artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
TDC 2016
会期:2016/07/22~2016/08/27
京都dddギャラリー[京都府]
タイポグラフィを中心とするグラフィックデザインの国際コンペ「TDC」。毎回質の高いデザインを楽しませてもらっているが、その一方で十年一日のごとく選ばれ続ける巨匠デザイナーの存在に疑問を抱き、いっそ一定回数以上入賞した人は殿堂入りにして対象から外せば良いのに、と思っていた。今回も巨匠たちは選ばれていたが、その一方で着実な世代交代を感じたのもまた事実だ。筆者が特に気に入ったのは以下の2点。菅野創+やんツーによる、人工知能に手書き文字の意味を教えず、形状のみを学習させて、意味不明だけど文字らしく見える線をひたすら書き続けるドローイングマシンと、トム・ヒングストンによる、デヴィッド・ボウイのプロモーションビデオ(ラストアルバム『ブラック・スター(★)』に収録されたシングル曲『Sue(Or in A Season of Crime』)である。この2点を知っただけでも、本展に出かけた甲斐ありだ。そして今年の刺激を糧に、来年もまた出かけようと思う。
2016/08/02(火)(小吹隆文)
Fashioning Identity
会期:2016/07/01~2016/08/05
京都精華大学ギャラリーフロール[京都府]
展覧会タイトルの「FASHIONING IDENTITY」とは、ファッションをとおして「アイデンティティを作り上げる」という意味。わたしたちが日々身につける衣服は否応なく自分自身が何者であるかを周囲に表明してしまうことを思うと、たしかに、ファッションにはアイデンティティを構築するという側面があるだろう。このようなテーマのもと、本展では演劇や写真などさまざまな領域で活動する4組のアーティストが取り上げられた。
ニューヨークを拠点に活動する韓国出身の写真家、イナ・ジャンは、ファッション・ブランド、URBAN RESEARCHのイメージ写真を担当したことが記憶に新しい。本展ではよく知られる顔の一部を隠したポートレイトのほか、カメラアプリさながらに、デジタル処理を施したポートレイトも出品された。制作過程で被写体となった少女たちに加工作業をゆだねることもあるという。顔は自分でつくるもの、その手段はもはや装飾や化粧を超えつつあるということか。
YANTOR(ヤントル)は坂倉弘祐と吉田賢介が2008年に設立したファッション・ブランド。本展に出品された2015年春夏コレクションの写真は、見慣れたモード写真とは些か違う匂いがする。これらの写真はヤントルと写真家、青木勝洋とのプロジェクト「ONE by ONE」で撮影されたという。インドやチベットに渡り、ヤントルの服を着てもらい、宗教的背景を異にする現地の人々とコミュニケーションをはかるというプロジェクト。ヤントルの服がインドの人々にしっくりと馴染んでいることには驚かされる。
マームとジプシーは2007年から横浜を中心に作品を発表してきた演劇団体。藤田貴大が脚本と演出をつとめる。本展には川上未映子の書き下ろしで上演された一人芝居「まえのひ」の舞台装置やテキスト、写真などが出品された。会期中には主演の青柳いづみによるパフォーマンスも披露されたようだ。森栄喜と工藤司は、同性婚をテーマにしたプロジェクト「Wedding Politics」からの出品。ウェディングドレスに見立てた白い服を着た二人、「Wedding Politics -Sugamo-」は巣鴨の街で通りすがりの人々にその二人の記念写真を撮影してもらうという作品だ。人々は撮影者として作品に参加することで、二人の結婚に立ち会い、それを祝福することになる。本展にはプロジェクトの映像と衣装からなるインスタレーションが出品された。
若手アーティストたちによる、ファッションにまつわる多様な表現に注目した本展。ファッションの創造性と可能性が充分に感じられる展覧会であった。[平光睦子]
2016/07/30(土)(SYNK)
サロンクバヤ:シンガポール 麗しのスタイル つながりあう世界のプラナカン・ファッション
会期:2016/07/26~2016/09/25
渋谷区立松濤美術館[東京都]
ファッション、テキスタイル関連の展覧会が多く開催されている今年の東京周辺のミュージアムだが、シンガポールとインドネシアという東南アジア地域のファッションを紹介する企画が偶然にも同時期に開催されている。シンガポールについては渋谷区立松濤美術館で、インドネシアについては町田市立博物館が会場だ。ファッションを巡るこの2つの展覧会の企画には、政治的アイデンティティ、民族的アイデンティティという視点で重なるものがあり、いずれもその構成は興味深いものになっている。
松濤美術館で取り上げられているのは、シンガポールのプラナカンの女性たちのファッションであるサロン(sarong:筒状のスカート)とクバヤ(kebaya:前開きの上衣)の、19世紀後半から20世紀半ばにかけての変遷である。最もよく知られたサロンクバヤはシンガポール航空の客室乗務員の制服であるといえば、どのようなスタイルのファッションなのかイメージされようか。本展に出品されている衣装は、プラナカンの名家であるリー家のコレクションおよび、リー家が寄贈したシンガポール国立アジア文明博物館、福岡市美術館所蔵のコレクションだ。プラナカンとは「現地で生まれた人」を意味するマレー語で、シンガポールでは主に中国から移住した男性と地元女性を祖先とする人々を指す。1826年にマラッカ海峡を臨むペナン、シンガポール、マラッカはイギリスの海峡植民地として統合された。自由港となったペナンとシンガポールには、マラッカからの華人移住者とともに中国から大量の移民が流入し、彼らを祖先とする海峡植民地生まれの華人たちの間で今日まで伝わるプラナカン文化が醸成されてきたという。
プラナカンの女性たちが着用したサロン・クバヤは民族衣装ではあるが、その素材となった織物、染め物は現地でつくられたものではない。サロンにはインドネシアのバティック(ジャワ更紗)やインド更紗、クバヤにはヨーロッパのレース、オーガンジーなどが使われている。バテックやインド更紗に用いられた綿布はイギリス製。意匠はインド更紗の影響を受けている。なかにはシンデレラなど西洋の童話をモチーフにしたバティックもある。縫製はインドネシアやマレーシア。私たちが「アジアの民族衣装」と聞いてイメージするものとはずいぶんと異なるハイブリッドなファッションであることに驚かされる。本展監修者ピーター・リー氏は、このようなハイブリッドなファッションが生まれた理由として、プラナカンたちがその文化的母国から離れて暮らしていること、そのためにファッションの実用性に問題があれば改変・代用が必要になること、そして宮廷がないためにドレスコードや贅沢禁止令が課せられなかったことを挙げている。
さらに本展がフォーカスしているのは、その変遷だ。ファッションに変化を促した要因のひとつは近代的なアイデンティティである。20世紀初頭に中国本土で盛り上がった中華ナショナリズムの動向はシンガポールにも届き、祖先の母国である中国の動向と英国臣民という立場との狭間で、プラナカンの女性たちは中国あるいはヨーロッパの服のスタイルを戦略的に取り入れ、自身のアイデンティティを表したのだという。変化のもうひとつの要因は染織技術の革新である。20世紀なるとヨーロッパ製の木綿のオーガンジー、ローラープリントの綿布、合成染料で染められた鮮やかな布が氾濫した。ミシンの導入により全体がレースで出来ているようなクバヤが生まれ、鮮やかな糸で大柄な文様の刺繍が施されるようになったという。
シンガポールのような多民族、複雑な支配の歴史を背景にもつ人々のアイデンティティを読み解くのは容易なことではない。しかしファッションが人々のアイデンティティを示すものだとすれば、その変遷を追うことで変化を眼に見えるものとして示すことが出来るかもしれない。そのような試みとして、本展を見た。[新川徳彦]
関連レビュー
インドネシア ファッション ─海のシルクロードで花開いた民族服飾の世界─:artscapeレビュー
2016/07/25(月)(SYNK)
アンテルーム増床リニューアルオープン&「ULTRA×ANTEROOM exhibition 2016」
会期:2016/07/22
ホテルアンテルーム京都[京都府]
ホテルアンテルーム京都の増床リニュアルのオープンへ。UDSの企画設計と名和晃平が率いるSANDWICHのアートディレクションにより、代ゼミの学生寮がアートのある客室に変化した。1階は名和晃平、蜷川実花らの庭付きコンセプトルーム。6階は金氏徹平、ヤノベケンジ、宮永愛子らのコンセプトフロア。そして2~5階は若手作家のスペース。作品を買い取って、部屋に固定化するのではなく、むしろ365日アートフェアを掲げ、宿泊した人が作品を購入でき、それにより作品も入れ替わる。一方、アーティストにとっては貸画廊とは違う、発表の場として機能する。せっかくアンテルームでのトークなので、名和さん一推しの若手、木村舜が制作した感情・行動(笑い、食べるなど)やキャラ(社畜)に基づく歪んだ人体のドローイングと彫刻がある、1階の庭付きの部屋に泊まる。夜は庭の彫刻の頭がぐるぐると光って、なかなかに不気味。ヒバ材による楕円のバスタブは使って水を吸うと香りを放つ。
写真:左=上から、名和晃平、蜷川実花、金氏徹平 右=上から、ヤノベケンジ、宮永愛子、木村舜
2016/07/22(金)(五十嵐太郎)
プレビュー:あいちトリエンナーレ2016 虹のキャラヴァンサライ
会期:2016/08/11~2016/10/23
愛知芸術センター、名古屋市美術館、名古屋市内のまちなか、豊橋市内のまちなか、岡崎市内のまちなか[愛知県]
3年に1度、愛知県で開催される現代アートの祭典。3回目の今回は芸術監督に港千尋を迎え、「虹のキャラヴァンサライ 創造する人間の旅」をテーマに、国内外100組以上のアーティストによる国際展、映像プログラム、パフォーミングアーツなどが繰り広げられる。またプロデュースオペラ「魔笛」の公演も行なわれる。テーマの詳細は公式サイトで調べてもらうとして、今回の大きな特徴は、豊橋市が会場に加わりますます規模が拡大したこと、キュレーターにブラジル拠点のダニエラ・カストロとトルコ拠点のゼイネップ・オズらを招聘し、参加アーティストの出身国・地域が増えたことなど、拡大と多様化を推し進めたことが挙げられる。この巨大プロジェクトを、港を中心としたチームがどのようにハンドリングしていくかに注目したい。個人的には、豊橋市が会場に加わることを歓迎しつつ、酷暑の時期に取材量が増えることにビビっているというのが正直なところ。前回は1泊2日で名古屋市と岡崎市を巡ったが、今回は1日1市ずつ3回に分けて取材しようかなと思っている。
2016/07/20(水)(小吹隆文)