2019年09月15日号
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artscapeレビュー

渡部雄吉「Criminal Investigation」

2012年08月15日号

会期:2012/06/26~2012/07/08

TAP Gallery[東京都]

こういう写真が突然出現してくるのは、嬉しい驚きとしか言いようがない。渡部雄吉(1924~93)はアラスカ、エジプトなどを取材したドキュメンタリー、全国各地で撮影した「神楽」シリーズなどで知られる写真家だが、1950年代にこんなユニークな作品を発表していたことは、まったく忘れ去られていたのだ。
渡部が20日間にわたって取材したのは、1958年1月に茨城県で発生した「バラバラ殺人事件」を追う警視庁の2人の刑事だ。まだ終戦後の空気感が色濃く漂う東京の下町を背景に、ハンチングにコート姿の2人の刑事が、粘り強く聞き込み捜査を続けていく。特にもう初老に近い中年の刑事の、さまざまな人生の重みを背負い込んだような渋い表情が実にいい。彼らの疲れ、焦り、つかのまの安らぎが、見事なカメラワークでとらえられ、その息づかいを身近で感じとれるような切迫感がある。ドキュメンタリーには違いないのだが、まるでドラマの一場面を見ているように思えてくる。
この「張り込み日記」は1958年6月号の雑誌『日本』に掲載されるが、あまり反響は呼ばなかったようだ。それから約50年後、イギリスの写真アーカイブに属するティトゥス・ボーダー氏が、神田・神保町のとある古書店で渡部のプリントを手にして、その面白さに目を見張ることになる。その後、彼の手によってサンフランシスコ、パリでの展覧会が実現し、2011年にはフランスで写真集『A Criminal Investigation』(Éditions Xavier Barral)が刊行された。犯罪事件の調書に似せた装丁のこの写真集は、同年のInternational Photobook Awardで最優秀賞を受賞している。今回の展示は、いわば日本への凱旋展ということになる。
外国人がまず評価したということについては、やや忸怩たる思いもないわけではない。だが、今後も眠っている作品を発掘していくことで、新たな発見が大いに期待できるのではないだろうか。特に1950年代は、日本の写真史においてエアポケットと言うべき時期であり、さらなる調査が必要だろう。

2012/07/03(火)(飯沢耕太郎)

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