artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

植田正治の「実験精神」

会期:2013/04/27~2013/06/30

植田正治写真美術館[鳥取県]

今年は植田正治の生誕100周年ということで、記念行事が相次いで開催されている。鳥取県伯耆町の植田正治写真美術館でも、代表作約250点を集成した展覧会が開催された。「植田正治の「実験精神」」というタイトルは、まさに山陰の地を舞台に冒険心、チャレンジ精神、遊び心を存分に発揮し続けたこの写真家にふさわしいものといえる。美術館の3つの展示室を全部使って、「1『かけ出し』時代 1930年代」「2 東京への挑戦 1937-40年」「3 演出写真 1948-51年」「4 造形的なイメージ 1950年代」「5 童暦 1959-70年」「6 小さい伝記 1974-85年」「7 音のない記憶 1972-73年」「8 白い風 1980-81年」「9 砂丘モード 1983-90年」「10 軌道回帰と大判写真 1987-92年」「11 幻視遊間 1987-92年」「12 印籠カメラ 1995-97年」と並ぶ作品群を見て、その多彩な「実験精神」の広がりにあらためて目を見張らされた。
特に注目すべきは、むしろ「砂丘モード」以降の「晩年」の作品ではないだろうか。70歳を超えてファッション写真に挑戦した「砂丘モード」をはじめとして、パノラマカメラ、35ミリインスタントスライドフィルム、20×24インチ(約50×60センチ)の超大判ポラロイドカメラ、コンパクトカメラなど、植田は一作ごとに撮影機材を変え、次々に新たな領域に踏み込んでいった。その創作意欲の高まりは驚くべきものがある。植田は2000年7月4日に急性心筋梗塞でなくなるのだが、その年の1月1日には「5分間の軌跡」と題して、太陽の光が壁際に並べたオブジェにあたって変化する様を撮影した連作を撮影していた。最後までその「実験精神」が衰えることはなかったということだ。
戦時中休刊していて、ようやく復刊したばかりの『カメラ』(1946年3月号)のアンケートに答えて、植田はこう書いている。「方針としては決めて居りませんが、只今の所、無茶苦茶に写したいです。自由に伸び伸びと、再び大いにやります」。この決意を最後まで守り通したということだろう。

2013/05/02(木)(飯沢耕太郎)

池本喜巳 写真展“素顔の植田正治”

会期:2013/05/02~2013/05/19

Bloom Gallery[大阪府]

鳥取生まれで、砂丘を舞台にした傑作で知られる写真家・植田正治。長年にわたり彼のアシスタントを務めた池本喜巳は、植田の仕事の傍らで植田の素顔や撮影の様子を捉えた写真を数多く残している。本展ではそんな珍しい作品が展示され、池本によるトークも行なわれた。作品のなかには、植田の代表作が別角度から見られるものや、特殊効果の種明かしなど、きわめてレアなものが多い。また、ひとつの展覧会で2人の写真家が交錯するという意味でも大変ユニークな機会だった。

2013/05/02(木)(小吹隆文)

安彦祐介「スウィートホーム」

会期:2013/04/26~2013/05/06

RENSEI PRINT PARK[東京都]

井上佐由紀展を開催したnap galleyは、3331 Arts Chiyoda の2Fのスペースだが、その地下のRENSEI PRINT PARKでは、安彦祐介が個展を開催していた。安彦の作品はいつもいろいろ観客を楽しませる仕掛けを凝らしている。むろん今回の展示もその例に漏れない。
今回の「スウィートホーム」の主題は、安彦の生まれ故郷でもある北海道札幌市郊外の建て売り住宅群だ。それらを雪が積もった冬の季節に「ペンタックス6×7にソフトフォーカスフィルターをつけて」撮影し、全紙サイズにプリントしている。フィルターの効果によって、画面全体が柔らかにぼかされ、白い綿のような雪が、どちらかと言えばほんのりと温かみのある雰囲気で写っている。まさに「スウィートホーム」そのもののイメージなのだが、このタイトルは「札幌近郊で今年たまたま見つけた」実際の住宅の名称なのだそうだ。つまりパステルカラーのペラペラの建て売り住宅を、いかにもメルヘンチックに撮影しているわけで、そこにはむろん安彦独特の批評的な距離感が介在している。もし雪の積もっている時期に撮影しなかったならば、ノイズが多い、ただの安っぽい住宅写真になってしまうはずだ。雪という舞台装置とソフトフォーカスフィルターを巧みに使いこなすことで、むしろ「隠されているもの」に想像力が動いていくようにもくろんでいるのではないだろうか。
「北欧やロシアや中国でも、同じコンセプトで撮ってみたい」とのこと。それはそれで、比較の対象が増えて面白くなりそうだ。

2013/05/01(水)(飯沢耕太郎)

井上佐由紀「くりかえし」

会期:2013/03/30~2013/05/12

napp gallery[東京都]

前作の波をテーマとした「意思のない生物」(nap gallery、2012)あたりから、井上佐由紀は果てしなく同じ動きをくり返す自然現象を撮影し始めた。今回の「くりかえし」では、アイスランドの間欠泉の水面に巨大な泡のようなものが盛り上がり、崩れ落ちる様を撮り続けている。たしかに、このような対象をずっと見つめていると、目眩のような感覚とともに、生命の根源に直接触れているような気がしてくる。実際にわれわれの遠い先祖である生命体は、地熱で温度が上がった水の中に誕生し、波間を漂いながら形をとっていったわけで、彼女の写真が与えてくれる安らぎや懐かしさは、もしかしたらそのあたりから来ているのではないかとも思う。
だが今回は、プリントよりも画像のプロジェクションを中心にした展示だったこともあって、作品から受ける感触がやや拡散し、抽象的、概念的に流れてしまっている気がした。会場がやや狭いので、画像を落ち着いて見ることが難しいのだ。むしろ生命の根源へと遡るという彼女のコンセプトを、より徹底させることが必要になりそうだ。とすれば、被写体として人間を再び呼び戻す方がよいのではないだろうか。2009年に刊行された『reflection』(buddhapress)は、海辺で踊る少女を撮影した、爽やかな意欲を感じさせるいい写真集だった。自然の中に人を包み込む、あるいは人の中に自然を満たすための、何かよい方法が見つかるといいのだが。

2013/05/01(水)(飯沢耕太郎)

常設展「東日本大震災の記録と津波の災害史」

リアス・アーク美術館[宮城県]

気仙沼のリアスアーク美術館では、震災の「記憶」を伝える新しい展示がスタートしていた。震災直後から学芸員が撮影した200枚近くの写真、街で収集した被災物、それらの長いキャプション(全部はとても読み切れないほど膨大)を来場者が熱心に見ている。博物館的でありながら、ただの「記録」とはしない。未来への「記憶」につなぐ想像力も膨らませたミュージアムの枠組を越えた手法による展示である。また、被災物に添えられたあえて方言で記したテキストも印象的だった。

2013/04/28(日)(五十嵐太郎)