artscapeレビュー
その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー
年賀状展─春を寿ぐ─
会期:2016/12/10~2017/01/15
郵政博物館[東京都]
年賀状の衰退がとまらない。日本郵便が今年の元旦に配達した年賀状は約16億4,000万枚で、8年連続で前年を下回る傾向にあるという。こうした背景に電子メールやSNSの普及があることは想像に難くないが、文化論ないしは芸術論の視点から考えてみたとき、年賀状の現状と未来には別の一面が見えてくる。
本展は、古今東西、有名無名を含めて、さまざまな年賀状を一堂に集めた企画展。川端康成や幸田露伴といった著名な文学者から、「年賀状甲子園」に応募した高校生まで、その作者はじつに多様で幅広い。前者が達筆な筆使いを見せる一方、後者はアニメやマンガ風のイラストレーションが多いという大きな違いはあるにはある。だが総じて印象づけられるのは、表現の個別性というより、むしろ全体性である。平たく言えば、どれもこれも見分けがつかないほど同じように見えるのだ。
ここに、日本人の精神性を貫く同調圧力の痕跡を見出すことは容易い。周囲の空気を読みながら、決して突出することなく、無難で穏当なラインに身を置く身ぶりは、有名であれ無名であれ、私たちの心底に深く内面化されているからだ。おびただしい年賀状の均質性を目の当たりにして、そのような無意識の機制を再確認したと言ってもいい。あるいは、現在の年賀状が前島密によって整備された郵便事業の成熟とともに定着した、きわめて近代的な文化装置であることを思えば、年賀状は調和を重んじる精神性を再生産しているのかもしれない。
とはいえ、年賀状が失墜しつつある現在、それはむしろ新たな位相に転位しつつあるように思われる。すなわち年賀状は、庶民にあまねく親しまれる年中行事という「文化」から、一部の愛好家によって嗜まれる「芸術」に変貌しつつあるのではないか。事実、ほぼ無料に近いコストで通信できるSNSで代用できるにもかかわらず、あえて時間と労力を費やしてまで、あの小さな画面に情報を詰め込む作業は、経済的合理性という価値観にはそぐわない点で、ほとんど芸術的営為というほかない。だとすれば、それは調和を尊ぶ日本的な精神性を打ち砕く契機としても考えられるのではあるまいか。
年賀状とは、日本的な同調圧力が発現する現場であり、同時に、それらを粉砕するための現場でもある。つまり、それはある種の二重性を内側に折り畳んでいる。かつて鶴見俊輔は年賀状を限界芸術として位置づけたが、その真意は庶民の非芸術的な身ぶりを芸術として捉え返すという意味での革命性だけにあるのではなかった。それは、むしろ庶民の日常性のさなかで、彼らの当事者性をもって、その精神性を変革させるという意味での革命性にあった。芸術の真価を輝かせるのは、そのような二重性にほかならない。
2016/12/18(日)(福住廉)
招き猫博覧会
会期:2016/12/15~2017/12/26
京都高島屋7階グランドホール[京都府]
福を招く猫の像「招き猫」ばかりを集めた展覧会。会場は、第1章「招き猫の歴史」、第2章「全国の招き猫」、第3章「神社、仏閣に伝わる招き猫」、第4章「招き猫コレクション」、第5章「『招き猫』ART」、第6章「『招き猫』ふくもの市」の6部構成である。招き猫の発祥は今からおよそ180年前。その源流をたどると、頭が小さくリアルな顔に特徴がある今戸系、頭が大きく小判を抱える常滑系、細身で頭が小さく多彩な前垂れが特徴の古瀬戸系など産地によっていくつかの系統にわけられるという。一口に招き猫といってもそれぞれ時代や目的、産地によってさまざま。土、紙、木などその土地の素材を生かした郷土玩具としても全国各地でつくられており、なかには海を越えるものもある。大型でデコ盛装飾に特徴がある九谷系の招き猫は、明治期以降に海外向けの輸出品としてはじまった。また、京都の檀王法林寺の真っ黒い招き猫は、ご本尊、主夜神尊の御使い猫である。土産物から神の使いまで役割も実に幅広い。では平成の招き猫、現代のアーティストたちが手掛けたものの役割はさしずめ個々の思いや願いの表出といったところだろうか。ともあれ、人々が招き猫に託してきた思いはただひとつ、「幸福を招くこと」には違いない。[平光睦子]
2016/12/18(土)(SYNK)
ようこそ!横尾温泉郷
会期:2016/12/17~2017/03/26
横尾忠則現代美術館[兵庫県]
お風呂が恋しい季節に合わせて、横尾忠則が銭湯や温泉を描いた絵画、版画、ポスターが集められた。展示の主体になったのは2つのシリーズ。ひとつは2004年に元銭湯の画廊SCAI THE BATHHOUSEで個展を行なった際に発表した「銭湯シリーズ」、もうひとつは2005年から約3年間にわたる誌連載のために描かれた「温泉シリーズ」だ。その合間に、1970年代から現代までの全国各地を描いた作品も配置された。筆者が注目したのは「銭湯シリーズ」である。横尾が子供の頃に母に連れられて入った女湯の記憶を元にした同作では、画中に鳥居清永、ピカソ、ドローネ、デュシャンらの引用が散りばめられており、作品の上下左右が繋がるように描かれるなど仕掛けが満載だった。また本展では城崎温泉などから協力を仰ぎ、会場内に蛇口、洗面器、脱衣籠、脱衣箱、扇風機、体重計などが配置され、観客が座って観覧できる座敷や浴槽、さらには温泉卓球ができる卓球台まで用意されていた。こうした演出もあり、本展は非常に楽しい展覧会に仕上がっていたのだが、記者発表時には横尾からは「まだまだ遊びが足りない」と駄目出しが出ていた。学芸員はつらいよ。でも、毎回作家から厳しいチェックを受けることで、彼らは鍛えられていると思う。
2016/12/16(金)(小吹隆文)
フェスティバル/トーキョー16 FM3「Buddha Boxing」
会期:2016/12/02~2017/12/03
あうるすぽっと ホワイエ[東京都]
中国の電子音楽ユニットによる演奏である。2人が座って向き合い、低い卓の上で経文を再生する小型ジュークボックス/ブッダ・マシーンを転用した機械を使う。だが、その配置や編成による音の出方など、じっと観察しても結局わからず、したがって結局はのんびりとアンビエントミュージックに浸る1時間となった。
2016/12/03(土)(五十嵐太郎)
ルーヴル美術館特別展 LOUVRE No.9 ~漫画、9番目の芸術~
会期:2016/12/01~2017/01/29
グランフロント大阪北館 ナレッジキャピタル イベントラボ[大阪府]
日本と並ぶ漫画大国のフランス(ちなみにフランス語圏では漫画をバンド・デシネ=BDと呼ぶ)。21世紀に入り、同国が誇る美の殿堂ルーヴル美術館は漫画に注目。国内外の漫画家にルーヴルをテーマにした作品を描いてもらう「ルーヴル美術館BDプロジェクト」をスタートさせた。その成果を紹介しているのが本展だ。出展作家は16組。日本での開催に配慮したのか、約半数の7組が日本人作家だった。筆者は漫画に不案内なので作品についてあれこれ言えないが、原画やネームを生で見るのはやはり興味深い。どの作家も、少なくとも線画に関しては非常に上手く、美術家が見ても十分勉強になると思った。一方、本展で紹介されている作品の傾向を見ると、記号的な絵よりも絵画性を重視しているように思われ、この辺りにフランス人と日本人の漫画観の違いが現われているように感じた。
2016/11/30(水)(小吹隆文)