artscapeレビュー
戦後70年──昭和の戦争と八王子
2015年10月01日号
会期:2015/07/22~2015/09/30
八王子市郷土資料館[東京都]
第二次世界大戦終結から70年になる今年、各所で戦争と暮らしをテーマにした展覧会が開催されているが、そのなかでも本展は充実した企画のひとつではないだろうか。郷土資料館の展示らしく、主題は地域の暮らしと戦争との関わり。それだけなら各地の郷土博物館でよく見られる企画であるが、本展で扱われている時代は戦時中だけではなく、昭和初めの満州事変から戦後復興期まで約30年の長期にわたり、また出品資料は役所や公的な組織が制作・配布したチラシ、ポスター、町内会の通達、さまざまな代用品や戦時の衣服・軍服、学校生活や疎開、浅川地下壕につくられた中島飛行機の工場、八王子空襲等々と多岐にわたると同時に数も膨大で、地域の歴史と戦争との関係を資料を通じて丹念に追う構成になっている。
多彩な資料のなかでとくに眼を惹くのはチラシやポスターなどの文書類。昭和12年に始まった国民精神総動員運動では国民に対して戦時体制への協力が呼びかけられるようになった。ただ、事態はすぐに逼迫したわけではない。昭和13年頃に八王子生肉商組合が制作した国民精神総動員運動ポスターには「肉食普及/健康報国」の文言が掲げられており、同時期に東京鉄道局が制作したパンフレットは「春光を浴びて野外へ」というコピーで人々をハイキングへと誘い、まだ人々の生活には余裕が感じられるものが多い。しかし昭和16年に太平洋戦争が始まると状況は大きく変わり、戦争遂行のための貯蓄の推奨や国債の購入、資源節約、金属などの資源回収を求める文書が多数現われる。綿の供出(火薬の原料)、かぼちゃの種の回収(食料)、茶ガラの回収(軍馬の飼料)、犬の献納(犬の特別攻撃隊をつくると書かれている)、子どもたちにはドングリの採集(タンニンやアルコールの原料、飼料や食料として)を呼びかけるチラシなどは、資源を持たない国が無謀な総力戦に突入していく様が伝わる資料だ。空襲への備えや毒ガス攻撃を想定した防毒マスクや対処法を記した冊子類も興味深い。焼夷弾攻撃への対処も想定されていたが、昭和20年8月2日の八王子空襲では市民1人あたり10個の焼夷弾が落とされたといわれ、現実には何の役にも立たなかったという。
もうひとつ興味深い資料は、昭和12年8月に日中戦争の派遣部隊に招集されたひとりの青年教員の記録である。家族で写した写真、青年が親に宛てたはがき、学校の教え子たちからの手紙、青年の戦死を報じる新聞の切り抜きや死亡通告書、軍隊手帖やトランクなどの遺品類。所属していた部隊を主題に制作された歌舞伎舞台のパンフレットや学芸会の台本まで、青年の父親が集め大切に保管してきた資料は戦争の現実を淡々と、しかしリアルなものとして私たちに伝えてくれる。歴史を知ること、歴史に学ぶことの大切さを印象づけられる展示だ。[新川徳彦]
2015/09/21(月)(SYNK)