artscapeレビュー
書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー
エバレット・ケネディ・ブラウン『Umui』
発行所:サローネ フォンタナ
発行日:2022/10/30
1959年、アメリカ・ワシントンD.C.生まれの写真家、日本文化史研究家のエバレット・ケネディ・ブラウンは、このところ初期の写真技法である湿版写真(Wet collodion process)で日本各地の風景、人物、祭事などを撮影している。沖縄県立芸術大学客員研究員(歯科医師、わらべ唄研究家)の高江洲義寛が監修した本作では、沖縄各地を湿版写真で撮影した。
ブラウンが写真撮影を通じて見出そうとしたのは、沖縄人の魂の表出というべき「 UMUI=ウムイ」の在処である。「UMUI」は「思い」と表記されることが多いが、ブラウンによれば「心の中に湧き上がる祈りや感情」であり「生命の叫び」でもある。沖縄の人々、大地、植物、遺跡などに漂う「UMUI」はむろん目に見えたり、手で触ったりできるものではない。だが、あえて露光時間が長くかかり、暗室用のテントで、撮影後すぐに現像・定着をしなければならない湿版写真で撮影することで、被写体をオーラのように取り巻く「UMUI」を捉えようと試みている。そこにはたしかに、沖縄の地霊を思わせる何ものかが、おぼろげに形をとりつつあるように見えてくる。
もう一つ興味深かったのは、そこに写っている沖縄の人たちのたたずまいが、太平洋のより南方の地域に住む人々と共通しているように見えることである。これには理由があって、ガラスのネガを使う湿版写真は、赤に対する感度が低いので、肌や唇の色がやや黒っぽく写ってしまうのだ。だが、そのことによって、沖縄の精神文化がむしろ南方の環太平洋地域に出自をもつものであることが、問わず語りに浮かび上がってくる。日英のテキストと写真とを交互に見せる写真集の構成(デザイン=白谷敏夫)もとてもうまくいっていた。
2022/11/05(土)(飯沢耕太郎)
藤原更『Melting Petals』
発行所:私家版
発行日:2022/10/22
藤原更はユニークな軌跡を描く写真家である。コマーシャル・フォトの世界からアート写真の世界に転じ、2000年代以降は東京・広尾のEmon Photo Gallery(2020年に閉廊)を中心に展覧会を積み重ねていった。ポラロイド写真などによって制作した画像を大きく引き伸し、ギャラリー空間にインスタレーションした作品は、アメリカやヨーロッパ諸国でも評価が高い。今回、町口覚のデザインによって私家版で刊行された『Melting Petals』は、彼女にとっては最初の本格的な写真集となる。
写真集は「Scattered Memories in the Field of Transience(うつろいゆく領域にちりばめられた記憶)」「VOID: Inseparable Domains(空虚:分割できない場所)」「Uncovered Present(見出された現在)」の三部構成であり、それぞれ5~7枚の写真が収められている。ほとんどは色面とフォルムに単純化された抽象的なイメージであり、ポラロイド写真の感光乳剤を剥がしとる「ピーリング」と称する技法を駆使することで、日常の世界からは離脱する幻影のような空間が構築されていた。
とはいえ、主に赤と緑のグラデーションによって織り成された画像は、奇妙に生々しい現実感もまた備えている。それは、これらの写真群の被写体となっているのが、芥子の花(ポピー)であることからもきているのだろう。芥子の花はいうまでもなく阿片の原料でもあり、美しさだけでなく、ある種の魔術性、どこか禍々しい気配を秘めている。藤原はそのあたりを十分に考慮しつつ、ともすれば紋切り型になりがちな「花」の写真に、既存の価値の原理を掻き乱すような要素を付け加えようとした。
たしかに、これまで藤原が発表してきた「花」や植物の写真と比較しても、「Melting Petals」は特別な意味をもつシリーズといえる。とはいえ、藤原の写真家としての可能性は、本写真集におさめられた23枚の写真群だけに収束していくものではないはずだ。むしろその仕事の幅を、さらに広げていくべき時期に来ているのではないだろうか。なお、写真集刊行に合わせて、東京・銀座の森岡書店で出版記念展も開催されている(2022年10月25日〜30日)。
関連レビュー
藤原更「Melting Petals」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2019年08月01日号)
2022/11/04(金)(飯沢耕太郎)
王露『Frozen are the Wind of Time』
発行所:ふげん社
発行日:2022/10/22
王露(Wang Lu)は1989年、中国山西省出身の写真家。武蔵野美術大学、東京藝術大学で写真を学び、いくつかの賞を受賞している。本作は、2021年にふげん社で開催された同名の個展に出品されたものだが、その時点から写真の数を大幅に増やし、構成も大きく変えて面目を一新し、ハードカバーの写真集として刊行した。同時期に、キヤノンオープンギャラリーで個展も開催している(2022年10月29日~12月1日)。
写真作品の重要なテーマになっているのは、王露自身の父親である。父親は彼女が12歳の時、事故によって脳に損傷を負い、社会生活が難しくなった。記憶が曖昧になり、精神的な障害もある。写真集は事故以前の、若く、幸せそうな父と母の写真の複写から始まり、帰省のたびに二人を撮影した写真が続く。父親が、撮影を拒否するように手で顔を隠す写真が繰り返し出てくるが、不安と諦念を抱え込んだ母親の表情とともに強く印象に残る。撮り続けなら、彼らの生、自分との関係のあり方について、王が自問自答している様が切々と伝わってくる。とはいえ、ネガティブな印象はあまりなく、見つめ続けることで認識が深まり、写真家としての自覚に繋がってくることがよくわかる構成になっていた。
家族の写真に加えて、もう一つ大事なのは、生まれ故郷で、現在も父母が暮らす山西省太原市の環境の変化が丁寧に描写されていることだ。ほかの中国の大都市と同様に、太原市もここ10年余りで都市化が急速に進行し、大きく変貌していった。その移りゆきと、病を抱え込んだ家族の姿とが対比されることで、本作は単純な「私写真」の枠に収まることなく、より大きなスパンを備えた社会的ドキュメンタリーとして成立している。今後の彼女の仕事への期待が高まる作品集だった。
2022/11/04(金)(飯沢耕太郎)
守屋友樹『スポンティニアスリプロダクション #5「蛇が歩く音|walk with serpent」』
出版:守屋友樹
発行日:2022/03
アーティストである「守屋友樹」をTwitterで検索するとたくさんの作品写真がヒットする。それらの大部分は、だれかの作品の記録で、その撮影者として守屋の名前がクレジットされているのだ。守屋は京都を中心に関東圏も含め10年近く作品写真を撮影してきた。そして、守屋は自身の作品も同様に記録撮影を行なってきた。
写真を中心としたインスタレーションを展開してきた守屋の特異性は、自身の2015年の個展「gone the mountain / turn up the stone:消えた山、現れた石」(Gallery PARC)以降、自身の展覧会が終わるとほぼ同時に毎回、インスタレーションビューのゼロックスコピーのZINEを制作してきたということにあるだろう。シリーズ名「現れた本」。2022年には、展覧会「すべとしるべ 2021 #02『蛇が歩く音 / walk with serpent:守屋友樹』」のバージョンがつくられた。
守屋友樹『スポンティニアスリプロダクション #5「蛇が歩く音|walk with serpent」』(現れた本/2022)
守屋友樹『スポンティニアスリプロダクション #5「蛇が歩く音|walk with serpent」』(現れた本/2022)
守屋友樹『スポンティニアスリプロダクション #5「蛇が歩く音|walk with serpent」』(現れた本/2022)
山に登ると、視界から山は消え、石が現われる。守屋はつねに境界を指さすことができるようになるものとして写真を示す。わたしは、ベンヤミンが山の稜線や木漏れ日を引き合いに出し写真を論じた理由がわかったような気がした。指示詞を可能にするものとしての写真。「かつてあった」でもなく、「これ」について話し合うことができるようにする力を持つもの。
展覧会に行くと、作品が現われる。ふりかえったらもうなくて。でも、守屋の場合は本が現われる。会場だった場所に数冊だけ預けてあって、それに気付くことができた人やたまたま知った人は、本を手に入れることができる。
2014年の展覧会を見て、守屋から「現れた本」の構想を聞き、そこでわたしは守屋に美術家のアーティ・ヴィアカントが展覧会の記録写真を作品とは別の「イメージ・オブジェクト」として考え、流通させている話を伝えた。ヴィアカントは展覧会を観に来られる人以外に向けた作品として展覧会写真を制作しているわけであり、オブジェクトの正面性から逸脱したイメージオブジェクトを制作することはない。一方で守屋が行なっているのは、インスタレーションにおける複数的な正面を示すことであり、(会場で受け取る、会場で「現れた本」が欲しいと申し出るといった手順が必須であるため)会場がどのようなものであるかという前提を理解した者だけに明かされる、隠しイベントの開示、ボーナストラックとでも言えるだろう。
ヴィアカントが写真の複数性、すなわち、可変的であらゆる媒体に載ることができる、という性質に則り「イメージオブジェクト」を語るなら、守屋は写真の指示性、すなわち、前提とする知識を揃えたうえで初めて「これ」「それ」「あれ」を可能にする、発話的なものとしての写真に向き合う。
「すべ と しるべ 2021『蛇が歩く音:守屋友樹』」会場写真(オーエヤマ・アートサイト、2021年10月30日〜11月8日)[撮影:守屋友樹]
「すべ と しるべ 2021『蛇が歩く音:守屋友樹』」会場写真(オーエヤマ・アートサイト、2021年10月30日〜11月8日)[撮影:守屋友樹]
「すべ と しるべ(再)2021-2022 #01『蛇が歩く音 / only the voice remained:守屋友樹』」会場写真(ギャラリー・パルク、2022年6月11日〜7月3日)[撮影:守屋友樹]
守屋の作品には、イノシシやヘビやクマといった動物と人間の遭遇がモチーフとして現われる。自然と文化の混交、郊外と山際という曖昧な境目を作品たちは「これ」と示す(ホンマタカシ以降の郊外を考えるうえで重要なアーティストとしても、守屋を位置づけるべきだろう)。しかし、いずれの動物も作中にずばり登場することはない。その被写体の不在性は観者をつねに戸惑わせてきた。写真と対面しても、何が起きているのかがわからないというように。それは、何かが起こる直前の、未然の写真として造形されることもあれば★1、気配の造形であることもあった★2。守屋の写真は、写真を見るものの背後をつくる。それは決して見ることができない。でもそれで終わらせないのが守屋である。見ることができないこともまた指示詞にする。それが「現れた本」だ。このような意味において、守屋の作品造形は特異的である。
★1──個展「守屋友樹 “still untitled & a women S”」(KYOTO ART HOSTEL kumagusuku、2017年4月23日〜5月28日)
★2──展覧会「影を刺す光─三嶽伊紗+守屋友樹」(京都芸術センター、2020年10月10日〜11月29日)
『スポンティニアスリプロダクション #5「蛇が歩く音|walk with serpent」』詳細:https://www.parcstore.com/esp/shop?pid=MY1-03-004
2022/11/01(火)(きりとりめでる)
カタログ&ブックス | 2022年11月1日号[テーマ:石と植物と──半径10メートル以内の自然の見方・愛で方が刷新される5冊]
石と植物。これら身近な存在は、芸術においても重要な素材・モチーフであり続けてきました。滋賀県立美術館の収蔵品を中心に、神山清子、松延総司、東加奈子の3名のゲストアーティストの作品を含む85点で構成された企画展「石と植物」(2022年9月23日~11月20日開催)に関連し、身近な自然を愛でる行為に新たな視点をくれる5冊を紹介します。
※本記事の選書は「hontoブックツリー」でもご覧いただけます。
※紹介した書籍は在庫切れの場合がございますのでご了承ください。
協力:滋賀県立美術館
今月のテーマ:
石と植物と──半径10メートル以内の自然の見方・愛で方が刷新される5冊
1冊目:石が書く
著者:ロジェ・カイヨワ
翻訳:菅谷暁
発行:創元社
発売日:2022年8月26日
サイズ:24cm、134ページ
Point
石の収集を趣味とする人は意外と数多くいますが、「知の巨人」カイヨワも実はその一人。自らの収集した石の断面の写真と、それら一つひとつに対する緻密な分析、そして時折挟まれる詩的な表現には著者の偏愛が感じられます。想像力や創作に、石たちがどのような影響をもたらしたのか。その秘密の一片に触れられる一冊。
2冊目:百花遊歴(講談社文芸文庫)
著者:塚本邦雄
発行:講談社
発売日:2018年11月11日
サイズ:16cm、329ページ
Point
反リアリズムの前衛歌人でありながら、植物愛好家の顔ももつ塚本邦雄。「石と植物」展冒頭でも塚本の随筆集『花名散策』が企画のイメージソースとして言及されていますが、本書は彼が分類・精選した、花に関する古今の詩・俳句・和歌・短歌を集めたアンソロジー。文学においても花が普遍的なテーマであることがわかります。
3冊目:植物の生の哲学 混合の形而上学
著者:エマヌエーレ・コッチャ
翻訳:嶋崎正樹
解説:山内志朗
発行:勁草書房
発売日:2019年8月31日
サイズ:20cm、215ページ
Point
「世界に在る」ということを「全体的な交感を通じて、自分をすっかりさらけだすしかない生命」である植物の視点から考察した、気鋭の哲学研究者による論考。コロナ禍以前に書かれたものでありながら、外出自粛期間や生活様式の変化を迫られた私たちにも否応なく思い当たり示唆を与える、そんな一節に本書では出会うはず。
4冊目:On the Beach 1
著者/撮影:ヨーガン レール
発行:HeHe
発売日:2015年7月18日
サイズ:21cm
Point
デザイナー・ヨーガンレールが収集した自らの石のコレクションを撮った写真集『Babaghuri』に続き、砂浜に流れ着くゴミを実用的なものに作り変える活動の一環で制作したランプシェード約90点を収録した本書。「拾う」「集める」「作り変える」、それぞれの行為の間に流れる思索が写真からも強く伝わってきます。
5冊目:草木とともに 牧野富太郎自伝(角川ソフィア文庫)
著者:牧野富太郎
発行:KADOKAWA
発売日:2022年6月10日
サイズ:15cm、276ページ
Point
日本を代表する植物研究の大家・牧野富太郎。研究成果だけでなく優れた随筆も数多く残している彼ですが、本書は94歳で亡くなる間際の病床で書かれた「はじめのことば」から始まり、短い随筆の数々を通して、一貫して植物が傍にあった彼の人生を追体験できます。新たな視点を与えてくれるいとうせいこうの解説も掲載。
石と植物
会期:2022年9月23日(金・祝)~11月20日(日)
会場:滋賀県立美術館(滋賀県大津市瀬田南大萱町1740-1)
公式サイト:https://www.shigamuseum.jp/exhibitions/4047/
2022/11/01(火)(artscape編集部)