artscapeレビュー
デザインに関するレビュー/プレビュー
坂本素行展
会期:2016/06/20~2016/07/02
ギャラリー上田[東京都]
象嵌技法で緻密かつ色彩豊かな装飾を施したユニークな器を作る坂本素行。今回の展覧会では、初めて手がけたという陶板画が器とともに並ぶ。基本的な技法は器も陶板も変わらない。ベースとなる陶土の上に、異なる色の陶土を重ね、ナイフで模様を切り出しさらに別の色の陶土で埋めてゆく。違いとしては器の場合はボディをろくろで挽くのに対して、陶板は綿棒で板を作るぐらいか(手近な台所道具を活用しているそうだ)。ただ、印象は大きく異なる。用のある器と絵画的な陶板との違いというだけではない。手の跡、釉薬や焼成による斑など、自然による干渉の痕跡を徹底的に消し去っている器の造形に対して、陶板の輪郭は緩やかでしばしば波打っている。均質なパターンで表面が埋め尽くされている器の文様に対して、陶板に描かれるラインは自由。モチーフは主にアルルカン。その理由は、陰影を付けなくてもコスチューム模様の形の変化で身体の立体感を出せるからだそうだ。画面の構成はフランスの古いポスター、絵看板を思わせる。色面と色面が重なり合い透過しているように見える部分があるが、もちろんそれぞれに異なる色の陶土を象嵌して表現している。自由に見えるけれども、器の作品と同様に極めて精緻でデザイン的な仕事なのだ。[新川徳彦]
関連レビュー
INLAY 坂本素行展:artscapeレビュー|美術館・アート情報 artscape
2016/06/28(火)(SYNK)
「KENPOKU ART 2016 茨城県北芸術祭」企画発表会
会期:2016/06/28
上野精養軒[東京都]
この秋、茨城県北部で開催される芸術祭「KENPOKU ART 2016」の記者発表。これだけ国際展や芸術祭が増えてくると、よっぽど大金かけて海外の大物アーティストを呼ぶとか、ケガ人続出みたいな気の狂った企画を立てないと注目を集めないが、「KENPOKU ART」はどちらでもない。裏返せばとても真っ当な、もっといえば優等生的な芸術祭になりそうだ。まずテーマだが、「海か、山か、芸術か?」。テーマになってないが、田舎でやるんだという意気込みというか開き直りは伝わってくる。場所は日立市や高萩市など5市1町、のべ1,652平方キロ(越後妻有の2倍強)におよぶ広大な地域だが、そこにまんべんなく作品を点在させるのではなく、見に行きやすいように「日立駅周辺」「五浦・高萩海浜」「常陸太田鯨ヶ丘」「奥久慈清流」の4つのエリアに分け、作品を集中させるという。よくも悪くも越後妻有ほど非常識ではないのだ。総合ディレクターは森美術館館長の南條史生、キュレーターには札幌国際芸術祭にも関わった四方幸子の名前も。出品作家はミヒャエル・ボイトラー、藤浩志、日比野克彦、石田尚志、イリヤ&エミリア・カバコフ、妹島和世、須田悦弘、チームラボなど約20カ国から100組近く。地域の人たちとの対話を通して作品プランを組み立てるアートハッカソンを実施して選出したり、県南部のアーティスト・イン・レジデンス「アーカス」の経験者や、伊藤公象、國安孝昌、田中信太郎といった地元作家も入れ込んでバランスをとっている。海あり山あり芸術もあり、ちゃっかり各地の芸術祭の「いいとこどり」をしているような印象もある。後出しだからなあ。でもひとつ感心したのは、県知事で実行委員会会長の橋本昌がとても熱心なこと。会場からの質問も人任せにせず、みずから積極的に答えていた。トップが引っぱっている。出しゃばりすぎなければ最強だ。
2016/06/28(火)(村田真)
土木展
会期:2016/06/24~2016/09/25
21_21 DESIGN SIGHT[東京都]
21_21にて、「土木展」のオープニングに顔を出す。過去に前例がない企画なので、てっきりカッコいい、土木デザインの事例を紹介する作品主義だと思い込んでいたが、いい意味で裏切られた。これは楽しいドボクの展覧会だった。インタラクティブなインスタレーションなどを通じて、土木の世界を知る仕掛けの数々。また会場に置かれていた土木系カルチャーを扱う『ブルーズ・マガジン』も衝撃である。
2016/06/23(木)(五十嵐太郎)
世界の刺繍
会期:2016/06/14~2016/09/08
文化学園服飾博物館[東京都]
大がかりな道具や設備を必要とする織りや染めと異なり、針と糸があれば衣服を美しく自由な文様で装飾できる刺繍は、古くから世界各地で行なわれてきた。どこででも誰にでもできるために、ひとくちに「刺繍」といっても、地域や民族、刺繍の担い手によって技法にはヴァリエーションがあり、施される意匠もさまざまだ。本展では、文化学園服飾博物館のコレクションから世界約35ヶ国の刺繍を地域別に紹介し、その多様性を見せてくれている。
第1室は、日本を除く世界の刺繍。展示室の扉を開けると。鮮やかな色彩で刺繍を施された衣裳が目に飛び込んでくる。ルーマニア、チェコ、ポーランド、ウクライナなど、中・東欧の、おもに祭礼や特別な機会に着る服だ。刺繍は女性の手仕事という印象があったが、トランシルヴァニア地方の羊皮に羊毛糸で刺繍を施したベストは、技術と力が必要となるために、男性の専門職人の仕事なのだそうだ。フランスの典礼服、宮廷服、オートクチュールのドレスに施された刺繍もまた職人の仕事だ。興味深い品は、18世紀末イギリスの「サンプラー」。これは女性たちの教養・教育の一つとしての基本的な刺繍の技術を習得するためにつくられたもので、絹糸によるさまざまな繍技が1枚の亜麻布に縫い込まれている。展示はヨーロッパからアフリカ、アジアの刺繍へと続く。苗族など中国少数民族の凝った刺繍はこれまでにも見たことがあるが、ベトナム、タイ、フィリピンなど、東南アジア圏でも手の込んだ刺繍が行なわれていることは今回の展示で初めて知った。第2室は、日本の刺繍。日本の小袖、打ち掛けに施される刺繍は文様というよりも絵画的で、しばしば染めと組み合わされるところが 第1室で見た他の地域の刺繍には見られない点。平面的な染めと立体的な刺繍とを組み合わせることで、表現に奥行きを持たせたり、輪郭を際立たせているのだ。他方で日本には刺し子のように布の補強をしつつ同時に装飾も行なう刺繍技法もある。ここには山本耀司のデザインによる刺し子をモチーフにしたウェディングドレスも展示されている。
本展では主に刺繍の文様や技術の地域差に焦点を当てているが、キャプションを読んでいくと、多様性の源泉がそれだけではないことがわかる。たとえば、ほぼ純粋に装飾的目的で施される刺繍もあれば、実用的・機能的な目的で施されるものがあり、それは文様、技法の違いになって現われる。職人による高度な技術、上流・中流階級の女性による手慰み、労働者の実用的な目的から期せずして生まれる文様など、担い手による違いもある。同時にそれらの相違は刺繍が施された服を着用する人々の階層差でもある。時代の変化、他の地域への伝播の過程で意味が変化するものもある。たとえば、以前の展覧会でも示されていたように、ビーズやメダル、鏡などを縫い込んだ刺繍には魔除けや宗教的意味がある一方で、同様の刺繍でも本来の意味が薄れて装飾化していたものもある。地域が異なれば気候が異なり、それは刺繍の粗密に影響する。一般に寒冷な地方の刺繍は密度が高いという。刺繍に用いられる糸の違い、変化にも歴史がある。多様性を形成するそれぞれの事情もまた興味深い展示だ。[新川徳彦]
関連レビュー
魔除け──身にまとう祈るこころ:artscapeレビュー
2016/06/17(金)(SYNK)
イラストレーター 安西水丸展
会期:2016/06/17~2016/07/10
美術館「えき」KYOTO[京都府]
イラスト、漫画、絵本、小説などの執筆、そしてテレビタレントとしても活躍した安西水丸。筆者が大学生だった1980年代はまさに絶頂期で、多くの紙媒体で彼の作品を目にした。なかでも小説家、村上春樹との一連の仕事はいまも印象深い。当時はイラストや漫画で「ヘタウマ」が流行っていたので、彼の絵もその系統だと思っていた。しかし今回、1970年代から2010年代までの作品を通観して、その印象が一変した。作品を子細に観察すると、クライアントや仕事の内容により、じつに細かく絵柄を使い分けているではないか。簡潔な線の美しさも相まって、「これぞプロのイラストレーターの仕事だ」と、大いに感心したのである。その意味で本展は、筆者と同年代の者だけでなく、プロのイラストレーターを志す若者にとっても見ておくべき展覧会と言えるだろう。
2016/06/16(木)(小吹隆文)