artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

「ヴィジョン・オブ・アオモリ vol.10」小山田邦哉 展 PLANET

会期:2014/02/08~2014/03/16

国際芸術センター青森 ギャラリーB[青森県]

国際芸術センター青森のギャラリーBでは、小山田邦哉の「PLANET」展を見る。超有名な観光名所を撮影した写真のシリーズだが、地平線から上を真っ黒に消失させる加工を行なう。地面のみだと、その場所を言い当てるのは困難になる。かろうじて、キャプションから場所を特定できても、不在になった風景しかない。画面に黒が多いだけで、世界は不穏になる。

2014/03/01(土)(五十嵐太郎)

青木陽「火と土塊」

会期:2014/02/24~2014/03/08

Art Gallery M84[東京都]

昨年(2013年)8月に開催された東川町国際写真フェスティバルの行事の一環として開催された「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2013」。そこで最高賞のグランプリを分け合ったのが青木陽と堀井ヒロツグである。彼らの個展が、東京・東銀座のArt Gallery M84で相次いで開催されることになり、まず青木の「火と土塊」から展示がスタートした。
青木の写真について語るのはなかなか難しい。写っているのは、ごく日常的な事物や風景(カーテン、丸まった寝具、墓、森、海など)だが、それらを撮影し、プリントする過程において、何やら魔術的な操作が加わっているように感じる。全紙、あるいは小全紙サイズのモノクローム・プリントの前に立つと、その濃密なグレートーンに身も心もからめとられ、遠い場所へと連れ去られてしまうような気がしてくるのだ。その青木の写真の引力を支えているのは、むろん彼の写真にふさわしい被写体を選別し、嗅ぎ分ける鋭敏な感受性だが、それを達成するための極めて高度な技術力も見落とすことができない。ライカの一眼レフカメラと50ミリの標準レンズ、印画紙は粒状性に優れたイルフォードHP5、トーンをコントロールしやすい散光式の引伸し機、画像にコントラストと深みを与えるためのセレニウム調色──このような徹底した技術的なこだわりによって、印画紙の中に別次元の画像空間が形成されているように思えるのだ。しかも、彼がつくり上げる画面は、ジャクソン・ポロックの「オール・オーヴァー」からアンドレアス・グルスキーの「全体を一度に把握する構成」まで、該博な美術史、写真史の知識に裏づけられている。
あたかも中世の錬金術師のような彼の制作態度は、反時代的としか言いようがないが、逆にそこから現代の写真表現の新たな可能性が芽生えてきそうな気もする。形而上学的な思考力と職人的な技巧との、精妙かつ大胆な結合。彼の作品世界が、これから先どんなふうに大きく成長していくかが楽しみだ。

2014/02/24(月)(飯沢耕太郎)

津田直「SAMELAND」

会期:2014/02/14~2014/03/06

POST[東京都]

先日、シカゴに行くため成田空港に出かけたときに、津田直にばったり出会った。聞けば、これからミャンマーの奥地に出発するのだという。その偶然の邂逅に大して驚きもしなかったのは、彼が旅を日常としていることをよく知っているからだ。何かに取り憑かれたようにと言いたくなるほど、あちこちに出かけている。その行動範囲の広さは日本の写真家のなかでも際立っているのではないだろうか。
今回彼が旅立ったのは、北極圏のサーメランド。フィンランドとノルウェーにまたがる地域に住むサーメ人たちの居住地である。彼らはトナカイの遊牧を主たる業として、伝統的な暮らしを営んでいる。津田はニールスというシャーマンの血を引く男と出会い、サーメ人たちとの交友を深めつつ、ノルウェー最北端の岬、ノールカップへと向かう。よき導き手を見出す(というより引き寄せる)能力の高さこそ、写真家としての津田の最も優れた資質であり、旅の間に撮影された風景や、ポロ・メルキトゥスと呼ばれるトナカイの親子を選別する行事の写真は、絶対的な確信を持って撮影されているように感じる。
今回の作品はメインの会場に5点。これらはどこか向こう側に連れ去られてしまいそうな、魅力的な風景写真である。さらに書店の本棚の隙間などに、サーメ人のポートレートを中心に8点がバラバラに並ぶ。この展示のたたずまいが実にいい。観客もまた、津田がサーメランドで経験した出会いを追体験できるように仕組まれているのだ。

2014/02/21(金)(飯沢耕太郎)

山谷佑介「Tsugi no yoru e」

会期:2014/02/12~2014/03/05

YUKA TSURUNO GALLERY[東京都]

ギャラリーの壁には8×10判のモノクロームのプリントが51点、アルバムのページを開いたような雰囲気で並んでいる。1985年、新潟生まれの山谷佑介の写真のスタイルは、まさに正統的なストリート・スナップだ。「Tsugi no yoru e」は大阪のアメリカ村界隈を中心に撮影されたシリーズだが、写真そのものの印象は時代や地域を超越している。見方によっては、エド・ファン・デル・エルスケンの「セーヌ左岸の恋」、ブルース・デビッドソンの「ブルックリン・ギャング」、ラリー・クラークの「タルサ」など、1950~70年代のユース・カルチャーを主題にしたプライヴェート・ドキュメントと、ストレートにつながっているようでもある。しかも、山谷のカメラワークやプリントワークはすでにかなり高度な段階にあり、若さに似合わない老練さすら感じられる。
ということは、大事なのはまさに「Tsugi no」作品ということになるのだろう。目の前に次々に出現してくる状況を的確な技術で把握し、スタイリッシュな画面にまとめ上げていく能力の高さは今回の展示で充分に証明されたのだから、次作でそれをどんなふうに発展させていくのか、あるいは停滞してしまうのかが問われることになる。センスのよさだけで評価される時期は意外に短い。どこで、どんなふうに撮影するのか、次なる展開に向けて、着々と準備を整えてほしいものだ。なお、本展は2013年に山谷が自費出版した同名の写真集に収録された写真をもとに構成された。黒い布をパッチワークのように繋ぎ合わせたユニークな表紙の写真集は、すでに完売しているという。

2014/02/20(木)(飯沢耕太郎)

MOTOKI「FIRST EXHIBITION SUMO」

会期:2014/02/07~2014/03/08

EMON PHOTO GALLERY[東京都]

面白い「新人」が登場してきた。独学で写真作品を制作・発表していたMOTOKIは、50歳代の女性写真家で、2児の母親、弁理士としての顔も持っているのだという。この「SUMO」というシリーズは、昨年、靖国神社の奉納相撲をたまたま見て「裸体の力士が戦う姿は神聖であり、神秘的」と感じたことをきっかけにスタートした。たしかに古来相撲は神事としての側面を持ち、巨大な体躯の力士たちが四股を踏み、塩をまき、互いに組み合う姿は、ある種の宗教的な儀式を思わせる。MOTOKIはその様子を、写真の画面の大部分を黒の中に沈め、ブレの効果を多用することで、象徴的な画像として表現した。その狙いはうまくいって、独特の静謐な雰囲気を醸し出す魅力的なシリーズとして成立していると思う。
思い出したのは、奈良原一高が1970年に刊行した写真集『ジャパネスク』(毎日新聞社)である。奈良原は1960年代前半にパリを拠点としてヨーロッパ各地に滞在し、65年の帰国後にこのシリーズを構想した。禅、能楽、相撲、日本刀などの伝統的な日本文化のエッセンスを、むしろ欧米からの旅行者のようなエキゾチックな視点でとらえている。MOTOKIのこの作品は、もしかすると新たな『ジャパネスク』として大きく育っていく可能性を秘めているのではないだろうか。相撲だけでなく、広く他の被写体にも目を向けて、日本文化の「かたち」を視覚的に再構築していってほしいものだ。今回の展示が彼女の初個展だそうだが、すでにインドに10年間通い続けて撮影した「野良犬」のシリーズなどもあり、意欲的に作家活動を展開していくための条件は整っているのではないかと思う。

2014/02/19(水)(飯沢耕太郎)