年1月23日
定価:1,000円(税抜)
サイズ:15cm、32ページ

はりねずみ界の大スター、父あずき&娘もなかのポストカードブック
インスタグラムでりんごを食べるあずきの動画が海外メディアの目にとまり紹介されたのをきっかけにフォロワー数が激増し、一躍スターとなったあずき。今回、素敵なポストカードブックを発売。窓辺、キッチン、リビング、バスルーム、書斎……。人間世界でいたずらをする父あずきと娘もなかとのストーリー。ファンタジーの世界を表現したスタイリングで撮りおろした作品は、SNSでは見られないプレミアム感満載です。



8位:柳家喬太郎江戸料理平らげて一席

著者:柳家喬太郎(噺)、佐藤俊一(聞き書き)
発行:小学館
発売日:2010年2月24日
定価:1,600円(税抜)
サイズ:19cm、255ページ

柳家喬太郎が語る、江戸の食が要の噺35席
いま実力・人気ともNo.1の若手落語家・柳家喬太郎が、江戸の食が噺の要になっている落語について語ります。師の豊富で深い蘊蓄、そして演者としての視点からの演じ所、聞き所のツボが、高座そのままの軽妙な語り口で展開。喬太郎師匠の、“読む落語”とも言える一冊です。本寸法の古典落語34席に、自身の新作『寿司屋水滸伝』も入った、厳選35席。読んだら食べたくなってしまう、そんな江戸料理ラインナップには、料理そのものの歴史や解説も。落語を聞いた後、登場する料理を食べながら居酒屋で蘊蓄を一捻り、と言う、ひと味違う落語通を気取れる豆知識も付いています。



9位:池波正太郎の世界(コロナ・ブックス)

編集:太陽編集部
発行:平凡社
発売日:1998年12月
定価:1,523円(税抜)
サイズ:22cm、126ページ

「散歩」と「食べること」の達人、「映画」の見巧者、そして「猫」を愛した東京人−池波正太郎。人を惹きつけてやまないその男振りを、エッセイ、写真、スケッチの数々で再び甦らせる。



10位:いろは落語づくし 1 落語からわかる江戸の食

著者:稲田和浩
発行:教育評論社
発売日:2019年11月15日
定価:1,400円(税抜)
サイズ:19cm、230ページ

芋から酢豆腐、雲古まで、落語に出てくる食べ物噺を楽しむ一冊。「うまいもん」をいろはの順に並べ、それが登場する落語とともに紹介。落語が完成したとされる江戸時代の庶民の暮らしも一緒に味わえる。





artscape編集部のランキング解説

食は人なり。医食同源。食べることにまつわることわざや慣用句は数多くありますが、食は私たちが健康に生きるうえで必要不可欠なものであるという以上に、食べることが何よりの人生の喜びでありエンターテイメントという人も少なくないのではないでしょうか。
「食べる」というキーワードで抽出した今回のランキング。『柳家喬太郎江戸料理平らげて一席』(8位)、『いろは落語づくし 1 落語からわかる江戸の食』(10位)と、落語に関する本が2冊もランクインしているのが興味深いポイントです。そのいずれもがテーマにしているのは、江戸時代に食べられていた料理の数々。蕎麦を啜ったりお酒を飲んだり、噺家の洗練された身振りを通して見えてくる食の風景はいつも美味しそうですが、数多くの噺を食という視点で掘り下げると、江戸の庶民の食文化の奥行きに驚かされること間違いなし。
『りんごかもしれない』や『もう ぬげない』、『りゆうがあります』などの絵本で知られるヨシタケシンスケの『結局できずじまい』(2位)は、著者が「うまくできない」と感じる日常のあれこれをユーモラスな筆致で綴ったイラストエッセイ。その中で、ごはんをキレイに食べることができないというジレンマに共感する人は実は多そうです。生活のさまざまなシーンごとに適した椅子を専門家たちが選び紹介する6位の『この椅子が一番! 椅子に関わる専門家100人が本音で選んだシーン別ベストな椅子とは…』では、「パスタを食べる時に座りやすい椅子」というピンポイントなシチュエーションまでカバー。食以外のシーンを通しても、椅子というプロダクトの想像以上の多様性を知ることができるユニークな一冊です。また、「食×本」を語るうえで外せない、数多くの優れた食のエッセイを遺した文筆家・池波正太郎の世界を総覧できる一冊もやはりランクイン(9位)。
食欲の秋、京都dddギャラリーで開催されている「食のグラフィックデザイン」展では、広告をはじめとした古今東西の食にまつわるグラフィックデザインが一堂に会しています。食べる楽しみを伝えるものだけでなく、フードロスなどの社会問題を提示し、私たちに問いを投げかけるのもグラフィックデザインの役割。今回ランクインした本たちも、生きることと切り離せない食を考える、新しい手がかりになることを願います。


ハイブリッド型総合書店honto(hontoサイトの本の通販ストア・電子書籍ストアと、丸善、ジュンク堂書店、文教堂など)でジャンル「芸術・アート」キーワード「食べる」の書籍の全性別・全年齢における購買冊数のランキングを抽出。〈集計期間:2019年10月23日~2020年10月22日〉

2020/11/02(月)(artscape編集部)

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池田忍編『問いかけるアイヌ・アート』

発行所:岩波書店

発行日:2020/09/16

マンガ『ゴールデンカムイ』のヒットや国立アイヌ民族博物館のオープンによって関心の高まるアイヌ文化や造形表現について、現代の作家、研究者、学芸員らが多角的に紹介・検証する書籍。本書で「アイヌ・アート」として取り上げられる作家は、「木彫り熊」を生涯彫り続けた木彫家の藤戸竹喜、アイヌ文様の木彫りの伝統技法を用いた具象彫刻を手掛ける貝澤徹、材木の質感やノミ跡を残した抽象木彫作品で知られる砂澤ビッキ、アイヌ文様刺繍家のチカップ美恵子、CGイラストで動植物やアイヌ文様を描き、ポストカードやカレンダー、アイヌ語の単語カルタなどを制作する小笠原小夜の5名である。世代、表現媒体や技法は多様で、「アイヌ文化」「アイヌ性」に対する意識や距離感もそれぞれ異なる。

本書が含む「問いかけ」もまた、極めて多岐にわたる。すなわち、「伝統」「文化の固有性・真正性」への疑義、「伝統」の固定化と「商品・観光・消費」「経済的基盤」とのジレンマ、近代ナショナリズムと「民族」の純粋性や原理主義、「二次創作」がはらむ他者による「文化の盗用」、「手芸=女性の家庭内での手仕事」として美術の制度・ジェンダー双方における二重の周縁化、文化の継承やコミュニティの活性化とミュージアムの役割、メディアにおけるマイノリティ表象の功罪である。例えば、本書では、現代日本において「伝統的なアイヌの造形」「典型的なアイヌイメージ」と見なされる「木彫り熊」や、正装したアイヌ男女一対を彫った「ニポポ人形」の「起源」には近代化を契機とする諸説があり、両者とも1960~70年代の北海道観光ブームのなかで大量生産され、他者化されたイメージとして定着したことが指摘される。また、視覚文化論・ジェンダー論研究者の山崎明子は、戦後、日本人女性デザイナーによるアイヌ文様のドレスやインテリア、和服、洋服のデザインの事例を紹介し、マジョリティによる「文化の盗用」の問題の一方、民族的手仕事への関心が生き延びる契機にもなった両面性を述べる。

だが、本書の投げかける「問い」の最重要点でありつつも、曖昧にぼかされて踏み込んだ議論が回避されているのが、「アイヌ・アートとは何か」という定義(とその困難さや不可能性)であり、命名の主体と権力をめぐる問いである。「序」冒頭で早々に「本書は(…)典型的な美の提示や定義を意図していない」(1頁)と宣言され、「アイヌ・アート」という用語は「果たして術語として安定するのかとの疑念」(118頁)、「説得力ある定義を示すことはかなり難しく」(120頁)と述べられ、ごく簡単な定義として「アイヌ民族の創造の歴史を踏まえたうえで、それを継承しつつ、現在の社会に自己の表現を提示し、新たな世界を切り拓く造形表現」(233頁)と述べられるに留まる。ここに抜け落ちているのは、「アイヌ・アート」の定義とその困難さをめぐる議論である。なぜ困難なのか。まず横たわるのは、「アイヌ」とは誰を指すのかという問いである。血縁、名前、容姿、出身地といった多様な要素のどれをどこまで満たし、何世代前まで遡れるなら「正統なアイヌ」なのか。「和人の血」はどこまで許容されるのか。こうした「問い」は、純血主義や民族原理主義の罠に陥ってしまう。また、北海道内/東北地方北部/樺太/千島といったルーツの地理的差異や、現在の国境線の「越境」をどう考えるのか。さらに「認定」するのは誰なのか。誰が誰に「証明」するのか。また、吉原秀喜(元・平取町立二風谷アイヌ文化博物館学芸員)が述べるように、 ひとりの人間が複数の民族的アイデンティティをもつ場合もある。アイヌとしての自認や民族的帰属意識の有無、濃淡、単数/複数性について、個人の自己決定権ではなく、他者による一方的な線引きや規定を行なうことは、歴史的抑圧の再生産という暴力的な事態に他ならない。こうした「定義」とその不可能性をめぐる議論に向き合い、その過程で浮上する問いを考えることにこそ、意義があるのではないか。

また、定義のもうひとつの困難は、「アート」という(便利な)用語ゆえにはらむ、表現媒体や技法、受容形態の多様性と拡張可能性である。本書で紹介される5名の作家だけを見ても、伝統技法を用いた木彫りや刺繍といった工芸性の強いものから、「現代美術」の文脈に位置付けられる抽象彫刻、商品化・大量複製可能なイラストなど多岐にわたる。そうした多様な制作物を受け入れ可能な概念として暫定的に措定した先に、「現代美術」「工芸」「イラスト」といった既存の制度とヒエラルキーを問い直す契機となりうるのか。

一方、本書の「アイヌ・アート」は造形表現に特化しており、アイヌ文化にとって重要な歌唱や舞踊のアーティストは抜け落ちている。また、アボリジニにルーツを持つ作家がディレクターを務め、世界各地の先住民族にルーツを持つ作家が参加する「シドニー・ビエンナーレ2020」のように、鋭い社会批判性のある現代美術作品も含まれていない。

最後に、本書におけるアイヌ語の表記の不統一が内包する問いについて指摘したい。凡ミスやささいな瑕疵ではなく、本質的な問題に関わるからである。本書内では、樹皮を材料にして織る布やその布でつくった着物の名称について、「アットゥㇱ」/「アットゥシ」「アッツシ」が混在している。「トゥ」および小文字の「ㇱ」表記の前者はアイヌにルーツを持つ作家2名とアイヌ文化専門の元学芸員が用い、「ツ」および大文字の「シ」表記の後者はアイヌ文化専門ではない和人研究者2名が用いている。より発音に近いローマ字表記では「attus」なので、原音に近い正しいカナ表記は前者の「アットゥㇱ」である。本書執筆陣のひとりでアイヌ語研究者の中川裕は、監修した『ゴールデンカムイ』の主要女性キャラクター「アシㇼパ(Asirpa)」の表記について、「r」の後に母音がないことを示す小文字の「ㇼ」は、アイヌ語と日本語が異なる言語であることを端的に示す表現であると重要視している。この「表記のズレ」は、図らずも、文化の「他者性」への配慮や、(とりわけ文字を持たない)他文化の歪曲や領有化という問題を露呈している。

2020/10/20(火)(高嶋慈)

カタログ&ブックス | 2020年10月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をartscape編集部が紹介します。
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絵画の力学

著者:沢山遼
発行:書肆侃侃房
発行日:2020年10月15日
定価:2,700円(税抜)
サイズ:A5判、408ページ

芸術を経験することとは、振動する差異と諸力のただなかに巻き込まれることだ。芸術の思考=批評はそこから開始される。
アンディ・ウォーホル、ジャクソン・ポロック、バーネット・ニューマン、カール・アンドレ、ロバート・モリス、香月泰男、福沢一郎、辰野登恵子、高松次郎、ゴードン・マッタ゠クラーク、ロザリンド・クラウス、クレメント・グリーンバーグ、イサム・ノグチ──。
「美術手帖」芸術評論募集第一席を受賞した著者による堂々たる初の単著。単行本書き下ろしとして、イサム・ノグチ論「火星から見られる彫刻」を収録する。美術批評の新たな達成。

佐賀町エキジビット・スペース 1983–2000 現代美術の定点観測

編集:佐賀町アーカイブ
テキスト:田野倉康一(詩人)、小池一子(佐賀町アーカイブ主宰)、谷内克聡(群馬県立近代美術館)
写真:林雅之ほか
ブックデザイン:菊地敦己
発行:HeHe
発行日:2020年10月7日
定価:3,500円(税抜)
サイズ:216×180mm、322ページ

パルコなどの企画広告ディレクターであり、プライベートブランドの先駆けでもある「無印良品」の発案立ち上げなどに関わった小池一子は、東京都江東区佐賀にあった食糧ビル(1927年竣工)を修復し、1983年に佐賀町エキジビット・スペースを開設しました。(中略)行われた展覧会は106回、関わったアーティストは400人以上にのぼり、2000年12月に幕を閉じるまで、多種多彩な現在進行形の美術を発信し続けました。本書は、その一連の活動を「定点観測」という言葉に集約し、1983年から2000年までの全展覧会会場風景と、当時出展した作品約50点を展示する展覧会のカタログをかねた、佐賀町エキジビット・スペースと、日本の現代美術の軌跡を辿る決定版です。

「ユーザーフレンドリー」全史 世界と人間を変えてきた「使いやすいモノ」の法則

著者:クリフ・クアン、ロバート・ファブリカント
翻訳:尼丁千津子
発行:双葉社
発行日:2020年10月1日
定価:2,400円(税抜)
サイズ:四六判、493ページ

車のハンドル、コンピュータのデスクトップ、iPhone、「いいね!」ボタン…私たちの生活をガラリと変え、瞬く間に定着した数々の大ヒットデザインはなぜ生まれ、そうでないものはなぜ姿を消していったのか? 現代の私たちを取り巻くすべてのモノの根底にある「人間が使いやすい=ユーザーフレンドリー」という概念が生まれて発達してきた100年余りの歴史をたどりながら、生活やビジネス、思考といった人間の営みにデザインがいかに深く関わっているのかを考察する、現代デザイン文化史の決定版。

デザイン偉人伝 WHO DESIGNED FIRST?

著者:松田行正
ブックデザイン:松田行正
デザイン協力:杉本聖士+倉橋弘
発行:左右社
発行日:2020年10月1日
定価:2,000円(税抜)
サイズ:四六判変型、327ページ

「デザイン」という言葉が生まれる以前からデザインの偉業は成されていた! トリミングの達人・俵屋宗達、オールオーバーの先駆者・モネなど、偉人たちの手法や着想のヒントを時代背景とともに解き明かす。目からウロコのデザイン史!

工夫の連続 ストレンジDIYマニュアル

著者:元木大輔
発行:晶文社
発行日:2020年10月2日
定価:1,950円(税抜)
サイズ:A5判、210ページ

視点を変えるだけで、あらゆるものは素材になる。ゼロから考えずに、すでにあるものをハックする方法を獲得しよう。まわりの環境を変える工夫を身につければ、世界はより豊かで楽しいものになる! 自由に形を考えられるフルーツ・ボウルから駅の階段を使った劇場まで、さまざまなスケールのものを自らの手で作り、考えるための画期的なDIYマニュアル。ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展への出展などで注目を浴びる建築家、元木大輔による初の著書!





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2020/10/15(木)(artscape編集部)

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