artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

プレビュー:マリク書店の光芒──ハートフィールド、ヘルツフェルデ兄弟とグロッス

会期:2015/10/01~2015/11/30

武蔵野美術大学 図書館展示室、大階段[東京都]

マリク書店は、1916年にドイツのベルリンで創設された左翼系の出版社で、第一次世界大戦前後からナチス第三帝国の時代を生きのび、戦後1947年に幕を下ろすまでの約30年間に320点余の書物と作品集を刊行している。それらの仕事には、20世紀前半におけるダダ運動やロシア構成主義などの影響、タイポグラフィやグラフィックデザインにおける表現の変革を見ることができるという。この展覧会ではマリク書店の活動を出版物と関連資料110点余で紹介する。戦間期ドイツの先鋭的なブックデザインを見る、またとない機会だ。[新川徳彦]

2015/09/29(火)(SYNK)

蘭字と印刷──60年ぶりに現れた最後の輸出茶ラベル

会期:2015/09/12~2015/11/01

フェルケール博物館[静岡県]

「蘭字」とは日本から海外に茶を輸出するときにパッケージや箱に貼られた多色木版画によるラベル。「蘭字」という名称は即ちオランダ語を意味するが、実際の茶の輸出先は北米が大部分で、書かれている文字はほとんどが英語である。茶箱のサイズに応じて蘭字の大きさにはバラエティがあるが、だいたい縦40センチ、横30~35センチ程度のサイズが中心だったようだ。当初日本から海外向けの茶の輸出は横浜港から行なわれ、「蘭字」と蘭字に先行する「茶箱絵」とよばれた錦絵は横浜で刷られていたが、明治39(1906)年に清水港からの茶輸出が行なわれるようになると、蘭字の制作も静岡で行なわれるようになった。輸出品の商標としては生糸のラベルがよく知られているが、井手暢子・元常葉大学教授の研究により近年この美しい茶ラベルにも注目が集まっている。
 江戸時代末期から横浜の外国商館が輸出した初期の茶箱には商館名や商標が記されていない「茶箱絵」とよばれる錦絵が貼られているものがあり、これには浮世絵の絵師や彫師、摺師が関わっていたことがわかっている。二代目広重(1826-1869)がこれを手がけていたことは、彼が茶箱広重とも呼ばれていたように、よく知られている。摺りはかなり粗雑。輪郭の描線がはっきりととられているのは、見当がずれても目立たないようにということだろうか。こうした茶箱絵は、製品名や茶の種類、商館名と図案を組み合わせた色鮮やかな「蘭字」に取って代わられる。蘭字に用いられた図案は必ずしも日本的ではなく、王冠や外国人の肖像、中国風、西洋風に描かれた花なども用いられており、果たして輸出先の国々が日本茶にどのようなイメージを抱いていたのか考えるとそのモチーフの選択はとても興味深い。また本展に先立ち、これまで戦前期で途絶えていたと思われていた蘭字が戦後もオフセット印刷によってつくられていたことがわかり、それら新資料がフェルケール博物館に寄贈され、本展で紹介されている。戦後の蘭字にはフランス語やアラビア語がデザインされているものが多く、中東や北アフリカの旧フランス植民地向けのラベルだと考えられる。展示室の最後は缶詰ラベル。なぜ缶詰ラベルなのか。「蘭字と印刷」という本展のテーマでいうならば、江戸期から明治期へと蘭字の制作を通じて印刷技術が連続していたこと。静岡の印刷業が錦絵の伝統を継いだ蘭字の制作から始まり、石版印刷、オフセット印刷へと展開していったこと。そしてラベル印刷への需要が輸出茶商標から削り節の箱、水産物缶詰のラベルへと転換していったことと関連している。また、こうした印刷物の登場と展開が、輸出港としての清水、漁業基地、水産物加工基地としての清水港の歴史と密接に結びついてきたことを見れば、本展がフェルケール博物館(清水港湾博物館)で開催されることの理由がよくわかろう。[新川徳彦]


展示風景

関連レビュー

明治の海外輸出と港:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape

2015/09/26(土)(SYNK)

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戦後70年──昭和の戦争と八王子

会期:2015/07/22~2015/09/30

八王子市郷土資料館[東京都]

第二次世界大戦終結から70年になる今年、各所で戦争と暮らしをテーマにした展覧会が開催されているが、そのなかでも本展は充実した企画のひとつではないだろうか。郷土資料館の展示らしく、主題は地域の暮らしと戦争との関わり。それだけなら各地の郷土博物館でよく見られる企画であるが、本展で扱われている時代は戦時中だけではなく、昭和初めの満州事変から戦後復興期まで約30年の長期にわたり、また出品資料は役所や公的な組織が制作・配布したチラシ、ポスター、町内会の通達、さまざまな代用品や戦時の衣服・軍服、学校生活や疎開、浅川地下壕につくられた中島飛行機の工場、八王子空襲等々と多岐にわたると同時に数も膨大で、地域の歴史と戦争との関係を資料を通じて丹念に追う構成になっている。
 多彩な資料のなかでとくに眼を惹くのはチラシやポスターなどの文書類。昭和12年に始まった国民精神総動員運動では国民に対して戦時体制への協力が呼びかけられるようになった。ただ、事態はすぐに逼迫したわけではない。昭和13年頃に八王子生肉商組合が制作した国民精神総動員運動ポスターには「肉食普及/健康報国」の文言が掲げられており、同時期に東京鉄道局が制作したパンフレットは「春光を浴びて野外へ」というコピーで人々をハイキングへと誘い、まだ人々の生活には余裕が感じられるものが多い。しかし昭和16年に太平洋戦争が始まると状況は大きく変わり、戦争遂行のための貯蓄の推奨や国債の購入、資源節約、金属などの資源回収を求める文書が多数現われる。綿の供出(火薬の原料)、かぼちゃの種の回収(食料)、茶ガラの回収(軍馬の飼料)、犬の献納(犬の特別攻撃隊をつくると書かれている)、子どもたちにはドングリの採集(タンニンやアルコールの原料、飼料や食料として)を呼びかけるチラシなどは、資源を持たない国が無謀な総力戦に突入していく様が伝わる資料だ。空襲への備えや毒ガス攻撃を想定した防毒マスクや対処法を記した冊子類も興味深い。焼夷弾攻撃への対処も想定されていたが、昭和20年8月2日の八王子空襲では市民1人あたり10個の焼夷弾が落とされたといわれ、現実には何の役にも立たなかったという。
 もうひとつ興味深い資料は、昭和12年8月に日中戦争の派遣部隊に招集されたひとりの青年教員の記録である。家族で写した写真、青年が親に宛てたはがき、学校の教え子たちからの手紙、青年の戦死を報じる新聞の切り抜きや死亡通告書、軍隊手帖やトランクなどの遺品類。所属していた部隊を主題に制作された歌舞伎舞台のパンフレットや学芸会の台本まで、青年の父親が集め大切に保管してきた資料は戦争の現実を淡々と、しかしリアルなものとして私たちに伝えてくれる。歴史を知ること、歴史に学ぶことの大切さを印象づけられる展示だ。[新川徳彦]

2015/09/21(月)(SYNK)

ニューヨーカーが魅せられた美の世界──ジョン・C・ウェバー・コレクション

会期:2015/09/15~2015/12/13

MIHO MUSEUM[滋賀県]

アメリカ人の美術収集家ジョン・C・ウェバー氏のコレクションによる展覧会。会場は、メトロポリタン美術館寄贈ウェバー・コレクション、レンブラントのエッチング、中国陶器、朝鮮絵画、日本の仏教画・書、日本の陶磁器・漆工・ガラス、日本の染織の7会場で構成され、およそ160点の美術品が展示された。
なかでもとくに印象に残ったのは、日本の近世の絵巻物と近代の染織品である。菱川師宣筆《吉原風俗図巻》は全長およそ1,761センチの大作。展示はそのうちの一部だけとはいえ、誰もが惹きつけられる吉原という主題に加え繊細で表情豊かな人物描写が魅力的である。客が格子で遊女を品定めしたり宴会で歌舞に耽ったり遊女と睦み合ったりする姿から、調理人が台所で魚をさばく姿や使用人が衣装を繕う姿まで人々のさまざまな姿が生き生きと描かれている。《源氏物語歌合絵巻》は小絵とよばれる幅15センチの小型の絵巻物。源氏物語の登場人物の和歌と詠み人が歌合形式で配置されている。人物たちの品よく目を伏せた表情や精緻に描き込まれた調度品の模様、流れるような女性の黒髪が優雅で美しい。絵巻物とは対照的に、大胆でグラフィカルな表現が目を引くのは昭和初期の銘仙の着物である。銘仙といえば当時は庶民の日常着。使用感もなくこれほど良好な状態のものが20点以上もまとまって保存されているのは珍しい。いずれも、身丈150センチほどの大きさの着物を画面に抽象的な表現のモチーフや幾何学模様が伸びやかに配置されている。合成染料の彩度の高い色合いも強烈だ。《ミッキーマウス模様捺染一つ身綿入れ長着》は、ミッキーマウスが最初に公開された1928年の数年後に最新技術のローラー捺染機を使って製造された、当時としては最先端をいく一着である。子ども向けということもあって比較的小さな柄だが、絣(かすり)調にもかかわらず歪みなく正確に織り上げられたミッキーマウスの顔が大衆品レベルの技術の高さを示している。
個人コレクションの醍醐味は、なんといっても系統よりも収集家の趣味嗜好によるところだろう。絵巻物から銘仙まで、意表をつく品揃えには日本美術に対する収集家の情熱が感じられた。[平光睦子]

2015/09/20(日)(SYNK)

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プレビュー:鉄道芸術祭 vol.5 ホンマタカシプロデュース もうひとつの電車~alternative train~

会期:2015/10/24~2015/12/26

アートエリアB1[大阪府]

京阪電車「なにわ橋駅」構内という独特のロケーションを生かし、鉄道と芸術をテーマにした「鉄道芸術祭」を毎年開催しているアートエリアB1。今年は写真家のホンマタカシをプロデューサーに迎え、駅、ホーム、車両などの鉄道環境や、京阪電車沿線を独自の視点でリサーチした作品展示を行う。出品作家はホンマの他、黒田益朗(グラフィックデザイナー)、小山友也(アーティスト)、NAZE(アーティスト)、PUGMENT(ファッションブランド)、蓮沼執太(音楽家)、マティアス・ヴェルムカ&ミーシャ・ラインカウフ(アーティスト)の計7組。ホンマは6月から断続的に大阪に滞在し、京阪沿線でカメラオブスキュラの手法で作品を制作、それらのうち光善寺駅のカメラオブスキュラを限定公開する他、小津安二郎へのオマージュ、リュミエール兄弟の作品上映などを行う。他のゲストアーティストたちは、写真、模型、映像、ドローイング、音響作品を出品する予定だ。

2015/09/20(日)(小吹隆文)