artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
中里和人「惑星 Night in Earth 」
会期:2016/03/21~2016/04/02
巷房[東京都]
中里和人の新シリーズ「惑星」は高知県、和歌山県、三重県、千葉県など、黒潮の流れに沿うようにして、日本の沿岸部にカメラを向けている。写っているのは、夜の月明かりの下、波が打ち寄せる岩場の光景だ。それらは、たしかに「遥か遠くの宇宙を観測する望遠鏡や人工衛星から」送られてくる「新しい惑星の姿」のようでもある。
中里は代表作の『小屋の肖像』(メディアファクトリー、2000年)のように、これまで人間の営みがなんらかのかたちで刻みつけられた風景を撮影し続けてきた。ところが今回の「惑星」には人の気配は感じられず、無機的かつ即物的な眺めが定着されている。中里は1978年に法政大学文学部地理学科を卒業しているから、岩盤や地層を意識することは特に不自然ではないが、新たな方向に踏み出していこうとする意欲作といえるだろう。とはいえ、そのような「裸の惑星空間」は、奇妙なことにどこか懐かしい「親近感」も感じさせる。もしかすると、波が打ち寄せる夜の海辺の眺めが、われわれの集合的な無意識に働きかけるのかもしれない。太古の昔、ふと住居の海辺の洞窟を出ると、こんな光景が目の前に広がっていたのではないかとも思ってしまうのだ。
今回の展示は、東京・銀座、奥野ビルのギャラリー巷房の3階、地下1階、階段下のスペースを使って行なわれた。3階と地下1階のギャラリースペースでは、大小の写真プリント20点が額装されて並んでいたが、階段下では映像作品をプロジェクションしていた。静止画像と動画を併置することはそれほど珍しくはなくなってきたが、中里のような風景中心の写真家にとっては、やはり新たなチャレンジと言えるだろう。画像と音響効果(波の音、ノイズ系の音楽)がうまく融合して、効果的なインスタレーションとして成立していたと思う。
2016/03/21(月)(飯沢耕太郎)
プレビュー:KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2016
会期:2016/04/23~2016/05/22
京都市内の10数カ所[京都府]
2013年から始まった、日本でも数少ない国際写真展。京都市内の歴史的建造物や近現代建築を会場とするのが特徴で、質の高い作品と展示も手伝って、回を追うごとに評価が高まっている。4回目となる今回のテーマは「Circle of Life いのちの環」。サラ・ムーン、ティエリー・ブエット、福島菊次郎、古賀絵里子、銭海峰、アラノ・ラファエル・ミンキネンといった気鋭写真家の個展のほか、ギメ東洋美術館の写真コレクション、コンデナスト社の、ファッション写真コレクション、マグナム・フォトによる難民・移民問題を扱った写真展も行なわれる。また、クリスチャン・サルデ(写真・映像)・高谷史郎(インスタレーション)・坂本龍一(サウンド)の共演も話題を集めるだろう。会場が広範囲に分散しているので全会場を見るのは大変だが、バスやレンタサイクルを活用して賢く会場巡りを行なえば、写真表現と京都の魅力を一度に味わえる稀有な機会となるだろう。
公式サイト:http://www.kyotographie.jp/
2016/03/20(日)(小吹隆文)
有元伸也「チベット草原 東京路上」
会期:2016/02/06~2016/03/27
入江泰吉記念奈良市写真美術館[奈良県]
昨年、写真家の百々俊二が館長に就任した奈良市高畑町の入江泰吉記念奈良市写真美術館では、入江の作品だけでなく若手写真家の意欲的な展覧会を積極的に開催するようになってきている。今回は1971年大阪生まれで、奈良市で育った有元伸也を取り上げた(同時に入江泰吉「冬の東大寺とお水取り」展を開催)。
有元は1994年にビジュアルアーツ専門学校・大阪を卒業後、96年からチベットに長期滞在して撮影を続け、その「西藏(チベット)より肖像」で、99年に第35回太陽賞を受賞した。今回の展示では、代表作である「西藏より肖像」のシリーズだけでなく、専門学校の卒業制作として発表された「我国より肖像」、2008年に仲間とともに設立したTotem Pole Photo Galleryで展示され、写真集としても6冊刊行された「ARIPHOTO」のシリーズなど、約220点の作品で20年以上に及ぶ彼の写真家としての歩みを辿ることができた。
有元の6×6判のカメラによるモノクロームの写真は、きわめて正統的なポートレート、スナップとして制作されている。被写体とカメラを介して向き合い、そのたたずまいを精確に、揺るぎのない描写で定着していくスタイルは、とても安定感がある。とはいえ、あらためてプリントを見直していると、彼が時代状況と鋭敏に呼応しつつ、その時点での個人的な思いをかたちにしようともがき続けてきたことが伝わってきた。2011年の東日本大震災以後、新宿の路上スナップを、「より情報量の多い」広角レンズによるノーファインダー撮影にシフトしたのもそのあらわれだろう。
とはいえ、人間という不思議な存在に対する好奇心、それをむしろ「生命体=生きもの」として捉え返そうという視点は見事に一貫している。「ARIPHOTO」のシリーズも、かなりの厚みと奥行きを備えてきた。そろそろ一冊の写真集にまとめる時期に来ているのではないだろうか。
2016/03/19(土)(飯沢耕太郎)
西村陽一郎「山桜」
会期:2016/03/18~2016/03/27
みんなのギャラリー[東京都]
西村陽一郎は、これまで印画紙の上に置いたモノに光を当ててそのフォルムを写しとるフォトグラムの手法で作品を制作してきた。今回東京・半蔵門のみんなのギャラリーで展示された「山桜」のシリーズでは、そのフォトグラムをデジタル化した手法を用いている。名づけてスキャングラム。スキャナー上に被写体を置いて、そのデータを元にプリントする方法だ。特筆すべきなのは、そのデータからネガ画像を出力していることで、結果として被写体の色相が補色に反転する。つまり赤っぽい色は青や緑に変わってしまうわけで、「山桜」なら赤っぽい雌蕊や若葉の部分が、青みがかった色に見えてくる。さらに通常のフォトグラムと違って、花弁や葉のディテールが、まるでレントゲン写真のような精度で写り込むことになる。花々が本来備えている神秘性、魔術性が、この手法によってさらに強調されているともいえる。
今回の「山桜」の展示を見ると、スキャングラムには、さらに表現の幅を広げていく可能性がありそうだ。西村はこの手法を使って、「山桜」だけでなく、ほかの植物群も含めた「青い花」のシリーズをまとめようとしている(6月に同ギャラリーから写真集として刊行予定)。だが、スキャングラムはもっとさまざまな被写体にも応用が効くのではないだろうか。例えばスキャングラムによるポートレートやヌードも面白そうだし。複数の画像をモンタージュすることも考えられるだろう。デジタル化の急速な進展にともない、これまでではとても考えられないような画像形成の可能性が生じてきている。今回はオーソドックスなフレーム入りの展示だったが、会場のインスタレーションにも工夫の余地がありそうに思える。
2016/03/18(金)(飯沢耕太郎)
今井祝雄「白のイヴェント×映像・1996-2016」
会期:2016/03/05~2016/04/02
Yumiko Chiba Associates viewing room shinjuku[東京都]
今井祝雄は1966年に東京・銀座の松屋デパートで開催された「空間から環境へ」展に「白のイヴェント×映像」と題する作品を出品した。1メートル角の白いラバースクリーン(4面)の一部が、前後にピストン運動する鉄棒によって隆起を繰り返している。そこに2台のプロジェクターで80点のカラースライドを5秒ごとに投影するという作品である。カラースライドを提供したのは大辻清司、東松照明、奈良原一高、横須賀功光。現代美術アーティストと写真家が合体したユニークなプロジェクトだった。今回Yumiko Chiba Associates viewing room shinjukuで再現されたのは、そのうちの一面のみだが、当時の臨場感が伝わってくる面白い展示になっていた。
なお、大辻(ヌード)と東松(顕微鏡写真、モンタージュ作品)のカラースライドは1966年当時のものだが、奈良原と横須賀は特定がむずかしかったので、鷹野隆大の「毎日写真」のシリーズに置き換えられている。だが、逆にそのことによって、1966年の時空間が2016年のそれと接続し、伸び縮みする映像の生々しさがより際立ってきていた。鷹野の素っ気ない風景写真に写り込んでいる建物の一部が、呼吸するようにうごめく様が、奇妙なユーモアを醸し出していたのだ。今後はほかの現代写真家の画像を使って、作品を更新し続けていくこともできそうだ。
今井は1946年の生まれだから、当時は弱冠20歳だったわけで、それを考えるとやや忸怩たる思いがある。最近の若い写真家やアーティストたちの作品は、小綺麗にはまとまっているが、未知の状況にチャレンジしていく意欲を欠いているように思えてしまうからだ。本作のような、現代美術や写真のジャンル分けを踏み越えていく破天荒な作品をもっと見たい。
2016/03/17(木)(飯沢耕太郎)