2020年04月01日号
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artscapeレビュー

蘭字と印刷──60年ぶりに現れた最後の輸出茶ラベル

2015年10月01日号

会期:2015/09/12~2015/11/01

フェルケール博物館[静岡県]

「蘭字」とは日本から海外に茶を輸出するときにパッケージや箱に貼られた多色木版画によるラベル。「蘭字」という名称は即ちオランダ語を意味するが、実際の茶の輸出先は北米が大部分で、書かれている文字はほとんどが英語である。茶箱のサイズに応じて蘭字の大きさにはバラエティがあるが、だいたい縦40センチ、横30~35センチ程度のサイズが中心だったようだ。当初日本から海外向けの茶の輸出は横浜港から行なわれ、「蘭字」と蘭字に先行する「茶箱絵」とよばれた錦絵は横浜で刷られていたが、明治39(1906)年に清水港からの茶輸出が行なわれるようになると、蘭字の制作も静岡で行なわれるようになった。輸出品の商標としては生糸のラベルがよく知られているが、井手暢子・元常葉大学教授の研究により近年この美しい茶ラベルにも注目が集まっている。
 江戸時代末期から横浜の外国商館が輸出した初期の茶箱には商館名や商標が記されていない「茶箱絵」とよばれる錦絵が貼られているものがあり、これには浮世絵の絵師や彫師、摺師が関わっていたことがわかっている。二代目広重(1826-1869)がこれを手がけていたことは、彼が茶箱広重とも呼ばれていたように、よく知られている。摺りはかなり粗雑。輪郭の描線がはっきりととられているのは、見当がずれても目立たないようにということだろうか。こうした茶箱絵は、製品名や茶の種類、商館名と図案を組み合わせた色鮮やかな「蘭字」に取って代わられる。蘭字に用いられた図案は必ずしも日本的ではなく、王冠や外国人の肖像、中国風、西洋風に描かれた花なども用いられており、果たして輸出先の国々が日本茶にどのようなイメージを抱いていたのか考えるとそのモチーフの選択はとても興味深い。また本展に先立ち、これまで戦前期で途絶えていたと思われていた蘭字が戦後もオフセット印刷によってつくられていたことがわかり、それら新資料がフェルケール博物館に寄贈され、本展で紹介されている。戦後の蘭字にはフランス語やアラビア語がデザインされているものが多く、中東や北アフリカの旧フランス植民地向けのラベルだと考えられる。展示室の最後は缶詰ラベル。なぜ缶詰ラベルなのか。「蘭字と印刷」という本展のテーマでいうならば、江戸期から明治期へと蘭字の制作を通じて印刷技術が連続していたこと。静岡の印刷業が錦絵の伝統を継いだ蘭字の制作から始まり、石版印刷、オフセット印刷へと展開していったこと。そしてラベル印刷への需要が輸出茶商標から削り節の箱、水産物缶詰のラベルへと転換していったことと関連している。また、こうした印刷物の登場と展開が、輸出港としての清水、漁業基地、水産物加工基地としての清水港の歴史と密接に結びついてきたことを見れば、本展がフェルケール博物館(清水港湾博物館)で開催されることの理由がよくわかろう。[新川徳彦]


展示風景

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2015/09/26(土)(SYNK)

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