artscapeレビュー
写真に関するレビュー/プレビュー
公文健太郎『光の地形』
発行所:平凡社
発行日:2020/12/16
1981年生まれの公文健太郎は、このところ「農業がつくる日本の風景、土地がつくる人の営み、川がもたらすもの、季節が与えてくれるもの」を通して日本をもう一度見直そうとする、充実した仕事を続けている。平凡社から刊行された新刊の『光の地形』も意欲的な内容の写真集だった。
公文が今回撮影したのは、佐多岬半島、能登半島、島原半島、紀伊半島、薩摩半島、下北半島、男鹿半島、亀田半島という、日本各地の8つの半島の風景、地勢、そこに住む人たちの暮らしである。かつては、海と山をつなぐ海上交通の要として、文字通りの「先端」の地であった半島は、都市化の進行によって「行き止まりの場所」になってしまった。だが逆に半島を見直すことで、現在の日本の経済、文化、社会のあり方をあらためて問いかけることもできるわけで、公文の問題意識は極めて真っ当であり、多くの示唆をふくんでいると思う。
撮影の姿勢も、被写体ときちんと向き合った揺るぎのないものなのだが、写真集の、アンバー系の色味を強調した黒っぽい印刷はどうなのだろうか。公文は2016年のキヤノンギャラリーSでの個展「耕す人」(平凡社から同名の写真集も刊行)の頃から、意図的に暗めの調子のプリントで発表するようになった。観客や読者を写真の世界により集中させるためともいえるし、被写体によってはうまくマッチしている場合もある。だが、すべての写真を同一のトーンに塗り込めてしまうと、今回のように、それぞれの半島の個別性が薄れて均質な見え方になってしまう。視覚的情報を制限してしまうようなプリントの仕方が、うまくいっているとは思えない。個々の写真のあり方に即した、より細やかなトーン・コントロールが必要なのではないだろうか。
2021/01/17(日)(飯沢耕太郎)
本山周平「日本2010-2020」
会期:2021/01/09~2021/01/24
ギャラリー蒼穹舎[東京都]
本展のDMに使われ、同時に刊行された写真集『日本・NIPPON 2010-2020 』(蒼穹舎)にもおさめられた写真を見たとき、かなり強い驚きがあった。湖面に影を落とす富士山、突堤の根元のあたりにたたずむ人物を、やや引き気味に撮影した写真の構図、明暗、空気感が、日本に写真が渡来した幕末・明治初期に撮影された湿板写真のそれと、まったくそっくりなことに気づいたからだ。あらためて確認してみると、写真展に展示され、写真集に収録された写真の多くから同じ印象を受ける。これは明らかに意図的というべきだろう。
本山周平は、2010年にも同タイトルの写真集を刊行している。その後、2016年には『NIPPON2003-2013』と題するカラー写真の写真集を刊行した。これらと今回の『日本・NIPPON 2010-2020』を比較すると、引き気味で画面のどこかに人物を配した写真が確実に増えてきているのがわかる。本山はどこかで、彼自身が風景を見る眼差しのあり方が、日本の写真家たちが幕末・明治初期以来育てあげてきた美意識と共振することに気づいたのではないだろうか。そのことが、今回の展示の出品作品の選択にもしっかりと反映されていた。別な見方をすれば、19世紀から20世紀を経て21世紀へと至ったにもかかわらず、日本の風景、あるいは日本人が風景を見る視線の基本的な構造は変わっていないということになる。本山の写真によって、あらためてそのことを確認することができた。
本山の写真家デビューは1990年代だが、その頃の現実世界に荒々しく挑みかかるようなスナップショットのスタイルは、もはや遠いものになってしまった。今回の展示作品のクオリティの高さは特筆すべきだが、逆にかつてのダイナミックな写真のあり方を取り戻すことはできないのだろうかとも思ってしまう。
2021/01/15(金)(飯沢耕太郎)
佐藤岳彦「裸足の蛇」
会期:2021/01/07~2021/01/18
オリンパスギャラリー東京[東京都]
1983年、宮城県生まれの佐藤岳彦は、2018年に日本写真協会賞新人賞を受賞するなど、このところ注目を集めている若手写真家である。2018年に刊行した写真集『密怪生命』(講談社)では、生と死の境界領域に潜む生きものたちの姿を鮮烈な画像で捉え、自然写真の新たな方向性を開示した。今回、オリンパスギャラリー東京で開催された個展「裸足の蛇」でも、壁面全体を使って250点余りのプリントを貼り巡らすという、意欲的な展示を試みている。
展示内容は、日本、アジア、南米などで「蛇となって森羅を這いまわり、裸足の邂逅をかさねた15年」の成果をアトランダムに展開するものだ。写真撮影を通じて、「わたしの内に生命をみつめる」という旅の記録といってもよいだろう。生命現象の不可思議さが伝わってくる密度の濃い展示だったが、それほど広くない会場のスペースの問題もあって、インスタレーションが成功していたかどうかは疑問が残る。「目」のイメージを中心に、「見ることと見られること」を問い直すパート、粘菌の格子状のパターンのイメージを中心に組んだパート、乱舞する蝶たちを連続的に撮影した写真をモザイク的に展示したパートなど、部分的には興味深いのだが、全体としてはややまとまりを欠いていた。1点1点の写真が互いに相殺してしまって、むしろ均質な展示に見えてしまう。また、写真だけでは方向性がつかみにくいので、もう少し言葉によるメッセージを加えてもよかったのではないかと思う。
大きな可能性を持つ作家なので、もっと大きな会場で、違ったパッケージの展示を見てみたい。文章能力の高さを活かして、言葉の比率を高めた展覧会や写真集も考えられそうだ。
2021/01/09(土)(飯沢耕太郎)
今井壽恵の世界:第二期「生命(いのち)の輝き–名馬を追って」
会期:2021/01/07~2021/01/31
コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]
連続写真展「今井壽惠の世界」の第二期として、コミュニケーションギャラリーふげん社で開催された「生命(いのち)の輝き–名馬を追って」展は、第一期の「初期前衛作品『魂の詩1956–1974』」とはまた違った面白さがある好企画だった。第一期では、今井が写真家として認められるきっかけになった、「心象風景」をさまざまな手法で展開した作品が並んでいたが、第二期では1962年に交通事故で重傷を負った以後に撮影し始めた写真群が「名馬の肖像」、「ガラス絵の牧場」の2部構成で展示されている。
馬たちを撮影した写真では、「フォトポエム」と称された初期作品の実験的、前衛的な表現は抑制され、被写体をストレートに撮影したドキュメンタリーとしての要素が強まってきている。とはいえ、ジェネシス、トウカイテイオー、オグリキャップなどを撮影した「名馬の肖像」のパートと比較すると、展示の後半部の「ガラス絵の牧場」のパートの作品には、彼女の写真の表現のあり方がより明確にあらわれているように感じた。そこに登場してくる草原を疾走し、雪の中で戯れ、夕陽にシルエットで浮かび上がる馬たちは、固有名詞化された競走馬ではなく、むしろ生命力そのものの象徴として捉えられている。「たそがれて」(1978)のように、空に馬たちの姿をモンタージュで合成した初期作品に通じる作品もあり、今井自身の「魂」に直接響き合うイメージが見事に形をとっていた。
これまでは今井の「初期前衛作品」と後期の馬たちの写真は、対比的に見られることが多かった。だが、それらを「生命の輝き」、「魂の詩」を体現した作品群として、一体化して捉える視点も必要になるのではないだろうか。
2021/01/08(金)(飯沢耕太郎)
伊奈英次「残滓の結晶CRYSTAL OF DEBRIS」
会期:2020/12/17~2021/02/03
キヤノンギャラリーS[東京都]
2020年の写真展の掉尾を飾る意欲作である。1984年に、8×10インチ判の大判カメラを使って東京の風景を緻密な画像で定着した「In Tokyo」を発表して以来、伊奈英次の関心は都市という多面的な構造体をどのように写真化するかに向けられてきた。今回の「残滓の結晶CRYSTAL OF DEBRIS」では、それがひとつの臨界点に達しつつあるように見える。
伊奈は画像合成ソフトを使うときに出現する画像の欠陥(バグ)を意図的に利用して、ヴァーチュアルな都市空間を立ち上げることをもくろんだ。そのプロセスの要約は以下の通りである。「バグのコピーを繰り返すと、ある単純な反復画像が出現し、その反復画像を元の画像と再び合成することで、また新たな差異をともなったバグ画像があらわれる。その作業を繰り返すと単純な反復画像に回帰していく。再帰性のジレンマを回避するため、遊びや気まぐれといった恣意性をともなうコピーを重ねた果てに、この作品は完成する」。
このような偶発性と必然性を共存させたプロセスを経てでき上がった作品群は、まさに「結晶」という言葉にふさわしい、硬質な輝きを放つ画像の集積となった。元の画像は羽田空港、東京スカイツリー、六本木サウスタワー、品川インターシティといった、ある意味、よく見慣れたランドマークなのだが、それらの風景が元々孕んでいた内発的な崩壊感覚が、解き放たれて出現してきているようにも感じる。まさにデジタル時代の「In Tokyo」の試みともいえそうだ。普段は黒い壁面に、白い皮膜をかぶせて大画面の作品を並べた展示(会場構成・鵜澤淑人)もうまくいっていた。だが、フレームに入れて白枠をつけた写真作品は、ややタブロー的で、おさまりがよすぎるようにも見える。さらに徹底して、壁面全体(床や天井も含めて)に画像が増殖するようなインスタレーションもあり得たのではないだろうか。
2020/12/25(金)(飯沢耕太郎)