artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
没後百年 日本写真の開拓者 下岡蓮杖
会期:2014/03/04~2014/05/06
東京都写真美術館 3階展示室[東京都]
下岡蓮杖(1823~1914)は、日本写真史の草創期を彩る伝説的な人物である。狩野派の絵師から写真師に転身し、1862(文久2)年に横浜・野毛に写真館を開業。長崎の上野彦馬とともに「写真の開祖」として名を馳せる。牛乳販売、乗合馬車の開業、箱館戦争や台湾出兵のパノラマ画の制作など、写真以外の事業にも乗り出し、92歳という長寿を全うして亡くなった。トレードマークの蓮の杖をついた仙人めいた風貌の写真とともに、幕末・明治期の「奇人」として多くのエピソードを残している。
これまでは、ぶあつい「伝説」の影に覆われて、なかなかくっきりとは浮かび上がってこなかった写真師/絵師・下岡蓮杖の実像が、このところの研究の進展によってようやく明らかになりつつある。今回の東京都写真美術館の展覧会は、古写真研究家の森重和雄氏をはじめとする、長年の蓮杖研究の成果が充分に発揮された画期的な催しであり、前期、後記合わせて、代表作・資料280点あまりを見ることができた。
下岡蓮杖の写真はまさに「開拓者」にふさわしい、意欲的な実験精神に溢れているが、まだその表現の可能性を充分に汲み尽くしているとは言い難い。同時代の上野彦馬や横山松三郎と比較しても、やや単調で生硬な画面構成と言える。むしろ彼の役割は、技術的な側面を含めて写真を撮影、プリント、販売するシステムをつくり上げ、後世に伝授することにあったのではないだろうか。それとともに、今回の展示では、これまではあまり取りあげられることがなかった絵師・下岡蓮杖の作品がかなりたくさん集められていた。初期の「阿蘭陀風俗図」(1863年頃)から晩年の「達磨図」や「山水図」まで、どれも達者な筆さばきだが、ここでもある特定のスタイルに収斂していくような個性を感じることはできない。近代的な芸術家としての写真家が出現する以前の、アルチザンと山師とが融合した異色の人物──だが、その天衣無縫な表現意欲は実に魅力的ではある。
2014/03/12(水)(飯沢耕太郎)
堀井ヒロツグ「Voices」
会期:2014/03/10~2014/03/22
Art Gallery M84[東京都]
2013年度の東川町国際写真フェスティバルの関連行事「赤レンガ公開ポートフォリオオーディション2013」でグランプリを分けあった青木陽に続いて、堀井ヒロツグの個展が、東京・東銀座のArt Gallery M84で開催された。
青木の「写真論写真」というべきコンセプトの追求とはまったく対照的に、堀井は「セットアップとスナップショットの中間」と自ら称する柔らかなカメラワークで、ゲイのカップルの日常を細やかに描写する。主に2005~09年の東京在住(現在は京都で暮らす)の時期に撮影された写真群には、「周囲の環境に鋭敏に反応」することで、どうしても深い傷を負わざるを得ない彼らの姿が、その痛みを共有する作者によって写しとられている。何よりも魅力的なのは、自分の体の中から聞こえてくる「声(Voices)」にじっと耳を澄ませ、壊れやすい存在を互いに身を寄せることで守っているような、彼らの切ない身振りの描写だ。ゲイの写真にありがちな派手で大袈裟な身体表現はまったくなく、あくまでも静かに、ゆるやかに水の底に沈んでいくような感触が、シリーズの全体を覆っている。
青木と堀井の写真はまさに対極に見えるが、どこか通じるところもありそうだ。3月10日の堀井の個展のオープニング前に行なわれたトークイベントで、青木は最後に「写真は世界があって成り立つ」と、堀井は「自分の足元から世界をくつがえしたい」と述べた。観念の側からと身体の側からとの違いはあるにせよ、どちらも写真を通じて新たな「世界」を見出すことを希求しているということだろう。
2014/03/10(月)(飯沢耕太郎)
鈴鹿芳康「新作! 世界聖地シリーズ:インドネシアより」
会期:2014/03/05~2014/04/01
ハッセルブラッド・ジャパンギャラリー[東京都]
鈴鹿芳康はサンフランシスコ・アート・インスティテュート卒業後、京都造形芸術大学で長く教鞭をとってきたアーティスト。版画からオブジェ作品まで、幅広い領域で作品を発表してきたが、近年は写真が中心的な発表媒体になりつつある。特にピンホールカメラを使用した作品は、東洋思想に造詣が深く、易や五行説などを下敷きに「必然と偶然が織り成す世界」を追求してきた彼にとって、さらに大きな意味を持ちつつあるように思える。
ひさしぶりの東京での個展でもある今回の新作展では、2012年に京都造形芸術大学退官後、新たな拠点となったインドネシア・バリ島で撮影した写真を展示している。太陽と海を中心に、仏教寺院や仏像などをシルエットとして配したシリーズは、8×10インチ判のフィルムを使用し、15秒から1分30秒ほどの露光時間で撮影された。それを伝統和紙(アワガミインクジェットペーパー)にデジタルプリントするという「ハイブリッド作品」として成立させている。ピンホールカメラはコントロールがむずかしく、実際に撮影してみないと、どのような画像が浮かび上がってくるのかはよくわからない。アーティストの主観的な操作ではなく、そこにある世界が自ずと形をとることを目指すという意味で、ピンホールカメラには写真表現の本質的な可能性が内在しているのではないだろうか。ハレーションを起こしつつ、天空に広がって微妙な彩をなす太陽の光の画像を見ながら、そんなことを考えていた。
2014/03/10(月)(飯沢耕太郎)
野村佐紀子「sex/snow」
会期:2014/03/01~2014/03/18
Bギャラリー[東京都]
野村佐紀子(写真)、一花義広(リブロアルテ、写真集発行)、町口景(デザイン)、藤木洋介(Bギャラリー)のコラボによる写真展企画の第二弾。今回は物語性を強く意識した前作とは違って、野村佐紀子がここ20年あまりかけて積み上げてきた「闇─裸体─部屋」というテーマが、より深く追求されていた。男性の手、脚など身体の一部を、闇の中に宙吊りに浮かび上がらせるような眺めも手慣れたものだ。その意味では、意外性があまり感じられない展開と言えるが、「雪」というもうひとつのテーマ系との絡み(内と外の世界の対比)、大、中、小の写真36点をバランスよく配置した画面構成など、これまで以上に洗練された美意識を、細部まで手を抜かずに発揮している。
特筆すべきは、リブロアルテから同時期に発行された同名の写真集(300部限定)の出来栄えで、点数が43点に増え、写真の並びも写真集のページをめくっていく速度、感触にあわせるように、厳密かつふくらみのあるものになってきている。ここではグラフィック・デザインを担当した町口景(町口覚の弟)の能力が、充分に発揮されていると言えるだろう。どうやら、この野村佐紀子の連続展示は、内容的に一貫したものではなく、その度ごとに形を変えながら続いていくことが予想される。ただ、あまりいろいろな方向に分散してしまうのも、ちょっともったいない気がする。前にも書いたのだが、全体を眺め渡す視点から書かれたシナリオが必要になってくるのではないだろうか。
2014/03/07(金)(飯沢耕太郎)
橋本大和 写真展 秘密
会期:2014/02/25~2014/03/09
NADAR/OSAKA[大阪府]
写真家の橋本大和は、過去に3度個展を行なっている。4度目となる本展がそれらと違うのは、新作ではなく過去15年間に撮影した作品のなかから選んだ約20点を展示していることだ。そのきっかけは、彼がカラー写真の自家プリントを始めたことである。今までプリンターに託していた部分を自ら行なうようになったことで、改めて自分の世界を再構築しようと思ったのかもしれない。そのニュープリントは三原色がやや強めに発色しており、過去に見た同じ作品とは少し印象が違っていた。筆者自身は今回の方が好きである。また、本展ではそれぞれの作品が元々持っていた文脈が切断・再編集され、新たな世界を構築していた。それらは具体的な物語を綴っているわけではないが、短編小説のような趣をたたえており、作者の編集力が感じられた。
2014/03/04(火)(小吹隆文)