2021年10月15日号
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artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

山田広昭『可能なるアナキズム──マルセル・モースと贈与のモラル』

インスクリプト

発行日:2020/09/25

ここ数年のことと言ってよいと思うが、「贈与」をテーマとする日本語の書物が相次いで刊行されている。いくつか挙げていくと、岩野卓司『贈与論』(青土社、2019)、湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社、2020)などが、その代表的なものとみなしうる。むろん、その背後にある著者たちの思惑はさまざまだろうが、これらの書物が好意的に受容される土壌として、どこまでいっても「等価交換」の論理につらぬかれた資本主義への根本的な不信感があるように思われる。そうした一連の新刊書のなかで、ひときわ目をひくのが本書『可能なるアナキズム──マルセル・モースと贈与のモラル』である。

本書は、文化人類学者マルセル・モース(1872-1950)の名前をタイトルに掲げている。そこから読者は、すぐさまモースによる『贈与論』を思い浮かべるだろう。いまからおよそ100年前に登場したこの古典もまた、21世紀に入ってから新たに三つの(!)訳書が現われるなど、やはり大きな注目を集めてきた。本書『可能なるアナキズム』において、モースの『贈与論』がその中心をなしていることは表題からも容易に想像できる。しかし本書において真に注目すべきは、しばしば見過ごされてきた人類学者モースのもうひとつの大きな関心、すなわち社会主義へのコミットが大きく取り上げられていることにある。

著者の見立てはこうである。モースは1890年代から1930年代にかけて『社会主義運動』『ユマニテ』『ル・ポピュレール』をはじめとする社会主義系の雑誌に膨大な数の論説記事を書いていた。しかも、その総数の約3分の2にあたる110本あまりが、『贈与論』が構想・執筆された1920年代前半に発表されている。まさしくこの事実が、モースの『贈与論』における「倫理に関する結論」を理解する鍵になると著者は言う。『贈与論』は、いわゆる「未開社会」の贈与システムを明らかにした社会人類学の書として「のみ」読まれるべきではない。なぜなら、モースはこの人類学的研究を通じて、同時代の西欧社会にも適用可能なひとつの「倫理」を示そうとしたからだ──これが本書の基本的な認識である(8-9頁)。

そこから本書は、モースが示そうとした「贈与のモラル」の内実を徹底的に明らかにする。その対象は『贈与論』をはじめとするモースのテクストにとどまらない。モースの叔父であったエミール・デュルケムはもちろんのこと、ワルラスおよびマルクスの経済理論、さらには柄谷行人、デヴィッド・グレーバーをはじめとする後世の理論を縦横無尽に渉猟しつつ、『贈与論』というこの短くも豊かな論文の謎が次々と浮き彫りにされていくさまを、読者は目にすることになるだろう。そしてもっとも瞠目すべきは、著者がモースの思想を最終的に「アナキズム」へと結びつけていることにある。

本書第一章で指摘されているように、モースはおのれと同時代のアナキズムについて、一貫して否定的な構えを崩さなかった。しかしその一方で、これまで少なからぬ人々が、当のモースの思想のなかに新たなアナキズムの姿を見いだそうとしてきたことも事実である。昨年の急逝が惜しまれたデヴィッド・グレーバーもその一人だった。本書はグレーバーの力強い筆致に見られる「勇み足」(24頁)を糺しつつ、モースにおける「贈与のモラルを内包した交換様式」──これは柄谷行人の語彙で言えば「交換様式D」に相当する──のうちに「可能なるアナキズム」の姿を見いだそうとする。そこに、読者を爽快な気分にさせるようなわかりやすい結論はない。最終章の筆致が典型的に示すように、ここに読まれるのは、理想と現実の狭間にあってけっして安易な結論にいたることのない、共同性をめぐる粘り強い思考の記録である。

2021/06/07(月)(星野太)

善本喜一郎『東京タイムスリップ 1984⇔2021』

発行所:河出書房新社

発行日:2021/05/25

文句なしに面白い写真集だ。善本喜一郎は東京写真専門学校(現・東京ビジュアルアーツ)で森山大道、深瀬昌久に師事し、卒業後は『平凡パンチ』(マガジンハウス)の特約カメラマンとして仕事をしながら、仲間たちと東京・渋谷に自主運営ギャラリー「さくら組」を開設して活動していた。ちょうどその1984年頃に、東京の街頭を6×7判のカメラで撮影したモノクロームの写真群を、新型コロナウィルス感染症の緊急事態宣言中に整理していたら、あまりの面白さに「自分が撮ったことなど忘れて、すっかり見入って」しまったという。その後、写真に写っている場所が今はどうなっているのかが気になり出して、カラー写真で再撮影するようになる。それらの写真を、2枚並べて収録したのが本書『東京タイムスリップ 1984⇔2021』である。

写真を見ていると、風景が大きく変わった場所と、あまり変化のない場所とが混在しているのがわかる。写真集の冒頭に登場する「新宿駅東南口」などは、土地が削られて地形そのものが変わっているし、建物が消えたり、高層ビルが建ったりして大きく変貌したところも多い。とはいえ、新宿の「思い出横丁」や「ゴールデン街」のたたずまいはほぼ同じだし、ガード下の通路などがそのまま残っていることもある。写真からよみがえる記憶も同じで、まったく忘れてしまった場所もあるし、ありありと、視覚だけでなく匂いや手触りまでも含めて立ち上がってくることもある。それぞれの生のあり方に応じて「タイムスリップ」できるところに、本書の魅力があるといえるだろう。やや不思議なことに、これらの写真をSNSに上げると、1980年代の東京を知らない若い世代や外国人からも、ヴィヴィッドな反応が返ってくるという。どうやら記憶を再活性化する写真の力は、世代や国籍を超えて普遍的にはたらくようだ。

特筆すべきなのは、2枚の写真を同じ位置から、同じアングルで撮影する「定点観測写真」として成立させる善本の能力の高さである。建物や街路だけでなく、撮影時間、天候、たまたま写り込んだ通行人にまで配慮してシャッターを切っている。長年、商業写真やポートレートの分野で鍛えてきた技術力の高さが、見事に活かされた写真集ともいえる。

2021/05/18(火)(飯沢耕太郎)

カタログ&ブックス | 2021年5月15日号[近刊編]

展覧会カタログ、アートやデザインにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。
※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます





ボイス+パレルモ

編集:豊田市美術館、埼玉県立近代美術館、国立国際美術館
デザイン:刈谷悠三+角田奈央(neucitora)
発行:マイブックサービス
発行日:2021年3月
サイズ:200×297mm、368ページ

「ボイス+パレルモ」展(豊田市美術館、埼玉県立近代美術館、国立国際美術館 2021-22年)の公式カタログ。
1960年代のデュッセルドルフ芸術アカデミーで教師と教え子の関係にあったボイスとパレルモ。芸術概念を拡張し、積極的に社会へ働きかけたボイスと、抽象的で静謐な作品を作り続けたパレルモの個性は一見対照的でありながら、芸術を生の営みへと取り戻そうと試みた点では共通していた。──1960-70年代の両者の代表的な作品と本展企画者やドイツの研究者による書き下ろしのボイス論、パレルモ論、各論を軸に、アクションあるいは制作中の様子を捉えた多数のドキュメント写真や、ボイスがパレルモについて直接語ったテキストの全文翻訳など、貴重なアーカイブ資料を織り込んで重層的に構成した一冊。ボイスの「作品」と造形理論にあらためて光を当てるとともに、パレルモの活動を日本で初めて包括的に検証する。

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ボイス+パレルモ:オススメ展覧会(2021年05月01日号)

マーク・マンダースの不在

著者:マーク・マンダース
デザイン:須山悠里
撮影:今井智己
テキスト:松井みどり、ダグラス・フォーグル、鎮西芳美
翻訳:木下哲夫他
発行:HeHe
発行日:2021年5月25日
サイズ:255×180mm、216ページ

彫刻や言葉、オブジェを用いたインスタレーションによって国際的に評価を集める美術家、マーク・マンダース。国内美術館ではじめてとなる東京都現代美術館での個展開催にあわせ、待望の日本初作品集発売!
個展のカタログを兼ねた本書は、本邦初公開となるヴェネツィア・ビエンナーレに出品された作品や、重要な個展では必ず出品されてきた代表作を含む1000㎡に及ぶインスタレーション・ビューを今井智己が撮影。次章では、展覧会未出品20点を含む、計26点の作品について、マンダース本人によるテキストと図版で解説。その他作家のテキスト「マーク・マンダースの不在」「ドローイングのこと」や、スタジオ写真も収録した、作家マンダースを読み解く、貴重なモノグラフです。

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マーク・マンダース —マーク・マンダースの不在:オススメ展覧会(2021年05月01日号)

宇佐美圭司 よみがえる画家

編著:加治屋健司
発行:東京大学出版会
発行日:2021年4月10日
サイズ:B5判変形、176ページ

2021年4月から開催される東京大学教養学部駒場博物館「宇佐美圭司 よみがえる画家」展のカタログ。東京大学中央食堂に掛けられていた《きずな》が不用意な廃棄処分で失われたことの反省とともに、傑出した画家として活躍するだけでなく旺盛な評論活動でも知られた宇佐美の仕事を広い視野から捉え直す。出品作品に加えて、代表的な作品の図版、彼自身の文章や詳細な文献目録なども収録し、今後の現代美術研究にも有益な一書。

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「宇佐美圭司 よみがえる画家」展:アートフラッシュニュース(2021年03月26日)

《黄金の林檎》の樹の下で アートが変えるこれからの教育

著者:田窪恭治、高階秀爾、聖心女子大学
編著:水島尚喜、永田佳之
発行:三元社
発行日:2021年4月5日
サイズ:21×21cm、85ページ

「人間として在る」ための学びと、アートはいかにかかわるのか──。アートと出会った瞬間に「あっ、すごい! 」と直感し、他者や世界と融和する子どもたちの「共生的感性」や、「生命」のつながりに美を見る「自然との共生」の思想から、そのすがたを探る。「共生」「持続可能性」「多様性」の象徴として東京・広尾の聖心女子大学に誕生した田窪恭治のモザイク壁画《黄金の林檎》をめぐってくり広げられた、現代社会におけるアート、そして教育論。2017年の完成記念シンポジウム、待望の書籍化。

惑星都市理論

編者:平田周、仙波希望
発行:以文社
発行日:2021年4月21日
サイズ:上製カバー装、456ページ

コロナウイルス感染症の世界的な流行で、人々の移動が大幅に制限されるなかにおいても、まるで何も起きていないかのように駆動し続ける「世界経済」。それはすでに「惑星都市」が存在していることの証でもある。本書は、「惑星都市理論」(=プラネタリー・アーバニゼーション研究)という近年世界的に注目されている分析枠組みを用いて、「インフラ」「ロジスティクス」「リスケーリング」といった「惑星都市」を成り立たせる諸要素を考察しながら、「ポストコロニアル都市理論」「関係論的転回」「都市への権利」「自然の生産」など、欧米の都市理論を賑わせている対抗的ロジックの可能性と限界を見定め、その先を模索しようと試みる。「惑星都市」を私たちのものにするために。

虚像培養芸術論 アートとテレビジョンの想像力

著者:松井茂
発行:フィルムアート社
発行日:2021年3月24日
サイズ:四六判、上製、312ページ

1960年代、テレビジョンの想像力=「虚像」がアートを起動した。 磯崎新は都市デザインを虚業と称し、横尾忠則は虚像となり、高松次郎は影を演じた。今野勉はテレビの日常性を主張し、東野芳明は「テレビ環境論」を書いた。 マスメディアの想像力を分母に、現代を逆照射する戦後日本芸術論。

ディズニーと動物─王国の魔法をとく

著者:清水知子
発行:筑摩書房
発行日:2021年2月15日
サイズ:四六判、336ページ

ウォルト・ディズニーが創造したエンタテインメントは、米国大衆文化の代名詞であり、世界中を席巻している。姫と動物たちが織りなす夢と魔法の世界はいまなお拡大を続けるいっぽう、巨大資本を投入した反自然的な世界、徹底的に飼いならされた無菌化された世界でもある。ディズニーの物語は、現代の政治、社会、文化、自然に何をもたらしたか。その映像は私たちにどのような影響を及ぼしてきたか。その世界の舞台裏を探る。

言葉と衣服

著者:蘆田裕史
発行:アダチプレス
発行日: 2021年2月22日
サイズ:四六判変型、182ページ

私たちは生まれてからずっと、衣服とともに生活している。それなのに、衣服を語る言葉が貧しいのはなぜだろう。あいまいな用語が流通するファッションの世界に向き合い、本書は「言葉の定義=批評のためのインフラ整備」を試みる。ファッションをめぐる新たな思考が、この本からはじまる。

ここにあるしあわせ

著者:近藤亜樹
発行:T&M Projects + ShugoArts
発行日:2021年3月
サイズ:220×280mm、128ページ

2019年冬から2020年春にかけて、近藤亜樹が故郷・札幌にて描いた50点の作品群「ここにあるしあわせ」。

疾駆ZINE "YOUTH"

執筆者:ナタリー・ホーバーグ、石川嵩紘、加藤磨珠枝、上村洋一、菊竹寛、小林エリカ、鈴木俊晴、谷口正造、椿玲子、奈良美智、萩原俊矢、濱田智子、ミヤギフトシ、滝口悠生、蔵屋美香
グラフィック・デザイン:田中義久
発行:YKG publishing / Yutaka Kikutake Gallery Books
発行日:2021年4月10日
サイズ:B5判、40ページ

「Youth(仮)」展のオリジナルZINE 奈良美智さん初の短編小説や出展作家たちの物語、エッセイに加えて、様々な著者たちのYouthにまつわるエピソードを纏めました。





※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
https://honto.jp/

2021/05/14(金)(artscape編集部)

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小松左京『復活の日』

発行:KADOKAWA
発行日:1975/10/30

新型コロナウイルスが流行し始めた昨年、『ペスト』とともに再注目を集めた小説が『復活の日』である。御多分に洩れず、私も両作品とも夢中になって読んだ。『ペスト』はフランス領アルジェリアを舞台に疫病に惑わされる庶民の言動を坦々と描いた不条理小説であるが、『復活の日』は同じ疫病を扱いつつもスケールがまったく違った。世界的パンデミックがいまだ収まらず、変異種が次々と生まれている昨今、同作品に改めて注目してみたい。

『復活の日』はSFの名手、小松左京によって書かれた小説だ。1964年に発表されたとは思えないほど斬新で、来たる未来を予知していたかのような内容には慄くばかりである。第一部では1960年代のある年に “チベットかぜ”と呼ばれるインフルエンザが世界中で猛威を奮う様子が描かれる。その年の3月に最初の兆候が現われてからわずか半年間でパンデミックとなり、人類が滅亡に向かうのだ。5月の東京では、朝のラッシュ時、いつもなら満員になる電車が空いている。誰かが激しい咳をすれば、人々は薄気味悪そうに、横を向いて身を引く。そんな描写が昨春のコロナ禍と被り、読みながら身を震わせてしまった。一方、病院の中は戦争同然だったという描写も、現在の逼迫した医療現場と酷似している。

そうした世の中の様子と並行して描かれるのが、米英の国家軍事機密だ。それぞれが断片的な場面として描かれているが、それらをつなぎ合わせていくと、おそらく米国の人工衛星が宇宙から採取してきた微生物をもとに、同国の国防総省である原種がつくられ、それが盗まれて英国へと渡り、同国陸軍省の研究所で恐ろしい“核酸兵器”に変異させられたという経緯が見えてくる。そして強烈な毒性を持った変異種が何者かによって研究所から奪われ、彼らのうかつな飛行機事故によってアルプス山中にばら撒かれてしまうのが事の発端となる。新型コロナウイルスが中国の武漢ウイルス研究所から漏れたものではないかという噂が昨年に立ち、未だに消えないが、同書を読むと、そんな噂もあながち嘘ではないかもしれないという気さえしてくる。

しかし人類は完全に滅亡しなかった。南極に滞在する世界各国隊が生き残ったのである。まるでノアの箱舟のように……。そこで彼らが築く新たな共同体によって人類は“復活”に向かい、そして彼ら自身も想定外だったある出来事によって病原体で覆われた地球が“復活”する。その壮大な結末のすごさをぜひ味わってほしい。


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アルベール・カミュ『ペスト』|杉江あこ:artscapeレビュー(2020年05月15日号)

2021/05/10(月)(杉江あこ)

Ryu Ika『The Second Seeing』

発行所:赤々舎

発行日:2021/04/01

パワフルの一言に尽きる。『The Second Seeing』は、中国・内モンゴル自治区の出身で、武蔵野美術大学、パリ国立高等美術学校などで学んだRyu Ikaの、私家版ではない最初の写真集である。収録されているのは、第21回写真「1_WALL」展のグランプリ受賞者個展としてガーディアン・ガーデンで開催された、同名の展覧会の出品作。展示では、出力したプリントを壁一面に貼りめぐらせたり、くしゃくしゃに丸めて床に積み上げたりして、目覚ましいインスタレーションを実現していたのだが、今回の写真集ヴァージョンでも、出力紙を折りたたんだ状態で印刷するなど、印刷やレイアウトに工夫を凝らして視覚的スペクタクルの強度をさらに上げている。内モンゴル自治区、エジプト、日本、フランスで撮影された写真群が入り混じり、衝突しあって、異様にテンションの高い映像の世界が出現してきているのだ。ギラつくような原色、神経を苛立たせるノイズ、物質感を強調することで、真似のできない独特の表現のあり方が、形をとりつつある。

状況を演出し、撮影した写真にも手を加えることが多いにもかかわらず、Ryu Ikaの写真は現実の世界から離脱しているのではなく、むしろ地に足をつけた重力を感じさせる。それは、写真のなかに「我」を埋め込みたいという強い思いが貫かれているからだろう。ガーディアン・ガーデンでの展示に寄せたテキスト(本書にも再録)に「ただ撮った/見た風景を紙に再現したと思われるのが気が済まないというか、その現実からデータ、データから現実のプロセスの中に『我』がいることを、我々作り手としては、それを無視したくない、無視されたくないと世の中に伝えたい」と書いている。若い世代の写真家たちの仕事を見ると、画像を改変することで、「我」=「私」の痕跡を消去してしまうことが多いように感じる。そんななかで、Ryu Ikaの「我」に固執する姿勢は際立っている。そのことが彼女の写真に、絵空事ではないリアリティを与えているのではないだろうか。

2021/05/04(火)(飯沢耕太郎)

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