artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

川内倫子 展 照度 あめつち 影を見る

会期:2012/05/12~2012/07/16

東京都写真美術館[東京都]

川内倫子の写真展。70点あまりの写真のほか、映像作品も発表された。凡庸な日常風景を美しくとらえる色彩と構図、そして光。川内ならではの鋭利な感覚を存分に楽しめる展示だったが、今回改めて思い知ったのは、川内の写真がすぐれて絵画的であること。対象をフレームに収める構図はもちろん、光と色彩の調和など、それは写真でありながら同時に絵画のように見える。阿蘇の野焼きをとらえた《あめつち》シリーズの映像作品ですら、色面分割された熊谷守一の絵画のように見えてならない。かつて美術評論家の中原佑介は現代美術の大きな特徴として「メディアの転換」を挙げたが(『現代芸術入門』)、川内倫子は絵画の特質を写真に移し替えたのではないだろうか。もしかしたら絵画の窮状を写真によって救済しているのかもしれない。

2012/07/11(水)(福住廉)

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トーマス・デマンド展

会期:2012/05/19~2012/07/08

東京都現代美術館 企画展示室3F[東京都]

トーマス・デマンド展を見る。これまで単体では幾度も彼の作品を見てきたが、現実を再現した紙模型の世界を撮影した写真群を、これだけまとまった量で、この大きさで見ることができたのには意義がある。早速、福島原発の作品も発表されていた。またコマ撮りによる撮影で、揺れる船の室内風景を映像として再現した作品には驚かされる。

2012/07/07(土)(五十嵐太郎)

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多田裕美子 玉姫写真館

会期:2012/06/19~2012/07/08

CAFE&BAR鈴楼[東京都]

1999年、写真家の多田裕美子は山谷の玉姫公園で「青空写真館」を始めた。山谷の男たちのポートレイトをその場で撮影する屋外の写真館である。この写真展は、「青空写真館」で撮影された写真をまとめて発表したもの。会場となった飲食店には、壁という壁に男たちの肖像写真が貼り出された。眼光の鋭い男や物腰の柔らかい男、肩の刺青を見せつける男がいればレンズから視線を外す男もいる。だが、いずれの写真にも通底しているのは、男たちから漂う濃厚な空気感であり、その意味では鬼海弘雄の写真に非常に近い。違うのは、鬼海のポートレイトが浅草寺の境内を背景とすることが多いのにたいして、多田のそれは黒布の前にモデルを立たせて撮影していることだ。そのため明暗が際立ち、男たちの顔立ちや体格が明瞭に写し出されている。それゆえ、舞台の上でスポットライトを浴びているかのようにも見えるのだ。おそらく、男たちが内側に抱えているドラマにたいする敬意が払われているのだろう。

2012/07/05(木)(福住廉)

トーマス・デマンド展

会期:2012/05/19~2012/07/08

東京都現代美術館 企画展示室3F[東京都]

なんとか間に合って、トーマス・デマンドの展覧会を見ることができた。デマンドの作品が「紙でできた世界」であることは周知の事実である。だからこそ、そのことをあらかじめ情報として知りながら、作品を見たときに面白いかどうかということについては懸念があった。
結果として、作品のコンセプトがしっかりと貫かれているだけでなく、「実物」としての魅力とリアリティがきちんと備わっていることに感心した。大きさの問題も重要なのだろう。ライフサイズよりやや大きいくらいのスケール感が絶妙で、プリントの処理も的確だ。会場を出た後、美術館の建物の細部が、逆に「紙でできた世界」にしか見えなくなってしまう。作品を見た後で現実の「見え方」が変わるというのは、いいアートの条件だと思う。
もうひとつ興味深かったのは、テーマの設定の仕方だ。近作の「制御室」(2011)や「パシフィックサン」(2012)には、彼の「3.11」以後の世界認識のあり方がよくあらわれている。「制御室」は、震災の数日後に照明が復活した福島第一原子力発電所の制御室の、広く流布された写真をもとにして制作された。天井板が垂れ下がっている非日常的な状況が、かなり正確に再現されている。紙のややざらついた物質性が、逆に感情をクールダウンする方向に働いているのがいい。その後で、じわじわと恐怖がこみ上げてくるのだ。「パシフィックサン」は映像作品としての完成度が高い。オーストラリアのクルーズ船が、太平洋上で大波に襲われ多数の負傷者が出た事件を扱った作品だが、監視カメラが撮影した画像をやはりかなり正確に再現している。椅子やテーブルが左右に大きくスライドし、崩れ落ちる場面を見続けていると、これまたその客観的なたたずまいが、逆に奥深い恐怖を引き出してくる。
デマンドのテーマ設定は、実に的確で気が利いている。彼が日々発生している出来事から何を選び、それをどんなふうに再構築するのか、そのこと自体が現代社会に対する批評的なメッセージとして機能しているのだ。

2012/07/04(水)(飯沢耕太郎)

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渡部雄吉「Criminal Investigation」

会期:2012/06/26~2012/07/08

TAP Gallery[東京都]

こういう写真が突然出現してくるのは、嬉しい驚きとしか言いようがない。渡部雄吉(1924~93)はアラスカ、エジプトなどを取材したドキュメンタリー、全国各地で撮影した「神楽」シリーズなどで知られる写真家だが、1950年代にこんなユニークな作品を発表していたことは、まったく忘れ去られていたのだ。
渡部が20日間にわたって取材したのは、1958年1月に茨城県で発生した「バラバラ殺人事件」を追う警視庁の2人の刑事だ。まだ終戦後の空気感が色濃く漂う東京の下町を背景に、ハンチングにコート姿の2人の刑事が、粘り強く聞き込み捜査を続けていく。特にもう初老に近い中年の刑事の、さまざまな人生の重みを背負い込んだような渋い表情が実にいい。彼らの疲れ、焦り、つかのまの安らぎが、見事なカメラワークでとらえられ、その息づかいを身近で感じとれるような切迫感がある。ドキュメンタリーには違いないのだが、まるでドラマの一場面を見ているように思えてくる。
この「張り込み日記」は1958年6月号の雑誌『日本』に掲載されるが、あまり反響は呼ばなかったようだ。それから約50年後、イギリスの写真アーカイブに属するティトゥス・ボーダー氏が、神田・神保町のとある古書店で渡部のプリントを手にして、その面白さに目を見張ることになる。その後、彼の手によってサンフランシスコ、パリでの展覧会が実現し、2011年にはフランスで写真集『A Criminal Investigation』(Éditions Xavier Barral)が刊行された。犯罪事件の調書に似せた装丁のこの写真集は、同年のInternational Photobook Awardで最優秀賞を受賞している。今回の展示は、いわば日本への凱旋展ということになる。
外国人がまず評価したということについては、やや忸怩たる思いもないわけではない。だが、今後も眠っている作品を発掘していくことで、新たな発見が大いに期待できるのではないだろうか。特に1950年代は、日本の写真史においてエアポケットと言うべき時期であり、さらなる調査が必要だろう。

2012/07/03(火)(飯沢耕太郎)