artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
ペコちゃん展
会期:2015/07/11~2015/09/13
平塚市美術館[神奈川県]
サブタイトルもなにもない、シンプルでストレートなタイトルの展覧会である。展示室もシンプルで、デパートメントで開催されるキャラクターものの展覧会のような派手さはまったくない。しかしこの展覧会、8月18日には2万人目の来場者を迎え、会期末までには3万人に達しようかという人気で、これまでの平塚市美術館の来場者記録の上位3位に入る勢いだという。一部の資料を除いて写真撮影が可能であることも口コミでの集客に資しているかも知れない。
説明するまでもないだろうが、「ペコちゃん」は1950(昭和25)年に登場した洋菓子メーカー・不二家のマスコットキャラクターである。今年で生誕65周年ということになるが、1958(昭和33)年に公募で決まったキャラクター上の設定は「永遠の6歳」。ひとつ年上のボーイフレンド・ポコちゃんと、飼い犬・ドッグがいる。もともと同社の菓子「ミルキー」のキャラクターとして登場したが、立体化された身長1メートルほどの人形は不二家の洋菓子店やレストランの店頭に立ち、同社そのもののマスコットキャラクターとして認知されてきた(1998年にはペコちゃん・ポコちゃん人形は立体商標制度の第1号として登録されている)。なお、今回平塚市美術館でペコちゃん展が開催されることになった理由のひとつは、美術館の北側に同社の平塚工場が立地していることで、展覧会にも同社が全面的に協力している。
展示前半はペコちゃんの歴史。代々の店頭用ペコちゃん人形やミルキーのパッケージ、ペコちゃんが登場するノベルティなどの資料のほか、ペコちゃんが登場したばかりの1950年代の店頭風景を捉えた写真が展示されている。田沼武能の写真に写っているのは、店頭に置かれたペコちゃん人形が持つミルキーの箱を狙う戦災孤児(1950年)。そのほか、アントニン・レーモンドの設計による伊勢佐木町店の建築や図面、レイモンド・ローウィによる不二家のロゴ(1961年)が紹介されている。興味深いのは、ペコちゃんは現役のマスコットなのに、展示がおもに昭和の世相、記憶という文脈で切り出されている点である。この視点は、2010年に不二家が銀座で開催した「ペコちゃんミュージアム」(2010/11/1~11/21)でも同様であった。企画側だけではなく、人々がペコちゃんというキャラクターには懐かしさ、ノスタルジーを見ているがゆえに、親子連ればかりではなく、年配の来場者が多く見られるのだろう。
さて、過去の商品やオブジェを展示するだけでは骨董市の趣である。今回の展示の後半には過去と現在とを結ぶために、美術館ならではの仕掛けが用意されている。そのひとつは東京モード学園の学生によるペコちゃんの衣装コンテスト。平成生まれの学生たちがアイデアを競い、イチゴのショートケーキをテーマにした島川香織さんの作品が大賞を受賞した。ちなみに平塚市はイチゴの産地でもあるのだという。もうひとつは、年代もさまざま、扱う素材や技法も異なる17名の作家が制作したペコちゃん・トリビュートの作品27点。三沢厚彦の陶による《ペコ・ポコ・ドッグ》。展示には木製のちゃぶ台が使われているところ、やはりペコちゃんには昭和のイメージが強いのか。西尾康之の立体ペコちゃんは神楽坂のペコちゃん焼きを彷彿とさせる恐ろしげな表情。参加作家中最年長1951年生まれの金川博史の作品は、福田繁雄の切手によるモナリザに触発された切手貼り絵によるペコちゃん。2010年に制作された作品はペコちゃんの周囲を60円切手で埋め尽くしてその生誕60周年を祝している。鍛金の内田望はミルキーをつくる架空の装置を載せた牛の作品を出品している。牛の乳から絞られたミルクは背中に乗せた装置に送られ、砂糖などの原材料が加えられてミルキーとなる「仕組み」。牛の模様がミルキーの包み紙の模様であったり、ペロリと出た舌がペコちゃんと同じ向きだったり、そもそも「ペコ」が仔牛を表わす「ベコ」に由来していることをふまえていたり、細部に至るまで見ていて飽きない。川井徳寛《相利共生(お菓子の国~守護者の勝利~)》は、ヨーロッパの古典絵画に現われる天使のイメージにペコ・ポコを重ね合わせた作品。天使たちはペコポコの姿をお面の形でまとい、小道具や背景には不二家のさまざまなお菓子が描き込まれ、このまま不二家のイメージ広告としても使えそうだ。他の作家の作品も、視覚と味覚の記憶をさまざまな形で表現した面白いものばかり。ペコちゃんというキャラクターの強さと、シンプルなタイトルの奥に拡がる世界観がとても楽しい展覧会である。[新川徳彦]
2015/08/26(水)(SYNK)
温泉と文芸と鉄道
会期:2015/08/04~2015/11/23
旧新橋停車場「鉄道歴史展示室」[東京都]
火山国日本には古くから各地に温泉地があり、人々の行楽に、療養に親しまれてきた。明治に入るとドイツから招聘された医師エルウィン・ベルツ博士(1849-1913)が温泉療法に関する研究を発表したことで日本の温泉が「再発見」され、さらには鉄道の普及によるアクセスの改善、温泉地を訪れた文学者たちの作品を通じて温泉地の人気が高まっていった。本展は、こうした温泉の発達を「文芸」「鉄道」をキーワードとして、関東周辺および花巻の温泉地の展開を各種資料でみる企画である。出品されている資料は各地の鳥瞰図、鉄道路線図、各種案内書や切符やタブレットなどの鉄道関連資料。取り上げられている温泉地は、尾崎紅葉が『金色夜叉』で描いた熱海や塩原の温泉、萩原朔太郎の郷里前橋にほど近い伊香保──伊香保温泉は徳冨蘆花や竹下夢二にも愛された──、多くの文学者が避暑や結核の治療に訪れた軽井沢・草津、そして宮沢賢治ゆかりの花巻温泉。賢治の父・政次郎は花巻電車の株主・温泉軌道株式会社の監査役だったという。多様な切り口から鉄道と社会や文化とのつながりを見せてくれる鉄道歴史展示室の企画は、鉄道の技術や車両を見せる鉄道博物館とはまた違った面白さがある。[新川徳彦]
2015/08/22(土)(SYNK)
20世紀琳派 田中一光
会期:2015/08/18~2015/10/29
京都dddギャラリー[京都府]
今年6月から7月にかけて奈良県立美術館で大規模な「田中一光展」が行われた。その直後に京都で別企画の「田中一光展」。京都が琳派400年で沸いているのは知っているが、なぜこの時期に? というのが事前の正直な気持ちだった。いざ本展を見てみると、田中が琳派から受けた影響を、主題、技法、色、形などの要素から明らかにしており、約120点という規模も手伝って見応えのある内容に仕上がっていた。また、「琳派とデザイン」「永遠の琳派」など田中自身が琳派について語っている文面の一部がパネル展示されており、彼にとって琳派がいかなる存在なのかが明瞭に伝わった。奈良の回顧展に対し、京都はテーマ性の強い企画展。短期間に異なる観点から巨匠の世界を概観できたのは、贅沢な体験だった。
2015/08/21(金)(小吹隆文)
プレビュー:六甲ミーツ・アート 芸術散歩2015
会期:2015/09/12~2015/11/23
神戸・六甲山の自然とアートの魅力を散歩感覚で味わえると好評のイベント。6回目となる今回も、六甲山上のさまざまな施設を舞台に、作品展示やイベントが開催される。今回特に注目したいのは、新たに会場に加わった「グランドホテル六甲スカイヴィラ」と「旧六甲オリエンタルホテル 風の教会」。特に「風の教会」は建築家・安藤忠雄の代表作でありながら、ホテルの閉鎖にともない長らく非公開になっていた。アートファンのみならず、建築ファンにとってもこの機会は見逃せない。六甲山は都会に隣接する山だが、いざ出かけてみると豊かな自然が保たれており、気分転換にもってこいだ。日帰りでお手軽に地域アートを楽しみたい方にもおすすめしたい。
2015/08/20(木)(小吹隆文)
人の輪をつなぐ──オリンピックとポスターデザイン
会期:2015/06/15~2015/09/05
京都工芸繊維大学 美術工芸資料館[京都府]
京都工芸繊維大学美術工芸資料館の所蔵する多くのポスター・コレクションのなかから、歴代オリンピック・ポスターの変遷をたどる展覧会。第1部では、1920年のアントワープ(ベルギー)におけるベル・エポック様式の色濃い美術絵画的ポスターから始まり、1980年のモスクワ(ソ連)まで9カ国のポスターが展示される。そこでは、現代のポスターが色と文字(形)で構成されるようになり、いかに簡略化・抽象化されていったかという流れを見て取ることができる。またそうした変化の背景に写真やCGの活用があることも、次章を合わせて見るとよくわかる。その第2部では、「日本のオリンピック(1964年東京/72年札幌/98年長野)」に焦点が当てられている。まずは亀倉雄策による東京オリンピック・ポスターの4種から。日の丸に五輪のシンボルマークを組み合わせたものが中心に置かれ、左右には五輪史上初めて写真を採用したポスターが配される。これは亀倉が「効果的な配し方」と示唆したやり方に倣っており、いま見てもなお新しく、迫力のあるポスターに圧倒される。72年札幌のポスターは、永井一正がデザインしたシンボルマーク(日の丸に初雪の家紋と五輪の組み合わせ)を用いた亀倉監修作、細谷巌、河野鷹思、田中一光、栗谷川健一の味わいの異なる作品を見ることができる。98年長野のポスターでも同様に具象から抽象までのヴァリエーションと、技術向上によるデザイン上の変化、イラストに書家を採用したもの、自然環境保護を喚起する社会的なものなど、多様なポスター5種が展示される。最後の特集展示では、「オリンピックを飾ったデザイナーたち」というタイトルのもと、亀倉・永井・田中・細谷・青葉益輝・浅葉克己6名による代表的なポスター群を一堂に展覧する。本展は、学生が手掛けた博物館実習の一環であるが見応えは十分。五輪の歴史だけでなくロゴやマスコットキャラクター・ピクトグラム・メダル・切手にも目配りされている。学生の奮闘のみならず、同館コレクションの質の高さも窺える。[竹内有子]
2015/08/19(水)(SYNK)