2019年07月15日号
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artscapeレビュー

トーマス・デマンド展

2012年08月15日号

会期:2012/05/19~2012/07/08

東京都現代美術館 企画展示室3F[東京都]

なんとか間に合って、トーマス・デマンドの展覧会を見ることができた。デマンドの作品が「紙でできた世界」であることは周知の事実である。だからこそ、そのことをあらかじめ情報として知りながら、作品を見たときに面白いかどうかということについては懸念があった。
結果として、作品のコンセプトがしっかりと貫かれているだけでなく、「実物」としての魅力とリアリティがきちんと備わっていることに感心した。大きさの問題も重要なのだろう。ライフサイズよりやや大きいくらいのスケール感が絶妙で、プリントの処理も的確だ。会場を出た後、美術館の建物の細部が、逆に「紙でできた世界」にしか見えなくなってしまう。作品を見た後で現実の「見え方」が変わるというのは、いいアートの条件だと思う。
もうひとつ興味深かったのは、テーマの設定の仕方だ。近作の「制御室」(2011)や「パシフィックサン」(2012)には、彼の「3.11」以後の世界認識のあり方がよくあらわれている。「制御室」は、震災の数日後に照明が復活した福島第一原子力発電所の制御室の、広く流布された写真をもとにして制作された。天井板が垂れ下がっている非日常的な状況が、かなり正確に再現されている。紙のややざらついた物質性が、逆に感情をクールダウンする方向に働いているのがいい。その後で、じわじわと恐怖がこみ上げてくるのだ。「パシフィックサン」は映像作品としての完成度が高い。オーストラリアのクルーズ船が、太平洋上で大波に襲われ多数の負傷者が出た事件を扱った作品だが、監視カメラが撮影した画像をやはりかなり正確に再現している。椅子やテーブルが左右に大きくスライドし、崩れ落ちる場面を見続けていると、これまたその客観的なたたずまいが、逆に奥深い恐怖を引き出してくる。
デマンドのテーマ設定は、実に的確で気が利いている。彼が日々発生している出来事から何を選び、それをどんなふうに再構築するのか、そのこと自体が現代社会に対する批評的なメッセージとして機能しているのだ。

2012/07/04(水)(飯沢耕太郎)

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